第31話 恋は盲目。御飯は五目。好きな科目は保険と体育。

 「好きです! ぜひ自分と付き合って下さい!」


岩永いわなが君はアイちゃんの手を包むよう両手に握ると、宝石のような瞳を輝かせて真っ直ぐに想いを叫んだ。


 「ちょ、ちょっと岩永君! なにを言って――」

「店長さん! 僕は彼女に一目惚れしました! 彼女との交際を認めてください!」


唐突な愛の告白に驚く俺とは裏腹に、岩永君は溌剌はつらつとした声を被せてくる。真面目で誠実な印象だけに、この変貌は驚きだ。

 『恋は盲目』なんてセリフを耳にするけど、その言葉が今の彼にはピタリだ。だがよりにもよって取引先の店で、それもアイちゃんのことを好きになるなんて。こんな所を患者様に見られてはお互い困るだろうに。


 『申し訳ございません』


そんな俺の心中を察したかのように、アイちゃんは岩永君の手を優しく退けて静かに頭を下げた。


 『こちらのスペースは関係者以外立ち入り禁止となっております。恐れ入りますが待合室へお戻りください』

「あ、すみません」

「いや、そっちかーい!」


先ほどの情熱が嘘みたく、岩永君は言われるままカウンターを出た。俺は喜劇みたいなツッコミを入れてズッコケそうになる。

 

 「大丈夫ですか、店長さん!」

「あ、ああうん、ありがとう。それよりも岩永君。君は泉希みずきのことが好きなんじゃないの?」

「え? いえ別に」


さも平然と答える岩永君に、俺は「へっ?」と頓狂な声を漏らした。俺の隣に立っている泉希も絶句した様子で間抜けに口を開いている。


「いやでも岩永君。昨日は泉希のことを『素敵だ』とか言ってたじゃないか」

「はい。水城先生も本当に素敵な方だと思います。でも、好きとか嫌いとかの話ではないです」


さも平然と岩永君は答えた。どうやら彼の中で『素敵』とは単なる誉め言葉らしい。これも男前の成せるわざなのか。


 「でも彼女は違います! 本当に心から惚れました! こんな事は生まれて初めてです! ぜひ自分とお付き合いして下さい!」


今までに見せたどのお辞儀よりも最敬礼に、岩永君は握手を求めるみたく右手を差し出した。しかしアイちゃんはというと、無表情に立ち尽くしたまま首を傾げている。たぶん『付き合う』という言葉の意味を理解していないのだろう。

 いずれにせよ、もうすぐ患者様も来局される時間だ。こんな光景を患者様に見られては面倒だし、彼もまだ配送があるはずだ。可哀そうだが現実を教えてあげよう。


 「岩永君、実をいうと彼女はね――」


少しだけ胸を痛めつつ、俺は岩永君にアイちゃんについて説明した。といっても彼女はAIVISアイヴィスという最新のアンドロイドであることや、ウチの社員でなく派遣さんという事くらいだが。


 「なるほど、AIVISですか」


てっきり驚くかと思いきや、岩永君は戸惑いも無く俺の話を受け入れた。


 「そうなのよ。彼女、見た目は普通の女性と変わらないから驚いたでしょう」

「ええ。でもAIVISというアンドロイドの話は聞いた事があります」

「そうなの?」

「はい。ウチの会社でも一部に導入が検討されているみたいで。でも実際に見るのは初めてですし、こんなにも美しいとは思いませんでした」


なるほど、やっぱり大手企業は一般家庭よりも最新技術の導入が早いんだな。ということはウチも大手の仲間入り……なわけはないが。


 「とにかく、これでアイちゃんと付き合えない事は分かっただろ。残念だけど諦めてくれよ」

「え、どうしてですか?」

「だからね岩永君、この人が言ったように彼女はAIVISなのよ」

「はい、分かってます。何か問題がありますか」

「問題って……人間じゃないのよ?」

「それは理解しています。でも僕は人間だから彼女を好きになったんじゃなく、彼女が彼女だから好きになったんです。人種や性別なんて関係ありません」


岩盤みたく強固な岩永君の意志に、さすがの泉希もタジタジになった。というか人種や性別以前の問題だと思うけど。


「まあでも、君の気持ちは分かったよ岩永君。だかどアイちゃんの気持ちだってあるからさ。これから午後の業務も始まるし、君だって仕事が残ってるだろ? 後日また時間を作るから、今日は一旦お開きにしよう」

「……そうですね。考えが至らず申し訳ありませんでした。ご配慮くださり、有難うございます」


腰を低く頭を下げて、岩永君はコンテナボックスを手に踵を返した。だが店の入り口で立ち止まると、背筋を伸ばして振り返る。


 「自分は貴女のことを本気で好きになりました! どうか前向きに御検討いただけますよう、よろしく御願い致します!」


熱血営業マンのような声と口上で告げると、岩永君は小走りで店を後にした。学生の頃にスポーツでもしていたのかな。


 「なんだか、嵐みたいな人ね」

「ああ。あれが若さってヤツだな」

「私達と同じ20代でしょ」

「いや俺らもうアラサーやん」

「一緒にしないでくれる?」


岩永君の去った入口を見つめながら答えると、泉希は鼻から嘆息吐いてアイちゃんの方を振り返った。


 「ねぇ、羽鐘さんはどうしたいの?」

『どうしたい、とは?』

「今の彼とお付き合い……交際したいかってこと」

『はい、そのつもりです』

「うん、まあそうよね……って、本当に!?」


アイちゃんの答えがよほど以外だったのか、泉希は似合わないノリツッコミを披露してみせる。そんな彼女と対照的に、アイちゃんは『はい』と真顔で頷いた。


 『私は、あの方の申し出を御受けする所存です』




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


病院や薬局の女性従業員と医薬品メーカーや卸会社の営業さんが御結婚される話はたまに耳にするわ。特に病院は綺麗な女性事務員さんが多いから。

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