第42話 何回目のデートで手を繋ぎますか。答えは0回目です。
ちょっと目を離した隙に、
明らかに不良といった風体の二人組だ。ヤクザとヤンキーとゴキブリが世界で一番苦手とする俺は、思わず萎縮してしまう。
だけど気付けば、情けなく震える体でもって俺は男達の前に飛び出していた。
「泉希!」
泉希を背に守るような体勢で、俺は強面の二人組をキッと
二人組の鋭い視線にピクリと肩が震えて、背筋に寒気が抜ける。けれど引く訳にはいかない。ギリリと奥歯を噛み締めて、俺も眉尻を吊り上げた。
「お……お前ら! 俺の連れに何ちょっかい掛けてくれてんだ! コイツは俺の大事な――」
「ちょ、ちょっと
震える声で弱々しく叫ぶ俺に、泉希が慌てた様子で肩を掴んだ。ガタつく体でもって振り返れば、泉希が顔を赤く染めている。その表情は怒気とも羞恥とも見て取れる。どちらにしても、彼女の表情に危機感や恐怖心は見受けられない。どころか恥ずかしそうに苦笑いを浮かべているではないか。
「貴方、なにか勘違いしてるわよ。私はこの人達に写真を頼まれただけだから」
「……え?」
呆気に取られる俺に、泉希は桜色に頬を染めながら高価そうなデジタルカメラを掲げてみせた。
「そこのテラスから見えてるけど、今日は遊覧船が出るみたいなの。それをバックに『写真を撮ってほしい』ってお願いされたのよ」
呆れた様子で微笑みながら、泉希は傍デッキテラスの方を指差した。ギコちない動きで視線を向けと、ド派手な船が一部だけ除き見えている。
俺は火が出るように顔を赤く染めて、全身から冷たい汗を吹き出した。
「すんまっせんっした!」
二人の男へ向けて最敬礼ばりに頭を下げると、泉希もカメラを返しつつ「ウチの人が勘違いしてゴメンなさいね」と苦笑いに頭を下げた。
強面な風貌にてっきり怒鳴られるかと思いきや、意外にも二人組は「誤解させて悪かった」「大切な彼女さんを申し訳ありません」と、顔に似合わなず低姿勢に笑って許してくれた。
二人組はそのまま遊覧船の乗り口へと向かった。途中、仲良く手を繋ぐ姿は明らかに恋人のそれだ。人は見かけに寄らないな。そして時代は着々と【多様化】に進んでいるらしい。
「ねえ」
呆然と二人組の背中を見送る俺に、泉希が顔を覗き込んできた。
「もしかして、私がナンパされてるとか思って、慌てて飛び込んできたの?」
「ち、
「ちょっと置いて行かないでよ。またナンパされちゃうじゃない」
「……ふんっ!」
唇尖らせ大股で歩く俺に、泉希はニヤニヤと笑みを浮かべて後を付いてくる。
「ねぇ、さっき何て言おうとしたの?」
「さっきってなんだよ」
「『コイツは俺の大事な――』って言ってたやつ」
「そんなこと言ってない」
「ウソ! 言ってた!」
顔を背ける俺に、泉希はチョロチョロと周りを動いて顔を覗き込もうとした。
顔を背けて逃げる俺に、覗き見ようと追う泉希。
いい歳した大人の鬼ごっこは数分も続いて、いつの間にか順路のスタート地点まで戻っていた。
このまま右に行けば出口に繋がる。入場ゲートが見えた途端、今まで
「……泉希」
「……なに?」
「入館料、
「どうかしら。二人で五千円くらいよ」
「そりゃ大金だ。あの謎のパンケーキを食うだけで五千円払ったなんて勿体ねーし、もう一周だけ見ていかねーか?」
「いいの?!」
「ああ。だけど……」
嬉々として目を輝かせる泉希は、俺の言葉に首を
「もしまたお前がナンパ……じゃなくて絡まれでもしたら、俺は今度こそ何するか分かんねーから! 自分の上司を前科者にしたくなかったら、しっかり掴んどけ!」
つっけんどんにそう言って、俺は背中を向けたまま右手を差し出した。
「……うん!」
泉希は力強く頷いて、小走りに近付き差し出した俺の右手を両手で掴んだ。
「いや握手会か!」
「あ、そ、そうね!」
慌てて手を離せば、泉希は左手だけで握り直した。冷たいような温かいような、不思議な感覚が指先を包むように伝わってくる。
全身の熱と感覚が指先に集約されていくようで、緊張から手汗が滲んだ。ドキドキと心臓が速まり身を揺さぶるほど強く打ち鳴らされる。
不快に思われていないか、嫌悪されていないか。そんな不安が頭に浮かぶばかりで、俺はろくすっぽ展示を堪能出来ないでいた。
それはたぶん泉希も一緒だ。色とりどりの水槽を前にしても、俯き加減でどこか上の空。今朝はあんなに気に入っていたアザラシの前でも恥ずかしそうに俯くばかり。逆にアザラシが不思議そうに泉希を見ていた。
これじゃあ入館料の元は取れないな。
けれど、何故だろう。金では得られない何かが俺の心に刻まれていく。
そんな気がした。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
今は少なくなってきたけれど、昔はメーカーさんや卸会社さんから粗品とか野球の観戦チケットとかを貰っていたそうよ。診療所も調剤薬局も。
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