第37話 1カ月節約生活よりも無人島とかメニュー食べ尽くしの企画が好きでした

 たゆねさんから【好感度】を図る眼鏡と怪しい薬を受け取りカフェを出ると、あろうことか目の前に泉希みずきが居た。

 

 「――なにしてるの?」


能面のような真顔から放たれる声と視線。それが俺の身体を氷の如く凍てつかせる。

 俺は何故か返す言葉を見つけられず、しどろもどろに口籠ってしまった。そんな俺を泉希は瞬き一つもせずに見つめ、ゆっくりと足を近付いてくる。

 

 「一緒に居たあの女の人、薬局ウチに来てる患者さんよね。店でも仲良さそうにしてたけど、二人はどういう関係なの。まさか付き合ってるの?」

「なっ、なんでそんな話になるんだよ?! 俺とたゆねさんは別に――」


弁明を試みるも、俺は言葉を詰まらせた。驚いて声を飲み込んでしまった。


 なにせ、泉希が突然と泣き出したのだから。


 華奢な体を小刻みに震わせ真顔の瞳から涙が流れ落ちる。その宝石のような涙が、俺の思考を一層と混濁させた。


「ど、どうした泉希! どこか痛いのか? 仕事のしすぎで疲れちゃったか?!」


無表情のまま涙を流す泉希の姿に、俺は頭が真っ白になった。

 だが泉希は唇を固く結んで一言も発さず、流れる涙だけが数を増していく。そんな俺達を、道行く人もカフェに居る客も訝し気に見ている。


「と、とりあえず泣きやもう! なっ、なっ?」

「……」

「あ、そうだ! 腹減ってないか!? 今日は俺が奢ってやるからさ、そこのカフェで一緒にメシでも――」

「……」


必死に取り繕うも、泉希は俯きピクリとも口を開いてくれない。「グスグス」と鼻を啜る声が耳を刺すたび、鈍い痛みが胸を刺す。さっきとは違う冷たい汗が、体じゅうから湧き出て止まらない。


 「……あした」


ポツリ、泉希が呟いた。雨粒のようなか細い声に、俺は耳を寄せて「なに?」と苦笑浮かべて聞き返す。


 「あした、さっきの人と、水族館いくの?」

「いやいや! 行かない行かない! 全然まったく微塵とも!」

「じゃあ、やっぱり恋人なの? 私のこと放っておいて、彼女とランチしてたの?」

「だから違うって!」


狼狽えつつも必死に否定すると、彼女の視線がチラとだけ上を向いた。涙流す瞳は、俺を捉えて離さない。


 「じゃあ、あのひと誰なの」

「あー……実は彼女はAIVISアイヴィスの専門家なんだ。大学生だけど資格も持ってる。だからアイちゃんのことについて相談に乗ってもらってたんだよ」

「……なら、二人は恋人じゃないの?」

「当たり前だろ。そもそも恋人なんて居ねーから。作ってる暇も無いわ」


いびつに微笑み、俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。すると漸く信じてくれたのか、泉希は顔を上げ口端くちはに笑みを浮かべる。


「そ、そうよね。貴方に恋人を作る時間も甲斐性もあるはず無いものね!」

「う、うん……」


目元の涙を指で拭いながら、ほっと泉希は安堵したように微笑む。

 なんだろう。元気になってくれたのは嬉しいけど釈然としない。俺に彼女が居ないと知って安心しているのか?


 「だけど万が一ってこともあるし……もしかして明日も『羽鐘はがねさんの尾行』とか言ってデートする気なんじゃなの?」

「そんなことせんて」

「本当に?」

「逆にどうすれば信用してもらえンだよ」


眉尻下げた苦々しい笑みを浮かべ、俺はハンカチを取り出し泉希の目尻に浮かぶ涙を拭った。


 「あ、ありがとう」

「どーいたしまして」

「それ、洗濯して返す」

「いいよ別に」

「ううん。ちゃんと洗濯して、明日返すから」

「なに言ってんだ。明日は休みだろ」

「……おバカ」


言葉を詰まらせる俺に、泉希は視線を逸らしながら優しくハンカチを取り上げた。


 「貴方のことだから、一緒に水族館とか行ってくれる人なんて居ないんでしょ……私以外に!」

「いやだから明日は一人で行くて」

「ん~~、もう! この本物お馬鹿! 明日は私が一緒に水族館に行ってあげるって言ってるの!」

「え、マジで?!」


驚き声を上擦らせる俺に、泉希は眉間に皺を寄せてコクリと頷いた。まさかこんな展開になるとは。棚から牡丹餅とはこのことか。


「いや願ったり叶ったりだよ。お前以上に頼れる人なんて、他に居ないからな」

「……っ!」


礼のつもりで言ったのだが、泉希はプイッとそっぽを向いて頬を膨らませた。泣いたり不貞腐れたり、忙しい奴だな。


「でも良いのか。明日は折角の休みだろ」

「べ、別にいい。水族館は……仕事じゃないし」

「そうか。じゃあ悪いけど、明日は一緒に行ってくれ」

「……うん!」


再び俺の方を振り返った泉希は、今度は満面の笑顔で頷いた。ア◯ュラマンの物真似でもしているのだろうか。


 「ところで、どうしてあんなに泣いてたんだよ。俺がたゆねさんと付き合ってたらマズイことでもあるのか?」

「そ、それは……ひょ、評判! そう、店の評判が気になったのよ! 仮にも店長である貴方が患者様と一緒に居たら、悪い噂になるんじゃないかと思って!」

「ああ、なるほど」


確かに泉希の言う通りだ。恋愛は自由とはいえ薬局の責任者が患者様に、それも学生に手を出したなどと噂が広がれば、来局数が減るやもしれん。

 非営利の病院と違って、薬局っていうのは客商売だからな。人気や評判は言うまでも無く重要だ。


「ありがとうな泉希。そこまで考えてくれて」


彼女の頭に手を伸ばして髪を撫でると、泉希は俯きモジモジと指遊びした。


 「……ねぇ」

「ん?」

「お腹空いちゃったし、何か奢ってよ。明日の話もしておきたいからさ」

「あー、そうだな。じゃあ一緒にメシ食うか」

「うんっ!」


打って変わって明るく笑う泉希は、大きく頷いた。

 波の如く変化する泉希の感情。一時はそれに飲まれかかったけど、一段落ついて何よりだ。

 

 ……来週は節約週間決定だけどな。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


人にも依るけれど、患者様は意外と薬局の従業員の顔を覚えていたりするわ。私も休日に街を歩いていると、時々声を掛けられるの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る