第48話 しゃっきんいっせんまんえん

 「他に身寄りが無いって、どういうこと?」

「そのままの意味です。わたし親戚とか居ないし、他に頼れる人も無くて」


驚くべきことを淡々と語った朝日向あさひな火乃香ほのかに、泉希みずきは前のめりで尋ね返した。

 だが当の本人は微塵も動じることもなく、無表情で項垂うなだれている。そんな彼女の姿に、俺と泉希は顔を見合わせた。


「良ければ、君の話を聞かせてくれないか」


今度は俺が尋ねかける。少女は漆黒の髪を揺らしてコクリと頷き、そして静かに語り始めた。



 ◇◇◇



 彼女は――朝日向(長燈ながと)火乃香は物心ついた頃から母親と二人暮らしだった。実の父親は誰かも分からず、写真の一枚も残っていないという。

 当時母親はまだ17歳で、相手の男と駆け落ち同然で一緒になった。

 だが田舎から出て来て間もなく、両親は別れた。

 籍は入れていなかったらしい。その後、母親は何度も男を作ったが一度も結婚はしなかった。


 ウチの親父と出会うまでは。


 母親は女手一つで彼女を育てた。だが生活は常に貧しく借金も背負っていた。それでも母親は自分の親に頼ることをせず、仕事を転々としていた。学歴やスキルはおろか、保証人すら居ない彼女の母親は非正規や夜の仕事しか出来なかった。

 生活保護や助成金なども受けていたが、付き合う男に貢がされたり酒代に消えたりで、生活は一向に楽にならなかった。

 本来弱者や貧困者を守るための社会保障も、変に小難しく書かれていたり審査が厳しかったり、本当に必要としている人に届きにくいのが現状だ。


 話を元に戻そう。


 彼女と母親の日々は十年以上続いた。俺の親父と彼女の母親が知り合ったのは、今から4年ほど前のことらしい。詳しい経緯は彼女も分からないらしいが、二人は仕事先で知り合い交際を始めたのだとか。

 時系列から察するに、親父が俺名義の借金と離婚届だけを残し行方をくらましたのは、それから半年後くらいだろう。彼女の母親と再婚したのは、一緒に暮らし始めてから1年後だという。


 ちなみに親父が蒸発して間もなく、俺とオフクロは親父の勤め先に行方を尋ねた。だけど親父は既に仕事を辞めていた。

 保険証はオフクロの薬剤師国保だったので、親父が仕事を辞めたことにも気付けなかった。

 次の仕事先については前の会社も何も聞いていなかったらしく、足取りを辿ることは出来なかった。

 なにより親父の残した借金が原因で、オフクロは身体を壊し俺は大学を辞める羽目ハメになった。そんな俺達に居なくなった親父を探す余裕は無かった。

 

 そうして行方の途絶えた親父だが、再婚相手の方に連れ子が居るとは思わなかった。おまけにその子から親父の訃報を聞かされるなんて……運命というヤツは本当に数奇だ。


 「――そういえば、君はいま何歳いくつ?」

「15歳。今年16」

「じゃあ、高校生ね」


泉希の言葉に、朝日向火乃香は黙ったまま頷いた。まあ、格好からそうだろうとは思ったけど。


 「そんな年齢としでお母さんが亡くなっただなんて、貴女も辛かったでしょうに」


悲哀混じる様相で泉希は朝日向火乃香をいたわった。けれど朝日向火乃香はやはり表情を変えず、首を横に振った。


「別に、寂しいとか辛いとかは無いです。お母さんのことは昔から良く思ってなかったし。悲しいとかもない。

 死んで清々したわけでもないけど、正直『一緒の家に住んでるだけの他人』って感じだったから。親らしい事だって一度もして貰わなかったし」


淡々と言葉を並べる彼女に反して、俺と泉希は複雑な様相で互いを見合った。どんな言葉を返せば良いか分からなかった。

 

 「だけど朝日向さんには感謝してる。ウチの借金を肩代わりしてくれたし。おかげで私は高校に行くことが出来たから」

「肩代わりって……そ、その借金って金額とか分かったりするかな?」

「たしか、一千万くらいだったと思う」

「……」


一瞬、目の前が真っ暗になった。なにせその金額は親父が俺に押し付けた金額とほぼ同額なのだから。

 つまるところ、彼女の家の借金を俺とオフクロが肩代わりしたようなもの。

 おかげで俺は薬学部を中退して薬剤師になる道を諦めたし、オフクロは身体を壊して今では半ば隠居生活。

 親父を恨んでいないと言えば嘘になる。蒸発した事実が正しいとも俺は思わない。

 けど、こうして一人の少女の未来を作ることが出来たのなら……あながち間違いではなかったのかもしれない。


 いつか、墓参りくらいは行ってやるかな。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


生活保護や福祉に限らず、小児福祉や障がい者医療助成制度を目にする度、本当に小難しい言葉で回りくどく書かれていると思うわ。

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