第43話 女の人のスーツ姿って良いですよね。とくにグレーのスラックスが好みです。

 アイちゃんと岩永いわなが君のデートを見守り終えた俺達は、二人だけで水族館を巡ることになった。

 それも、恋人みたく手を繋いだまま。

 おかげで言いようの無い恥ずかしさから、俺たちは終始俯いたままで、ロクに展示を見ることもなく館内を一周してしまった。会話もほとんど無かくて、手を離すタイミング見失った。

 本当は、この手に伝わる熱と触感をもっと味わっていたかったのかもしれない。だけどそれも、デートを出た瞬間に終わりを迎えた。

 

 なにせ気をそこに、アイちゃんが立って居たのだから。


 小洒落た服を身に纏い、アパレルショップのマネキン人形みたく立ち尽くす姿に、俺達はハッとして固まってしまった。


「アイちゃん!?」「羽鐘はがねさん?!」

『お疲れ様です。朝日向あさひな店長、水城みずしろ先生』


俺と泉希は上擦る声をハモらせた。そんな俺たちとは打って変わって、アイちゃんは努めて冷静に会釈を返す。


 「ど、どうして1人で此処ここに居るの? 岩永さんと一緒に帰ったんじゃ……」

『いえ、岩永様は先に御帰宅されました』

「どうして!?」

『昼食のお誘いを頂いたのですが、私に食事の必要が無いと知るや「今日は昼食を摂らない」と申されたのです。それでは健康に害を及ぼすと判断し食事の摂取を進言させて頂いた次第です』


まるで業務報告のようにアイちゃんは淡々と答えた。

 これは想像だけど、岩永君は恐らく彼女が食事を摂らないと分かって、申し訳ないような居たたまれないような複雑な気持ちに苛まれたのかもしれない。

 見た目は何も変わらないけれど、やっぱり俺たち人間とAIVISアイヴィスの間には大きな壁があるのかな。


 「そういえば、羽鐘さんは私達が此処に居ることに驚かないのね」

『はい。お二人が我々の動向を追っておられるのは認識しておりましたので』

「えっ?! いつから気付いてたの?!」

『お二人が発券所の付近から、岩永様の様子を監視しておられた時からです』


つまり最初から俺達の存在に気付いていのか。流石はAIVISだな……まさか岩永君にまで気付かれてはいないだろうな。


 「そういえば羽鐘さん。今日はいつものスーツ姿じゃないのね。その服は自分で買ったの?」

『いえ、こちらは弊社からの支給品です。配属先によってはオフィスカジュアルを推奨している企業様もありますので、TPOに合わせて服装を変更するよう言われております』

「へぇ~」


それにしては随分と可愛い格好だな。ヘアスタイルまで変えているし、これじゃあ岩永君が「気合いを入れてデートに臨んでいる」と勘違いしても、無理のない話だ。


「それで、アイちゃんは今日の岩永君とのデートを楽しめた?」

『……いいえ』

「楽しくなかったの?」

『よく、分かりません』


何の気なく尋ねる俺に、アイちゃんは目線を下げて力無く項垂れた。


 『そもそも水棲生物を鑑賞する行為が、何故「楽しい」という感情に至るのでしょうか。情報のインプットなど、人間にとって作業や勉学のように苦を伴う行為というのが一般的な認識かと』

「情報のインプットて」

「ね、ねえ羽鐘さん。もしかして岩永さんは『あの魚の名前はなんだろう』とか言ってた?」

『はい。何度か名称や生体に疑問を口にされておられました。そのため全てに回答させて頂きました。私のデータに間違いは無かったと思います』


真顔で言葉を並べるアイちゃんに、俺も泉希も苦笑を浮かべる他になかった。


 「……うん、そうね。きっと魚の名前に間違いは無いと思うわ。でも、たぶん岩永さんは正確な答えが欲しかったんじゃないと思うの」

『では何をお求めに?』

「きっと、彼は共感や同意が欲しかったんじゃないかしら」

『共感、ですか」

「そう。人間っていうのは本能的に相手と同じものを求めたり、同じ行動や行為をしてる人を見て安心したい生き物なのよ」

『ですが、私はAIVISです。人間に及ぼされる心理的効果は無意味かと』

「そうね。でもきっと岩永さんは羽鐘さんを恋愛対象として見てるから、羽鐘さんがAIVISだってことを忘れちゃってたのよ」

『恋愛対象……』


囁くような声で繰り返すと、アイちゃんはまた小さく顔を伏せた。そういえば、恋愛が何かを知りたくて岩永君とのデートに応じたんだっけ。


 『では、岩永様は私と恋愛関係を構築されたいという思いから、手を繋ぐなどの物理的接触を図られたのでしょうか』

「それは、そうかもしれないわね」

『ということは、お二人も恋愛関係を構築するため手を繋いでおられるのですか?』

「えっ?! あ、いやこれは……」

「あ、あの、えっと……こ、これは羽鐘さん達を見守るためにカップルに成り済ましていたのよ!」

『そうなのですか』

「そう! ドラマで探偵がやるみたいに周りの雰囲気に溶け込むために……ほら! 眼鏡でこんな風に変装とかするじゃない?」


明らかに動揺を表しながら、泉希は俺の胸ポケットに入れてある【好感度測定眼鏡】を取って自分の耳にツルを掛けた。


 「おい、なに勝手に……」

「いいじゃない、減るものでもあるまいし……ってあれ、なにこの眼鏡。なにか急に矢印みたいなのが出て来たんだけど」


眼鏡の淵に手を掛けながら、泉希は俺とアイちゃんを交互に見た。偶然と照準ボタンを押してしまったらしい。


 『矢印ですか?』

「ええ。それになにか数字みたいなモノも出てるわ。悠陽からの矢印には〈80〉で羽鐘さんからの矢印には〈75〉って出てる」

「え……」


不思議そうに泉希は小首を傾げた。反して俺は驚きに目を見開く。

 俺からアイちゃんへの好感度が〈80〉というのは分かるけど、俺への好感度が〈75〉ってのは一体どういうことだ。


 驚きと興奮で、呆然とアイちゃんを見つめる事しか出来ないでいた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


大手チェーンの薬局さんは服飾規定とかがあって、男性はスーツにネクタイ姿というのが多いわ。ウチの店はそんな御大層なもの無いけどね。

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