第36話 戦闘力よりも好感度が数値化された方が現代社会では生きにくいかもしれん

 ニヤリと不敵かつ柔和な笑みを浮かべながら、たゆねさんはポーチから二つの小瓶を取り出した。以前に渡された【惚れ薬】よりも禍々しい雰囲気が漂っている……気がする。


「それは?」

「決まっているだろう。君の不安を解消してくれるお薬さ」


意味深に呟きながら、たゆねさんは二つの小瓶を手に取り掲げた。言葉だけ聞くと、違法薬物でも勧められているような気になる。


 「こっちの小瓶は異性への興味を失わせる薬で、こっちは飲んだ人間の性格を正反対にしちゃう薬。このどちらかを相手の男に飲ませれば、デートなんて一瞬で御破算になるはずさ!」

「いや力業ちからわざがすぎる! というか前も言いましたけど、俺は他人に薬を使う気はありません! それに俺はデートを台無しにしたいわけじゃなくて、アイちゃんを見守りたいだけですから!」

「なんだー、つまらない」


掲げた二つの小瓶を見つめながら、たゆねさんは残念そうに唇を尖らせた。


 「じゃ、これならどう?」


さっきよりも声を小さく、たゆねさんはバッグから次の発明品を取り出した。何故か俺の頭にはドラ〇もんの姿が浮かんでしまう。

 そうして彼女が四次元ポケットならぬ小洒落たポーチから取り出したのは、随分とフレームの大きな眼鏡だった。


 「なんですか、コレ」

「うーん、説明してもいいけど実際に使ってみた方が早いと思うよ。因みにこれは薬みたいに副作用の危険も無いから安心してくれたまへ」

「……」


なんとなく不安を覚えつつ、俺は言われるまま眼鏡を耳にかけた。少し重いがの入っていない伊達だて眼鏡を着けているような感覚だ。


 「眼鏡のツルに付いてるボタンを押してみて」

「えーと、これですか?」


コメカミ付近のツルに触れてみると、ボタンのようなポッチが付いている。それを押すとレンズの中にターゲットスコープが表示された。コ〇ン君の持っている追跡眼鏡みたいだな。


 「次は店内に居る適当な男女……例えばあそこで本を読んでるオジサマと、店員のお姉さんにでも照準を合わせてボタンを押して」

「こうですか?」


感覚的に眼鏡を操作し、たゆねさんの指示通り二人の男女へターゲットを合わせた。すると彼らの間に2本の矢印が現れて、互いを指し示す。


 「御覧の通り、その眼鏡はロックしたターゲットを常時補足するものだよ」


その説明通り、2本の矢印は彼等から離れずピタリとくっついている。女性店員が移動しても、矢印は自動でその後を追った。


 「その道具を使えば、人が多い場所や入り組んだ施設内でもターゲットの位置を示してくれる。尾行には打って付けだろう」

「な、なるほど。ありがとうございます……って、あれ?」


レンズの中のマークをよくよく見れば、矢印の上に数字が浮かんでいる。

 男性から女性への矢印には〈35〉で、女性から男性への矢印には〈52〉と表示されている。


「なんですか、この数字」

「ああ、それは【好感度】だよ」

「こうかんど?」

「早い話が、その人をどれくらい相手を好きか表してるのさ。最大値は〈100〉、最小値を〈0〉に設定してる」

「じゃあ、この女店員さんから出ている〈52〉って数値は好きでも嫌いでもないみたいな感じですか」

「そうだよ。反対に男性からの好感度は少し低いんじゃないかな。あの店員さん、接客態度が微妙だったからね」


怪しい薬の時とは違い、たゆねさんはまるで他人事のように説明を加えていく。これこそ未来の秘密道具みたいに思うのだが、気に入っていないだろうか。


「でもこれ、AIVISアイヴィスにも有効なんですか?」

「一応有効だけど、私が観察したAIVISは全員〈50〉丁度だったから意味は無いかもね。その機能を使うなら相手の情熱的なイケメン君だろう」

「なるほど。じゃあ、たとえば数値が〈100〉になったらどうなるんです?」

「そんなの有り得ないと思うけど、駆け落ちか拉致監禁らちかんきんでもするんじゃない。知らないけど」

「いや字面と言葉のバランス!」


などと冗談めいたツッコミを入れてみせるも、内心は動揺で一杯だった。駆け落ちも拉致監禁も絶対に許さん。岩永君の好感度が〈90〉を超えた時は、飛び出していってデートは即刻中止だ!


「ありがとうございます、たゆねさん。明日はこの眼鏡、使わせて貰います」

「うん。あんまり面白い発明品でもないけど使った感想を聞かせてよ。あ、ついでにこの二つも良かったら一緒に」


ススッ……とまるで茶でも出すように、たゆねさんは薬の小瓶を俺の方へ寄せた。


「感想って、もしかして明日は一緒に行ってくれないんですか?!」

「行かないよ」

「いや電話で話したじゃないですか! というか明日行かないのに、なんで来てくれたんです?」

「話が面白そうだったから」


呆気に取られて項垂うなだれる俺とは反対に、たゆねさんは「はっはっは」と高らかに笑った。正直こんな道具より、同伴してくれることを期待していたのだが。


 「まあそう落ち込まないで。この薬も使って良いからさ。あ、効果の感想はちゃんと教えてねー」


明るく笑って言うと、たゆねさんは席を立ち颯爽と店を後にした。

 残された俺は好感度を測る眼鏡と置き去りにされた謎の小瓶を回収し、ガックリと肩を落としながら店を出た。


 「――なにしてるの?」


項垂うなだれる俺の耳に、低く重たい亡霊じみた声が響いた。ハッとして顔を上げれば、目の前に泉希みずきが立って居るではないか。

 

 店の前に立ち尽くし、能面のような無表情でじっと俺を見据える泉希。


 そんな彼女の視線と表情が、俺の頭と身体を氷のように凍てつかせた。

 



-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


今更だけど、これが朝日向調剤薬局の営業時間よ!

月・火・水・金 09時00分〜19時00分

木・土 09時00分〜12時00分

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