第40話 無理に化粧するよりすっぴんちゃんの方が可愛かったりするよね

 約束の時間ぴったりに到着したアイちゃんの姿に、俺は驚きのあまり間抜けに開いた口を塞げなかった。


 なにせ今日のアイちゃんは、泉希にも負けない位オシャレに可愛く決めているのだから。

 

 てっきり普段と同じスーツ姿かと思いきや、大人可愛い雰囲気のマキシワンピースにジャケット。如何にもデートらしい服装だ。艶やかな長い髪をハーフアップに纏め毛先には軽いウェーブを掛けている。


 泉希みずきにも驚いたけど、アイちゃんがあんな姿で登場するとは想像もしていなかった。泉希など未だに唖然と口を開いたままだ。

 だがそれも当然か。道行く人も皆振り返り、岩永君などカチコチに固まっているのだから。


(……これはヤバいな)


ただならぬ気配に、俺は【好感度測定眼鏡こうかんどそくていめがね】を取りだした。


 「なにそれ。貴方、眼だけは悪くないでしょ?」

「眼ってなんやねん。変装だよヘンソー」

「あ、なるほど。私も帽子とか眼鏡で変装してくれば良かったかしら」

「お前は大丈夫だよ。もう変装できてるから」

「どういう意味よ」


怪訝な顔で睨みつける泉希を尻目に、俺は例の眼鏡を起動させて岩永君たちに目標を合わせた。

 アイちゃんの好感度は〈52〉で可もなく不可もないと言った数値だが、岩永君の値は〈90〉と、もはや駆け落ち寸前の一触即発レベル。

 その数値が表す通り、岩永君は顔を真っ赤に染め上げている。二人は数言だけ会話をすると入場ゲートへ向かった。


 「私達も行きましょ」

「う、うん」


早々と動き出す泉希に反し、俺は緩慢な動きで後に続いた。

 俺達の数メートル前を歩くアイちゃんと岩永君。その背中は美男美女のカップルとしか思えない。

 モヤッ……と、胸の奥に黒い何かが浮かんだ。


 「あっ」


不意に泉希が声を漏らした。見れば岩永君がアイちゃんへ手を伸ばしている。まさか手を繋ごうとでも言うのか。

 俺は思わず飛び出しかけた。

 だけどアイちゃんは、ピクリとも表情を変えないまま首を横に振った。声が聞こえないから断言は出来ないけど、恐らく断られたのだろう。

 それが証拠にアイちゃんの好感度は〈52〉と変わらないが、岩永君の好感度は〈88〉とわずかに下がっている。イケメン故に女の子から断れた経験が無いから、あの程度で意気消沈したのだろう。


 胸の奥の『モヤ』が、少しだけ晴れた。

 

 アイちゃん達は拳三つ分の距離を保ったまま入場ゲートを潜り、順路通りに進んでいった。

 薄暗い館内に映える巨大な水槽。その中を優雅に泳ぐ彩形の豊かな生き物たち。それを指差しながら岩永君は笑顔で語りかける。だがアイちゃんは微塵も表情を変えずに答えた。

 巨大水槽を指差す岩永君の手が降ろされたと同時、二人は次のブースへ向かった。


「泉希、俺達行くぞ」

「えー、まだ全然見れてないんだけど」

「だから今日はそういうんじゃないって」


不貞腐れる泉希の背中を押しながら、俺達も薄暗い通路を進む。


 幻想的な海月クラゲゾーンに、少し肌寒い北極エリア。

 日本や世界の海を再現した空間に、ペンギン達が立ち並ぶ南極の模型。工夫を凝らした展示はどれも見ていて飽きないものばかりだった。

 泉希など、間の抜けた顔で浮かぶアザラシを前に「1時間は見ていられる」と御満悦だった。

 けれど前を行く二人は、5分と経たず次のブースへ向かってしまう。


 そうして館内を進むごとに、岩永君の好感度は〈90〉⇒〈88〉⇒〈85〉と少しずつ下降していった。

 

 何を言っても表情を変えないアイちゃんに不安を募らせているのか、はたまた自分を否定されているように思っているのか。

 モテるのが当然だった今までの人生で、女子から断られることなど無かったのだろう。彼には拒絶や無反応に対する耐性が無いのかもな。イケメンであることを悔いるがいい。

 かたや俺など女の子から否定されたり冷たい視線を浴びせられるなど、日常茶飯事だからな。心は鋼のごとく鍛え上げられている。


 「なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い」


前言撤回。泉希の言葉はいつ如何いかなる時でも俺の心をウォーターカッターの如く切り裂いてくる。

 

 岩永君らは、また次の展示へと向かった。


 そうして足早に回っているせいか、大きな館内をもうはや一周してしまった。普通なら2時間くらい掛ける所を、まだ1時間と経っていない。泉希など本来の目的を忘れて、「もっとちゃんと見たい」と愚痴を漏らしている始末だ。


 手持ち無沙汰になった岩永君は、近くのドリンクスタンドでカフェラテを注文した。サメや魚の絵がラテアートされている、この水族館の限定商品だ。ホームページで確認済である。

 だけどその可愛らしいラテを目にしても、アイちゃんの表情は微塵も変わらない。AIVISアイヴィスなのだから当然と言えば当然か。

 岩永君の好感度が、また少し下がった。このままいけば帰る頃には〈70〉を切るだろう。心なしか二人の物理的な距離も開いている気がする。


 ともあれ、このまま岩永君の好感度が下がり続ければアイちゃんへの好意も冷めるだろう。正直俺は安堵した。だが少しガッカリでもある。彼の熱意はその程度のものだったのか、と。


 よほど間が持たないのか、岩永君はグイッと一気にラテを飲み干し、カップをゴミ箱に投げ入れた。すると彼の口周りにはラテの泡が付いて、髭みたいに鼻下を覆っている。

 人間の女の子なら笑ってくれるかもしれないが、残念ながら彼女はAIVISだ。ピクリとも表情を動かさず、ただ只管ひたすらに岩永君を見つめている。

 かと思いきや、ポケットに手を入れたアイちゃんは真っ白いハンカチを取り出し、岩永君の口に付いている泡を優しく拭った。


 二人の顔が、今日一番に接近する。


 その瞬間、岩永君の好感度が一気に跳ね上がって過去最高の〈93〉を記録した。

 

 「ア、アイちゃんさん!」


俺達にまで届くほど、岩永君は大きな声を上げてアイちゃんの肩を掴んだ。宝石のような瞳から、カフェラテより熱い視線が注がれて。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


薬局では派手な匂いの香水や派手なネイル、露出度の高い服装をNGとしている所も多いわ。ウチの店では半ズボンやミニスカートもダメなの。

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