第35話 問診票を書くのを嫌がるのに薬だけ欲しいってどないやねん

 「――超ぉお~~~心配なんですけどおおお!」


患者様がお帰りになられた店内で、閉店作業をしながら俺は声高に叫んだ。

 時刻はまだ昼過ぎ。だけど土曜日は処方元の整形外科は午前診療のみとなるため、必然とウチも今日は半ドン(午前終わり)となるのだ。


 「……なにが心配なのよ」


俺の絶叫に、調剤室でノートPCを睨む泉希が呆れた風に問いかけた。


「アイちゃんのことに決まってンだろうが! 明日のデートで岩永いわなが君に変なコトとかされねーかな!?」

「今更なに言ってるのよ。二人の前であんなに大見栄きってたくせに。今日だって、『明日の準備があるだろうから~』とかカッコつけて羽鐘はがねさんを早上がりさせてあげてさ」

「それはそうだけど、イザとなると心配なの! これはアレだ。手塩に掛かて育てた一人娘が大学生になってどこの馬の骨とも分からん男と二人で旅行に行くと知った時のお父さんの気持ちだ」

たとえが長いわよ、鬱陶しい」


情けなく泣き真似をする俺に、泉希はノートPCを睨みながらキレのあるツッコミを入れた。


 「だけどその喩えも、あながち間違いじゃないかもね。羽鐘さんが万が一その気になったら、岩永さんとくっついて最悪仕事を辞めるかもしれないしね。結婚して家を出ていく娘みたいに」

「うおおおおおん! 俺の可愛いアイちゃんがああああ!」


濁流のような泉希の言葉に、俺の心のダムは決壊して大粒の涙と変わった。

 アイちゃんのあのナイスバディがイケメンに好き放題されると考えると……激しい怒りと興奮で頭が煮えたぎりそうだ。


 「というか、そんなに心配なら一緒に行けばいいじゃない。例えば監視役とかで」

「そう。有り得ないとは思うけど、もし岩永さんが羽鐘さんの嫌がるようなことをしても、貴方が近くに居れば止めに入ることも出来るわ」

「はっ! その手があったか!」


たしかに二人のデートに俺が同行してはいけないという取り決めは無いし、岩永君にやましい気持ちが無ければ了承してくれるはずだ。


「いや、でも泉希さんや。今回はあくまでもデートだろ。そんな二人に俺がくっついて行くだなんて、ちょっと野暮じゃないか?」

「間違いなく野暮なお邪魔虫ね。けど、それも同行の仕方によるんじゃないの?」

「どういう意味だよ」

「堂々と一緒に歩くんじゃなくて、影から二人をこっそり覗いて見守るのよ」

「影から……」


つまりは尾行ということか。確かにそれなら二人の邪魔をしなくて済むし、もし問題が起きた時にも対処が可能だ。おまけに今回の行き先は水族館……薄暗い館内であれば尾行しても見つかりにくいはずだ。


「けど男が一人で水族館に行くのもな……こっそり見守るわけだし、周りに変な目で見られんじゃろか」

「見られるわね。どころか、そんな不審人物じゃあかえって目立つわ」

「だよな。せめて誰か一緒に行ってくれる人が居てくれれば良いんだけど……」


作業の手を止め腕組みは、俺は「むーん」と難しい顔を作って唸り悩んだ。


 「ん、んんっ! コホン、コホンッ!」


すると何故か、泉希がわざとらしい空咳からぜきを吐きながら、チラチラと横目に見てくる。しまった、アイちゃんのことに夢中になっていて仕事の手が止まっている。


「悪い悪い。早いとこ片付けないと、間違えて患者さんが入って来ちまうよな」

「え、いやそうじゃなくて――」

「分かってるよ。明日は休みだし、お前も早く家に帰って休みたいよな。気が利かなくてゴメン」


現状この店は泉希が支えてくれている状態だ。彼女の体をいたわわる今でも、休みの日はしっかりと休んで英気を養ってもらいたい。早々に閉店作業を終わらせて、帰宅させてやらねば。


 「……もういい」


けれど泉希はドスを効かせたように低い声で応え、また仏頂面でノートPCに指を這わせた。仕事の手を止めてたのは悪かったけど、そこまで怒らないでも良いだろう。せめてもう少し物腰を柔らかく……例えばたゆねさんみたいに――

 

 「あっ」


その時、頭の上に電球が閃いた。俺は『レセコン』と呼ばれる専用PCから患者様のデータを参照した。そして流れるような動きで固定電話を取り、検索した番号にダイヤルする。


 『――はい、片桐です』

「あ、お忙しい所を恐れ入ります。こちらは朝日向あさひな調剤薬局の朝日向と申します」

『やあ店長さん。どうしたんだい』

「ええ、実は少し御相談がありまして――」


初めての電話だというのに、たゆねさんは予想していたかのように平静と応じてくれた。本来なら患者様の個人情報を私用に使うなど以ての外だが、彼女には許可を貰っているからな。彼女の声にも驚いた様子はなく普段と変わらない。

 このままPCの前で電話を続けても良かったが、泉希の視線が気になる。俺は子機を片手に表へ出ると、今回の事を掻い摘んで説明した。

 突然の依頼に渋られるかとも危惧きぐしたが、『それはまた面白そうな案件だね。力になれるよ』と、たゆねさんは話に乗ってくれた。詳しい話をするために、俺達は1時間後に近くのカフェで待ち合わせる事ととなった。


 今日が土曜日で本当に良かった。


 大至急と閉店作業を終えた俺は、まだ不貞腐れる泉希と共に事務所へ行き、脱ぎ捨てるように私服へ着替え早々と事務所を後にした。

 駆け足気味に薬局近くのカフェへ向かうと、既にたゆねさんが到着していた。俺は挨拶もそこそこに彼女の正面へ腰掛け、早速と経緯を説明する。


 「――いやはや、本当に面白そうな話だね」


美味そうにカフェラテを傾けながら、たゆねさんは悠然とした口調で呟く。そんな彼女に倣うよう俺も安いアメリカン珈琲を啜った。


 「だけどそんなに心配なら、デートなんて許可しなければ良かっただろうに。君も損な性格だね」

「よく言われます。おかげで日々ストレスで禿げそうです」

「ははは。なら安心してくれたまえ。今日はそんな君の悩みを解消できそうな試作品を持ってきたから」


ニヤリと不敵かつ柔和な笑みを浮かべながら、たゆねさんはポーチから二つの小瓶を取り出した。


 以前に渡された【惚れ薬】よりも禍々しい雰囲気が漂っている……気がする。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


薬局には守秘義務があって、患者さまの個人情報を濫りに教えることは禁じられているわ。病歴や現在の疾病なんかも個人情報に含まれるの。

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