第47話 血の繋がらない兄妹って映画や小説だけの話じゃないんですよね

 薬局に突如現れた黒髪の美少女JK。俺を尋ねてきたらしいが、あろうことか一人っ子である俺の妹だと言う。


 「あ、貴方、妹なんて居たの?」

「いやらんらん」


唖然とする泉希に、俺も呆気に取られたながら手を左右に振った。

 同時に黒髪女子高生の方を見遣る。心なしか俺は彼女の影が薄く感じられた。無表情で俺を見つめる少女に俺は苦笑いで返す。どことなくアイちゃんに雰囲気が似ている気がする。


「えーと、もしかして誰か他の人と勘違いしてるんじゃないかな。俺は妹なんて居ないんだけど」

朝日向あさひな悠陽ゆうひさんですよね」

「え……ああ、はい」

「わたしは朝日向さん――あなたのお父さんの再婚相手の、長燈ながとカガリの娘です」

「親父の再婚相手……の娘さん?!」


オウム返しで驚く俺に、彼女は――朝日向あさひな火乃香ほのかは無表情のままコクリと頷いた。


「つまり君は、親父の義理の娘ってことか」

「はい」


まるで他人事みたく少女は覇気の無い声で答えた。そんな彼女を見ていると胸の奥が妙にざわつく。


 「あれ、ちょっと待って。悠陽は今お義母さんの戸籍に入ってるんじゃないの? 現にお父さんとはもう何年も会ってないんだし」

「確かに親父とはもう疎遠状態だけど、戸籍の上では俺はまだ親父の息子ってことになるんだ」

「そうなの?」

「ああ。もちろんオフクロの息子って事にも変わりないけど、俺の世帯主は親父のままだ。ウチは息子の俺が成人してから離婚してるからな。親権もクソもない。それに親が離婚しようと、親子である事実が変わることはないからな」

「ふうん。じゃあ、二人は義理の兄妹ってことになるのね?」

「朝日向さんは、そう言ってました」

『いえ、それは違います』


泉希の疑問に抑揚のない声で少女が答えたのとほぼ同時、調剤室の奥からアイちゃんが出てきた。


 『現行法では連れ子同士であっても、養子縁組をしていなければ兄妹とは見なされません』

「そうなの?」

『はい。しかし実際には「兄弟」や「姉妹」として扱われることも多いようです』


流石はアイちゃん、博識だ。AIVISアイヴィスだから信憑性しんぴょうせいもある。


「それで、その妹(仮)さんがどうしてウチの薬局みせに来たの?」

「それは……朝日向さんとわたしの母が、先日事故で亡くなったからです」

「……え」


時間が止まった気がした。

 親父が死んだ。

 にわかには信じられない。

 でも彼女が嘘を吐いているようには思えないし、嘘を吐く理由も分からない。

 ただ一つ確かなのは、親父が死んだという事実を俺の脳味噌が受け付けられないということだ。


 「ね、ねえ悠陽。良かったら事務所で二人で話しをしてきたら? 部外者の私たちが聞いて良いことじゃないだろうし」

「……いや、できれば泉希達にも聞いてて欲しい」


愕然とする俺を泉希が気遣ってくれる。けれど俺は首を横に振って答えた。一人で受け止められる自信が無かった。

 俺の我が儘に泉希とアイちゃんは首肯して応え、皆一様に彼女の話へ意識を集中させた。少女は真顔のままゆっくりと口を開く。


 「――朝日向さんとわたしの母は、2年前に結婚しました。だけどお金が無かったから、二人は旅行にも行かなかった。わたしが高校になってから少し落ち着いて、二人は2泊だけのフェリー旅行に行きました。だけどそこで――」

「まさか、海難事故に?」

「いえ。フェリーの上で映画のタイ◯ニックの真似をして海に落ちたそうです」


シリアスな空気感が一気にコメディっぽくなった。だがそれを切っ掛けに、親父の死がすんなりと受け入れられた。

 ミーハーな真似をして死ぬなんて、親父らしいといえば親父らしい。カナヅチで高所恐怖症の癖に、一体何をやってるんだか。


「じゃあ君は、それを教えに来てくれたんだね」

「それもあります。それに朝日向さんが、『自分達に何かあった時はここに行くか電話しろ』って」


そう言って少女は一枚のメモ書きを寄越した。そこにはこの薬局の名前と住所、それと実家の電話番号が書かれている。間違いなく親父の筆跡だ、と思う。


「はっ! もしかして最近この番号に電話した?!」

「はい。けど、誰も出なくて」


やはりオフクロの言っていた非通知着信は彼女が掛けたものだったのか。結果として親父本人ではなかったけど、流石の勘の鋭さだ。

 

 「けど、どうして薬局に来たの? こう言ったらなんだけど、あの親父は俺たち家族を捨てたんだ。そんな相手の所に来るのは君もツラいだろ」

「……少しだけ」


目線を伏せる少女は、呟くように答えた。当然だ。あの親父が何を考えているのか分からないけれど、別れた前妻の店を緊急連絡先に教えるなんて、どうかしている。あまりの無神経さに、思わず溜め息が漏れ出てしまった。


 「でもわたし、他に身寄りも無いから」


そんな俺の溜め息の意図を察したか、少女は目線を伏せたままポツリと零した。そんな彼女の姿は、俺にはまるで何かを諦めているように見えた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局は薬局内の照明の光度や色調なんかも法規で定められているの。診療所はそういう規定が無いだけに、なんだか格差を感じちゃうわよね。


※本章より新登場した朝日向火乃香ちゃんの設定資料を『近況ノート』にて公開しています。イラスト付きなので良ければ御覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/hino-haruto/news/16817330669543987642

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