第44話 電話口で声を高くするの『余所行きの声』って言うよね?

 偶然と泉希みずきが【好感度測定眼鏡】を使った事で、アイちゃんが抱く俺への好感度が明らかになった。

 俺からアイちゃんへの好感度が〈80〉というのは納得だけど、彼女が俺に委託好感度が〈72〉ってのは一体どういうことだ。

 たゆねさんの話だとAIVISアイヴィスが人間に向ける好感度は〈50〉前後のはずだ。にも関わらずアイちゃんのあの数値は……まるでアイちゃんが俺のことを好きみたいじゃないか。


 「ねえ悠陽ゆうひ。この数字って何なの?」

「……え? ああ。別に何でもないよ。人の距離感みたいなモンだ。知り合いに貰ったんだ」

「ふーん。要するにオモチャってことね」


して気に留める様子もなく、泉希は辺りを見回して俺に返した。あの数値が好感度だなんて思いも寄らないだろう。


 「ところで、羽鐘さんはなんで一人で居るの? 岩永さんと一緒じゃないとしても、デートは済んだんだから帰っても良かったんじゃ?」

『はい。ですが本日は接待交際という名目での休日出勤に該当いたします。念のため朝日向あさひな店長に業務終了の報告をすべきと考えました』

「そゆこと」


そういえば、今日の分も派遣料を支払うんだよな。アイちゃんの電車代とかもウチ持ちなのか。今日のデートに使った費用分、岩永いわなが君の会社に請求出来ないもんかね。それか薬の卸値を割引してくれたり……いや絶対無理だろうけど。


 「じゃあ、もう水族館ここに用は無いのよね」

『はい』

「なら3人で一緒に帰りましょう」

『承知いたしました、水城みずしろ先生』


そうして俺達は3人揃って駅に向かった。

 空席の目立つ車内では、泉希がアイちゃんに「岩永さんとはどんな話をしたの」「告白とかはされた」などと根掘り葉掘り聞いていた。けれど浮ついた話はひとつも無く、二人は本当に水族館を回っただけのようだ。


 『時に水城先生。恋愛とはどのような症状なのでしょうか』

「症状っていうか、そうね。一緒に居るとドキドキしたり、その人の事をずっと考えちゃったりかな。

 けど嫌な妄想で胸が苦しくなったり、時々嫌いになっちゃったり。それでも一緒に居ると安心して……気付いたら、嫌いになった分だけ好きになっちゃってるの」


頬を赤らめ照れ笑いを浮かべつつ、泉希は天井を見上げて答えた。一瞬だけ俺を横目に見たのが気になるが。


 『なるほど。他にどのような身体的症状が見受けられますか』

「だから症状じゃないわよ。まあ恋愛も一種の病気みたいなものかしら……そうね、他には――」


止まる気配のないガールズトークに、俺は目的の駅に着くまで気配を殺すより他に無かった……。



 ◇◇◇



 『――朝日向あさひな店長。恐れ入りますが、只今より昼休憩を頂戴して参ります』

「うん。いってらっしゃい」


翌日、月曜日。我が【朝日向あさひな調剤薬局】の忙しいような、そうでもないような日常が再開された。

 幸いことに昨日の女子女子しい空気感は持ち越されることもなく、二人は平常運転で業務に取り組んでいた。

 夕方の配送に来た岩永君も、「昨日はありがとうございました」と明るく笑った。もちろん無理はしているのだろうけど、それを表に出さないのは流石だと思った。

 しかしアイちゃんへの想いは変わらないようで、宝石のような瞳を輝かせ恥ずかしそうに手を振っていた。

 驚くべきはアイちゃんも手を振り返していたことだ。相変わらずの無表情だけど、今までそんな事は一切無かったからな。あのデートが彼女の中の何かを変えたのかもしれない。


 それはきっと小さな変化。だけどそんな些細な移り変わりが、少しずつ日々の中に溶け込んでいって、いつしか新しい日々と成るのだろう。


 そして今また俺の元に、新しいが生まれようとしている。



 ◇◇◇



 水族館デートを終えた数日後のことだった。普段どおり午前の業務を終えた休診時間中。医療用PCと睨めっこしていると、表の自動ドアが開かれた。

 

「こんにち――」


反射式の笑顔を浮かべてオクターブ高い声に切り替える。そうして患者様を出迎える準備を整えるも、現れたその人物に俺は声を失った。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局では卸会社だけじゃなくメーカーから直接お薬を買うこともあるわ! 卸会社を通すより安いんだけど、数が少ないのがネックなのよね。

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