第49話 今回の話を要約すると、親の居ない未成年者には親代わりの保護者が必要ということです

 「ねぇ悠陽ゆうひ、ちょっと良い?」

「ん? ああ」


泉希みずきに肩を叩かれた俺は、彼女に連れられ店の奥にある調剤室に入った。


「なんだよ泉希」

「こんなこと私が聞くことじゃないと思うけどさ、彼女の家の借金を肩代わりしたお金って――」

「ああ。たぶん親父が残していった借金だ」

「……やっぱり」

「でも、あの子には言わないでくれ」

「言わないわよ。というか言えない」


痒くもない頭を掻きながら、俺と泉希は調剤室の窓から待合室の朝日向あさひな火乃香ほのかを見た。相変わらず静かに俯いて、その表情に色は無い。

 泉希は「ふむ」と小さく息を吐くと、また待合室の方へと戻った。


 「えっと、『火乃香ちゃん』って呼んでいいかしら。貴女、これからどうするの」

「なにがですか」

「身寄りが無いってことは、周りには頼れる大人も居ないんでしょ? 生活とか、将来のこととか」

「……分からないです」


まるで他人事のように素っ気なく、朝日向火乃香は視線を伏せたまま答えた。そんな覇気の無い姿に、泉希は困り果てた顔で振り返る。


 「ねえ羽鐘はがねさん。こういう場合って確か、保護者の代わりになる人が必要じゃなかったかしら」

『はい。今回のように未成年者の両親が死亡した場合、まずは親権者の変更が求められます。即ち彼女の保護者を両親から別の者に変更する届け出を行う必要があります。多くは祖父母をはじめ親類縁者が親権者となります』

「それは警察の人とかにも言われた。でも、そんなこと頼める知り合いなんて居ないし。お祖父じいちゃんやお祖母ばあちゃんにも会ったことすら無い」

「……だろうな」


さっきの話を聞いた限り、彼女の母親は自分の両親とも連絡を取っていないようだった。どころか育児放棄のような印象を受けた。

 もちろん戸籍を調べれば親類縁者くらい分かるだろうけど、恐らく誰も彼女の存在を知らない筈だ。いくら血縁者であろうと、『はじめまして。実は貴方の親族なので保護者になって下さい』なんて突然言われて、受け入れられる人間がどれほど居る。


 「じゃあ、どうするの?」

『まずは未成年後見人みせいねんこうけんにんの選定が必要かと』

「ミセイネンコウケンニン?」

『はい。社会人としての知識や経験に乏しい未成年者は、成人に比べ判断能力が未熟とされています。そのため未成年者は本人に代わり、法律行為を行う法定代理人が必要となります』

「どゆこと?」

「つまり、未成年の彼女は自分でなんでもかんでも決めることが出来ないから、代わりにやってもらう大人が必要ってことね」


頭上に疑問符を浮かべる俺の疑問に泉希が答えた。俺は「なるほど」と掌を叩く。


『遺言状などがあれば早期に決定しますが、御両親は遺言を残しておられますか?』

「ある。でも……」


視線を泳がせ、少女は歯切れ悪く答えた。


「その遺言状ってヤツ、今持ってたりするの?」

「……一応。コピーだけど」


やはりくぐもった声で、朝日向火乃香は鞄の中から一枚のA4用紙を取りだし俺に差し出した。


 ――自分や妻カガリに万が一のことがあった場合、火乃香は息子の悠陽に任せる。20xx年 4月――


前置きや挨拶など一切無く、その一文と親父の氏名だけが書かれている。この簡素さが如何いかにも親父らしい。


 「これって、悠陽が彼女の保護者代わりになるってこと?」

『いえ。現段階でそれは明言できません』

「どうして?」

『この遺言書は無効になる可能性が高いからです。しかるにこの書面は遺言書というよりも、法的効力を有さない【遺書】という捉え方が妥当です」

「役所だか警察だかの人も、そう言ってた」


泉希の疑問にアイちゃんがすかさず解を示し、それに朝日向火乃香も言葉を重ねた。俺は眉根を寄せて【遺言書】ならぬ【遺書】に目を落とす。


 「でも、どうしてこれが無効になるの?」

『遺言書には書式に規則があるからです。たとえばこちらの遺言書に記載されている日付は年月のみで明確性に欠け、内容もいささか不明瞭です。事実、遺言書が無効となる事例は数多くあります』

「そういうこと……」


確かにアイちゃんの言う通り、『火乃香を任せる』というのも曖昧な言い回しだ。十中八九、俺に面倒を見ろということだろうが。借金に続いて義理の娘まで俺に押し付けるとは、本当にどういう神経をしてるんだあのクソ親父め。

 怒りのような呆れのような、複雑な心を俺は深い溜め息に変えて表した。


 「……もういいよ」


するとその直後。朝日向火乃香がポツリと呟いた。皆の意識が彼女へと向けられる。


 「その遺言書が有効だとしても、赤の他人の世話なんて誰もしたくないでしょ。それに朝日向さんは前の家族を捨てて、わたしのお母さんと結婚したって聞いてる。そんな相手の娘を引き取るなんて、誰だって嫌に決まってる」 

「じゃあキミは、どうして今日ここに来たんだ」

「それは、コレを渡したかったから」


言いながら朝日向火乃香は、鞄から手のひらサイズの真っ白な袋を取り出した。


「それは?」

「朝日向さんのおこつ。お金無かったし、どうすれば良いのか分からなかったから、御葬式はあげなかったけど」

「……そうか。ありがとう」


俺は彼女からを受け取った。まさかこんな形で再会することになるとは。あの親父らしいと言えばらしいか。二度と会う事は無いと思ってただけに、なんとも複雑だ。


 「じゃあ、そういうことなんで」

「あ……ちょ、待――」


鞄を肩に掛けて立ち上がった朝日向火乃香に、俺は咄嗟に手を伸ばす。


 「待って!」


けれど俺の声を上書きするように、泉希が彼女の肩を掴んで止めた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


この話は実話を元にしたフィクションです。だけど親権や法的な問題については、色々と間違っている可能性が高いです。間違ってたら御免なさい。

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