第53話 同性の義妹と同棲

 「――さあ、ここが俺の家だ! 本当の自分の家だと思って、くつろいでくれたまえ!」

「……どうも」


声高々に部屋へ招き入れる俺に対し、両の目を赤く腫らしながら朝日向あさひな火乃香ほのかはボソリと答えた。

 時刻は既に21時を回っている。薬局を出たのは20時前だったし、ラーメン屋の後ドラッグストアに寄ったからな。

 ちなみにドラッグストで歯ブラシやらタオルやら必要な物を購入した。決して高価な物ではないが、俺には痛い出費だ。

 とはいえシャンプーや石鹸を買わずに済んだのは助かった。最初はそれらも彼女用に新しく買う予定だったが、それは「アンタが使っている物で良い」と断られたからだ。正直ほっとした。

 ただ流石に年頃の女の子にそれは可哀想なので、洗顔ソープと化粧水だけは新しく買い揃えた。

 昼飯代にラーメン代に石鹸類など、今日一日中でどれほど散財したことか。こんな体たらくで本当に彼女の後見人になることが出来るのかと、少しだけ不安になった。


 「この家にあるものはどれでも好きに使ってくれて構わないし、冷蔵庫の中の物も自由に食べてくれて良いから」

「うん」

「トイレはそこで、風呂はそこな」

「うん」

「他に何か聞いておきたいことは?」

「ない」


二文字しか喋らない縛りでもしているのか、朝日向火乃香は冷めた態度で答える。この家に来るまでの道すがらも殆ど会話が無かったから、家の中くらい明るく振舞おうとしているのに。

 だがそんな俺の心情など素知らぬ様子で、彼女は視線も合わせず、朝起きた状態で放ったらかしのベッドに腰を降ろした。


「そういえばさ」

「なに」

「名前はなんて呼べばいい?」

「別に。好きに呼んでいい」


ようやく2文字以上の言葉を発したか。相変わらず目は合わせてくれないけど。


「じゃあ『火乃香』って名前で呼ばせてもらうな。俺のことは『朝日向さん』……だと親父と被るか。まあ、好きに呼んでくれや」

「わかった」


言葉は素直なのだが、火乃香は何の変哲も無い壁をじっと真顔で見つめている。流石に、会ったばかりの人間の部屋は緊張するか。


「えーっと、火乃香」

「なに」

「難しいかもしれないけど、もっとこう親密にっていうか、フランクな感じで良いからな。一応俺たち兄妹きょうだいなんだし」

「でも、血は繋がって無いから」


距離を詰めようと試みたが取り付く島もない。まるで対岸流に囲まれた孤島のようだ。言葉のボートがことごとく押し流される。


「まあいいや。明日も仕事だし、今日はもう寝よう。火乃香も疲れただろ。先に風呂入っていいよ」

「……後でいい」

「そか。じゃあお先に。あ、言っとくけどウチTV無いから」

「見れば分かる」


どうやら火乃香じまは対岸流の上に岸は断崖絶壁のようだ。せめて1ヵ所だけでも上陸ポイントが見つかれば良いんだけど。


(年頃の女の子って、難しいな……)


娘を持つお父さんみたいな愚痴を、心の中で呟きながら俺はシャワーを浴びた。

 肌を打つお湯の心地よい刺激と熱が、次第に俺の頭を冷ましていく。なかば勢いで連れて来ちゃったけど、本当にこれで良かったのだろうか。

 火乃香の言う通り、俺達は血が繋がっていない。どころかほんの数時間前までお互いの顔も知らない赤の他人だった。つまり今の俺は、傍から見れば現役の女子高生を自宅に連れ込んでいる独身アラサー男。

 ラノベやアニメの世界なら恋人関係に発展したりラッキースケベな展開に心躍らせることだろうが、俺は彼女の親代わりになるんと決めたのだ。あの子が健康で文化的な生活を送れるように、間違ってもを期待してはいけない。いや、むしろ普通の兄妹以上に繊細だろうから、色々と配慮してやらないと。


「とりあえず、洗濯物は分けた方が良いかな」


ボロボロに擦り切れたボクサーパンツを手に、俺は一人で難しい顔を作る。

 こんなボロ布みたいなパンツをを見られた日には「不潔よ!」とか「アンタの菌が感染るからわたしの半径5メートル以内に近付かないで!」なんて言われるかもしれないな。あの子にそんな台詞を吐かれた日には、むこう三日間は寝込む自信がある。

 

「こうなればもういっそ、俺の下着も全部新調してやろうかね」


一瞬そんな考えが頭を過ぎるも、俺は首を横に振りながらボロいボクサーパンツに足を通した。これからは俺にも扶養家族ができるんだ。今まで以上に節約しなければ。このパンツも穴が空いたって履き続けてやる。


「しばらくは服も本も買えねーか」


けどそれでもいい。火乃香の兄に、保護者になると決めた瞬間からある程度覚悟はしている。たとえ塩パスタ生活が続こうとも、アイツの幸せと笑顔には変えられないからな。


 パン、と両手で勢いよく頬を張り、寝間着代わりのTシャツに着替え俺はリビングに戻った。

 すると火乃香がベッドメイキングをしているではないか。普段布団も枕も整えないまま家を出ているから、綺麗にしてくれるのは単純に嬉しい。


「ありがと。綺麗好きなんだな」

「別に。気になっただけ」

「はは。ああ、そういえばお前の寝床なんだけど、今日はそのベッド使ってくれよ。俺はこっちの部屋に毛布でも敷いて――」


 と、笑顔で振り向いた瞬間。俺は石像の如く硬直してしまった。

 

 なにせ火乃香が……現役女子高生が俺の目の前で服を脱ぎだし、白い柔肌を露にしているのだから。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局事務と一般事務は同じ事務職だけど全くの別物よ! 調剤事務が一般事務に転職するならそれなりに覚悟が必要よ! もちろんその逆も然りね!

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