第81話 膝枕っていうけど、実際アレ太腿だよね
「――ア、アイちゃん?」
『お目覚めになられましたか』
「えーっと……これはどういう状況?」
『
視界を遮る大きなお胸の向こうから、アイちゃんの平静とした声が響いた。同時に彼女の胸が揺れて、俺の顔を優しく撫でる。
とんでもない心地良さだ。このままアイちゃんの太腿とお胸に挟まれていたい衝動を押し殺し、俺はおっぱいアイマスクから頭を抜いて起き上がった。
「そうじゃなくて、どうして膝枕なの?」
『以前に御自宅へお伺いした際にも所望しておられましたので、膝枕が御好きなのかと。加えて周囲にも膝枕をする男女の姿が見受けられましたので』
言われて俺も辺りを見回した。たしかにカップルが数組ほど膝枕で寝転がっている。
「そういや、俺どれくらい寝てた?」
『1時間36分です』
「そっか、割と爆睡だな。足痛くない?」
『問題ありません。私は
徐に腕を伸ばし、アイちゃんは寝ぐせの付いた俺の髪を撫でるように優しく
『朝日向店長と言葉を交わすたび、その身に触れるたび、私の中で充足感が生まれるのです。そして同時に、一層と言葉を交わしたい、一層と喜んで頂きたい思うようになりました』
撫で梳く俺の髪から手を引くと、アイちゃんは自分の胸に片手を触れ当てた。
『AIVISである私が願望を抱くなど、おかしな話だとは存じています。ですがきっと、この感覚が「愛」なのだと理解しています』
「アイちゃん……」
『そして同時に、私は店長を愛しているのだと』
その言葉と同じく真っ直ぐなアイちゃんの視線が、鎖のように俺を捉えて離さない。
『朝日向店長は、私のことはお嫌いですか?』
普段と同じ無表情だけど、今の彼女からはギラギラとした熱が滾って。そんな彼女を真っ直ぐに見つめ返して、微動にしない肩へ両手を添えた。
「俺もアイちゃんのこと、好きだよ。そりゃあもう言葉に出来ないくらい大好きだ。けどそれは、恋愛って意味じゃないと思う」
『では、どういう意味なのでしょうか』
「俺もよく分からんけどさ、愛ってのは色んなのがあると思うんだ。友愛とか親愛とか……よく家族と一緒に居ると安心するって言うじゃない」
『家族?』
「そう、家族。つってもウチは親父が蒸発したし、普通の家族ってのがどんなモンか知らんけどさ」
かんらかんらと明るく笑う俺に反して、アイちゃんは不思議そうに小首を傾げた。
『しかしAIVISである私は、家族など尚のこと無縁ではないかと』
「何言ってんだよ。アイちゃんはもう大事な家族の一員だよ。経営者が従業員を『家族』みたいに思うのはブラックっぽいけど、それでもアイちゃん達は俺にとって掛け替えのない大切な存在だから」
俺の即答に、アイちゃんは傾げた小首を一層と横に倒した。
『ですが先にも申した通り私はAIVISです。人間でない私に、「家族」という言葉は分不相応かと存じます』
「俺はそうは思わない」
降り注ぐ陽の光を受けとめるよう、俺はアイちゃんに背を向け青い空を見上げた。
「俺がまだ小学生だった頃、ウチに小型犬が居たんだけどね。ウチは一人っ子だったから弟が出来たみたいですごく嬉しくて、本物の兄弟みたいに俺は可愛がってた。
今はもう死んじゃったけど、俺はアイツのことを心から愛してた。出来ることならずっと一緒に居たかったし、アイツの喜ぶことをしてやりたかった。俺自身、それが何よりも嬉しかったから。
ペットの犬を愛してるとか、普通の人が聞いたら気持ち悪く思うかもしれんけど、それでもアイツは掛け替えのない俺の家族だからさ。きっと今のアイちゃんも、その時の俺と同じような気持ちなんじゃないかな」
自嘲気味に笑いながら頭を掻いて、俺はアイちゃんを振り返った。
『なるほど。つまり私は朝日向店長の愛玩動物ということですね』
「……え?」
『よもや朝日向店長は女性を隷従させることに興奮を覚える性癖をお持ちだったとは。そうと分かれば早速首輪と手綱を用意して参り――』
「いやそんな話じゃなかったよね!? 俺割と良い話出来たなーって自画自賛なんだけど!」
『御安心ください。ジョークです』
淡々とした言動でアイちゃんは切り返した。まさかAIVISの彼女がジョークを飛ばすとは。
『ですが先ほどの「家族」という御言葉は、本当に嬉しく思っております。改めて御礼申し上げます朝日向店長』
にこり、アイちゃんは柔和に微笑んだ。まるで恋人を想うような声と瞳。それが俺の神経に甘い痺れを
――チュッ……。
アイちゃんの唇が、俺の唇に触れた。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
調剤薬局で働いていると昼食とかは基本持参よ。外に食べに行くこともできるけど、住宅街にある薬局はそれも難しいのよね。
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