第46話 女子校生は黒髪ロングで居て欲しいけど女子校生じゃなくても黒髪ロングは憧れる件

 嵐の如く現れたオフクロは、やはり嵐の如く店の中を引っ掻き回した。

 なんとなく、こんな風になる気はしていた。だからアイちゃんの事も敢えて伝えていなかったのだが……こうなっては仕方がない。俺は彼女がアンドロイドであることを伝えた。


 「ほな、アイちゃんはロボットなん?」


案の定、オフクロは理解できない様子だった。面倒くさいので「そんな感じ」と適当に答えた。

 その後オフクロは大阪のオバちゃんみたく、アイちゃんにマシンガントークを繰り広げ、午後診が始まる前にそそくさと帰った。店を手伝う気は一切無いらしい。

 残された俺は午後の業務が始まる前に灰と化した泉希みずきを復活させるべく、「あんなのオフクロの口癖みたいなモンだ」「気にするなよ」「オフクロもお前を一番大事に思ってるから」とフォローに必死だった。

 


 ◇◇◇



 「――あっはっはっは! 相変わらず君のまわりは愉快な出来事が多いね」

「笑いごとじゃないですよ」


カフェの一席で高らかと笑うたゆねさんに反して、俺は怪訝な面持ちでアメリカン珈琲を啜った。

 今日は午前の患者様が少なくイレギュラーも無かったので、普段より落ち着いて昼休憩を取ることが出来た。すると見計らったようにたゆねさんから連絡が入り、偶然近くに来たからと先日の報告をするために待ち合わせた。

 俺は例の【好感度測定眼鏡】を持って薬局近くのカフェへと向かった。眼鏡を返すと共に報告を終えて、ついでに昨日オフクロがやってきた事も話した次第だ。


 「しかし、その薬剤師さんも不憫だね」

「ええ、泉希は薬学部に居た頃から実習でウチの店に来て色々教わってたらしいから、オフクロのことを本当に慕ってるんですよ」

「なるほど、ダメージは2倍というわけだ」

「2倍?」

「いやなに、気にしないでくれ。それより他2つの薬は使ったのかい?」

「使うわけないでしょ。なんなら返しますけど」

「別に良いよ。きっと私より君の方が有効活用してくれるだろうからね」


不敵な笑みを浮かべながら、たゆねさんは美味そうにカフェラテを口に含んだ。今日はスコーンも一緒に召し上がっておられる。ブルジョアめ。


「ところで、あの薬って冷蔵保存とかしておいた方が良いんですか?」

「別に常温で大丈夫だけど、どうして?」

「栄養ドリンクの瓶に入ってるから」

「適当な容器が見当たらなかっただけさ」


けらけらと笑いながら、たゆねさんはカフェラテを一気に飲み干し封筒を1枚俺の前に突き出した。


「これ、今回のバイト代ね」

「ああ、今回は結構です」

「どうして」

「治験って感じでも無かったですし、なんやかんやで俺も楽しかったですから」

「別に治験で頼んでいる訳じゃないけど、君がそう言うのなら無理強いはしないよ」


言いながらたゆねさんは封筒を引っ込めた。内心、『もう少しくらい粘ってくれてもいいのに』と後ろ髪を引かれたのは内緒だ。


 「それじゃあ、私はもう行くよ」

「はい。ありがとうございました」

「こちらこそ。また面白い話があれば聞かせてよ」


会釈をする俺に、たゆねさんはスコーンを片手に颯爽と店を後にした。最近、どちらが年上なのか分からなくなってきた。


 「あ、そうそう」

「なんですか」

「自分の心には素直になった方がいいよ。じゃないと……本当に大切な物は見えなくなるから」


大人びた雰囲気を醸しながら背中越しに手を振り、たゆねさんは店を後にした。本当に大学生とは思えないアダルティックな雰囲気だ。俺が敬語を使うのもその雰囲気が故か。

 そんなたゆねさんの言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、俺も少しだけ間を置いてカフェを出た。

 薬局に戻るまでの道中、「大切な物が見えなくなるから」という言葉が、頭の中で何度もリピートされた。


(やっぱバイト代を惜しんでるのバレてたかな)


恥かしさを誤魔化すよう痒くもない頭を掻きながら、俺はゆっくりとした足取りで店に戻った。

 すると何故か、泉希が店の前で辺りを見回している。もちろん白衣姿で。彼女は俺に気付くと、焦った様子で駆け寄ってきた。


 「ちょっと悠陽ゆうひ! どこ言ってたのよ!」

「どこって昼休憩に行ってたけど。どうしたんだ、そんなに慌てて」

「えっと、その……いいから早く来て! 貴方にお客さんが来てるの!」

「お、おいっ」


慌ただしく泉希に腕を引かれ薬局のドアを潜ると、待合室には随分と美人な女の子が居た。


 濡れ羽色の長い黒髪を靡かせ、決して他人を寄せ付けない凛とした雰囲気。短いスカートからは張りのある太腿が覗き、白いワイシャツの上には紺色のカーディガン。

 如何にも女子高生らしい姿の少女は、俺を見るや静かに会釈した。泉希の言う通り俺の客らしいが、こんな美少女JKは知り合いに居ないぞ。


 「はじめまして、朝日向あさひな火乃香ほのかと言います。わたしは貴方の、朝日向悠陽さんのです」

「……へっ?」


淡々と自己紹介する少女。だがその突拍子ない台詞に、俺は頓狂な声を漏らすことしか出来なかった。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局の多くは薬剤師が経営者よ。だけど薬剤師じゃなくても企業も経営もできるの。ただし診療所はお医者様でないと運営も立ち上げも出来ないわ。

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