第41話 ヤクザとヤンキーとゴキブリが世界中の何よりも苦手です

 口周りに付いたカフェラテの泡を拭われて、アイちゃんへの好感度を急上昇させた岩永いわなが君は、彼女の両手を握りしめた。

 まさかキスでも迫るつもりだろうか。そんな妄想が俺の頭を過ぎった。


 「あ、あんにゃろうっ!」


息が掛かかりそうな距離で見つめ合う二人に、俺は思わず身を乗り出す。

 だがそんな俺の邪推に反して、岩永君は慌てて手を離し勢いよく頭を下げた。苦笑いで謝罪をする岩永君に、アイちゃんは首を横に振って応える。

 そして二人は何事も無かったように、相変わらず拳3つ分の距離感で近くの土産物屋へと向かった。

 どうやら岩永君は、思った以上に芯が強くそして理性的な男のようだ。俺との約束も反故にする事なく思いとどまって。

 そんな彼を信じてやらず、『見守るため』などと理由を付けて尾行している自分が無性に恥ずかしく思えた。

 

「……行こう、泉希みずき

「え、どうして? 二人はもういいの?」

「岩永君なら大丈夫だよ。あとは若い二人に任せて俺達も少し休憩しようや。なにか飲みてぇ」


渇いた笑みを浮かべると、泉希は花が咲いたような笑顔で頷いた。そんな彼女に言い様も無く胸が痛んだ。こういうのを罪悪感というのだろうか。

 たゆねさんから貰った眼鏡も外し、俺と泉希は上階にあるカフェへ向かった。飲み物だけなら自販機の方が安いけれど、なんとなくこっちの方が良い気がした。今日はもう豪遊してやる。

 

 俺はアイス珈琲とホットドッグを、泉希はペンギンの形をしたパンケーキとアイスティーを注文した。ただの丸いパンケーキに粉砂糖でペンギン風の絵が描かれているだけなのだが、泉希は「可愛い」と連呼し御満悦だった。

 けれど俺が「一口くれよ」とゴネれば、泉希は逡巡しつつパンケーキを切り分け、その切れ端を俺の前に突き出した。皿のまま渡せば良いものを、わざわざ切り分けて寄越すだなんて……俺がごっそり取っていくとでも思ったのか。

 視線を逸らす泉希を訝しく思いながら、大きく口を開いてパンケーキを頬張った。なんというか、目通りの味だ。これでこの値段とは……観光地価格というヤツか。

 俺は微妙な顔を浮かべてパンケーキを咀嚼する。何故か泉希はまじまじとフォークを見つめてゴクリと喉を鳴らした。かと思えば強張った顔のままパンケーキを食べ進める。ちょっと貰ったくらいで、そんな怒らなくてもいいだろうに。


 そうして一息ついた俺たちは、カフェを出てから再び土産物屋のフロアに降りた。さっきは気にしてなかったけど、階段前には海を臨んだデッキテラスと小洒落た便所があった。


「悪い泉希。ちょっちトイレ行ってくる」

「あ、うん」


急足で向かった俺は、すぐに用を終えて出てきた。だけど入り口の付近に泉希の姿が見当たらない。もしかすると彼女もトイレだろうか。そういえばさっきのカフェで、たくさん紅茶を飲んでたしな。

 取り敢えず待ってみよう。そう思ったがトイレの前で女子を出待ちするのは、なんとなく気まずい。

 しかもデッキテラスでは、ガラの悪そうな若い男達がたむろしている。

 ヤクザとヤンキーとゴキブリが世界中の何よりも苦手としている俺は、同じフロアにある土産物屋へ逃げるように向かった。トイレの出入り口と店は死角になっていけれど、すぐ近くだし泉希も気付くだろう。

 

 そうして暫くと土産物を物色していたが、一向に泉希は現れない。携帯電話を確認してみるが着信もメッセージも届いていない。

 俺がトイレから出てきてから、既に10分以上が経過している。さほど混雑しているようには思えないが、もしかして腹でも壊しているのか?

 流石に心配になってきたので、俺は恐る恐るとトイレの方へと戻った。そして角を曲がって見えた光景に、俺はハッと驚き息を呑む。


 なにせ泉希が、さっきのガラ悪い二人組に囲まれているのだから。


 女をたらしこんでいそうなチャラい金髪と、鋭く尖った目の厳ついツンツン黒髪。見るからに不良といった風貌のコンビだ。

 何度も言うが俺はヤクザとヤンキーとゴキブリがこの世界の何よりも苦手だ。見るだけで体が萎縮し、気持ちがすくんでしまう。


 「泉希!」


けれどそんな恐怖を覚えるより早く体が動いて、気付けば俺は男達の前に飛び出していた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


個人経営の病院や薬局は夫婦で運営されている所も多いわ。表に出なくとも、御家族が裏方仕事を担当していたり。税金対策を兼ねてのことね。

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