第80話 ビールは最初の一口だけでいい。あとはレモンサワー飲むから。

 「――こ、この状況は一体……」


アイちゃんとの公園デートを楽しんでいた俺は、何故だか彼女に膝枕をされている。

 サンサンと降り注ぐ日差しのもと、レジャーシートに横たわりアイちゃんを太腿を枕がわりに。おまけに彼女の大きなバストが俺の顔に押し当てられ、得も言われぬ快感に包まれる。


 何故このような状況に至ったのか……今からその経緯を説明しよう。



 ◇◇◇



 自然公園に来た俺とアイちゃんは、二人手を繋いで園内を見て回った。花と緑に囲まれた自然文化園では、日々の業務で疲れた心を洗い流してくれた。

 日本庭園を模したエリアでは滝や小川のせせらぎが日々の仕事で擦り切った神経を回復してくれた。おまけに相手がアイちゃんなのだから、癒し効果は何倍にも増大されて。

 ただAIVISアイヴィスであるアイちゃんにもこの癒し効果があるか分からなかった。そこで俺はスワンボートの乗り場へと向かった。ボートなら身体を動かせるし、アイちゃんも初めての体験だろうと思った。

 だが今日は来園客が多く、あろうことか『1時間待ち』と言われて諦めた。流石にスワンボートのために1時間も並べない。


 「それにしても……」


確かに今日は人が多い。聞けば多目的広場で〈世界のクラフトビール祭り〉なる催しが開かれているのだとか。さぞかし美味いビールやツマミが飲み食い出来るのだろう。喉も乾いたし腹も減ってるけど、グラスビールに一杯千円も出すのは抵抗がある。

 なによりアイちゃんが食事を必要としないのに、俺だけ堪能するのは違うだろう。


 『朝日向店長。宜しければ、これより昼食を召し上がりませんか』


そんな俺の思考を見透かしたように、アイちゃんが囁くような声で問いかけた。

 他の客は芝生広場にテントを張って持参した弁当やケータリングを食べている。今日は天気も良いし、それはそれは美味いことだろう。

 

「じゃあ、園内のレストラでも行こうか」

『いえ。本日は手製の弁当を持参致しました』

「本当に?!」


驚き目を見開く俺に、アイちゃんは手提げのバッグを掲げて見せた。

 だが同時に俺の脳裏には泉希と料理対決をした日の事が思い出された。あの時は確かカ〇リーメイトとプロテインを出してくれたっけ。ということは、今回も……体には良いだろうが、休日の昼にこんな気持ちの良い広場でパサパサの固形栄養食品を食うのは寂しいものがある。


(とはいえ折角アイちゃんが用意してくれたんだ。ありがたく頂こう)


そう思いつつ落ちる肩を隠せないまま、俺は広場の木陰にレジャーシートを広げた。因みにこれもアイちゃんが用意してくれた物だ。


 『弊社の女性職員に公園デートなるものを尋ねると、手製の弁当とレジャーシートは欠かせない物だと伺いましたので』


淡々と言いながら、アイちゃんは手際よくシートの上に弁当箱を並べた。俺は違う意味でゴクリと喉を鳴らした。


 「い、いただきます」


肚を決めた俺は、おもむろに蓋を開けた。

 だが予想とは裏腹に、弁当箱にはとても美味そうなサンドイッチが敷き詰められていた。ハムや卵、野菜など彩り豊かな具材が食パンに挟まれている。まるで宝石箱のようだ。

 

「これ、本当にアイちゃんが作ってくれたの?!」

『はい。本当は和食弁当をと考えたのですが、弊社事務所に設置してある調理器具では難しく、サンドイッチを御用意させて頂きました』


和食弁当と言うと、主食はやはり米だろうからな。会社の事務所に炊飯器がある所も珍しかろう。

 

「いただきます」


改めて手を合わせ、卵サンドを取ると一口にそれを頬張った。舌の上に優しい塩味と甘みが広がって、多幸感に身体が悲鳴を上げる。

 

 『いかがでしょうか』

「うん、凄く美味しい!」

『お喜び頂けて光栄です。料理など初めての作業でしたので、お口に合うか気掛かりでした』

「いやいや、初めてとは思えないくらい美味いよ。これなら幾らでも食べられるよ」

『そうですか。では――』


言いながらアイちゃんは徐にハムサンドへ手を伸ばすと、片手を添えて俺の口元にそれを持ってきた。


「え、な、なに?」

『僭越ながらお食事のお手伝いをさせて頂きます』

「だ、大丈夫だよ。一人で食べられるから!」

『ですが、デートとはこのようにするものでは?』


サンドイッチを差し向けながら、アイちゃんはチラリと近くに座るカップルを見た。若い二人組が仲睦まじく、手作り弁当を食べさせあっている。


 『これなら私も座っているだけではありません。それに朝日向あさひな店長へ何かをして差し上げると、私の中で何かが満たされる……そのような感覚に見舞われるのです』

「うぅ……」


恥ずかしさに顔を赤らめながらも、俺はアイちゃんの固い意志に負けて食べさせてもらった。せっかく美味いサンドイッチなのに恥ずかしさが勝り、味がよく分からなくなってしまった。

 それでも宣言通り食べ進め、弁当はあっと言う間にからとなった。


「ごちそうさま! 美味しかった~!」

『お粗末様でした』


膨れた腹を摩る俺を見ながら、アイちゃんは空っぽの弁当を片付けていく。

 ポカポカとした陽気に緑の匂い。肌を撫でる風が気持ちよくて、満腹感も合わさり心地よい眠気に襲われる。


 『少しお休みになられますか』

「そうだね、こんな機会は滅多に無いし」


大きな欠伸をかましウトウトしていると、俺は横になって目を閉じ、すぐ寝入ってしまった。


 そうして目が覚めた時。俺はアイちゃんに膝枕をされて、大きなお胸に視界を遮られていた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


病院や薬局は医薬品メーカーの主催で新薬の勉強会が開かれるの。その時はメーカーさんがちょっと良いお弁当を用意してくれるのよ。

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