第30話 好きです! ぜひ自分と付き合って下さい!
「――あ、あの……
通りの良い声に呼ばれて振り返った
視線の先に居る
「昨日は、本当に申し訳ありませんでした!」
だがそんな俺の緊張を覆すように、岩永君は最敬礼で泉希に頭を下げた。一体なんのことだとばかりに、俺と泉希はポカンと顔を合わせる。
「取引先の薬局の先生に、ましてや女性にあんなモラルに欠く発言を……大変失礼いたしました!」
「あんなことって……私とこの人を夫婦だと勘違いした件?」
引き笑いを浮かべ泉希が聞き返すと、岩永君は頭を下げたままコクリと頷いた。
「そんなの全然気にしてないわよ。モラルに欠く発言とも思ってないし。この人がお馬鹿で店長ぽくないから敬語を忘れちゃうのよね。勘違いしても仕方ないわ」
「はははー。誰が『お馬鹿』だコノヤロー」
「貴方以外に誰が居るのよ」
笑いながら言う俺に反して、泉希は呆れた声で返す。けれど岩永君には優しい笑みを浮かべて声のトーンを上げた。
「だから全然気にしないで。全部この人のお馬鹿が悪いんだから」
俺を指差しながら泉希は困ったように笑った。何故俺が悪いのか原稿用紙10枚ほどのレポートを提出させたいところだが、岩永君は見て取れるほど胸を撫で下ろした。
それにしても岩永君は本当に真面目だな。あんな雰囲気を醸し出すから、てっきり泉希に愛の告白でもするのかと思った。
(あ~、良かった~)
心の中で呟きながら、俺も岩永君同様「ふぅ」と安堵の息を吐いた……あれ、なんてなぜ俺は安心しているのだ。
理由は明白だ。というか一つしか無い。岩永君が泉希に告白をしなかったからだ。
だけど泉希は独身だし俺の恋人でもない。ウチの薬局は恋愛自由だし、何の問題も無いはずなのだが……。
(まあ、でもアレか。もしも泉希が俺以外の誰かと結婚して寿退社なんてしようものなら、この薬局もいよいよ終わりだからな……)
自分に言い聞かせるよう理屈を並べて、俺は本心を誤魔化し思考に
「ところで岩永君。納品はこれで全部かな。伝票にはマスクもあるんだけど」
「ええっと……あっ、すみません! 車の中に忘れてきたかもしれません! 急いで取ってきます!」
言うが早いか岩永君は踵を返し、駆け足で車へ戻った。納品を忘れるなんて、よほど泉希に言ったことを気に掛けていたのだろう。
『お手伝い致します、朝日向店長』
受付カウンターに並べられた薬や消耗品を運ぼうとする俺に、調剤室の奥に居たアイちゃんが出てきてくれた。
「ありがとうアイちゃん。じゃあ、これを調剤室に運んでくれるかな。収納する場所は分かる?」
『はい。配属初日に全ての医薬品の配置を記憶致しましたので』
当然のように答え、アイちゃんは薬を手に調剤室へと戻っていった。
ウチに在庫している薬は現時点でおよそ1200品目。実際に使用している薬はそのうち100種類も無いが、それでも初日に全てを把握しているとは驚きだ。人間ならこうはいかないだろうに、やはり
「――すみません、お待たせしました!」
などと感心していると、岩永君が駆け足で戻ってきた。腕にはしっかりとマスクの箱を抱えている。
「そんなに急がなくても良かったのに」
「いえ! 薬局様の貴重な御時間を頂戴する訳には参りませんので!」
「俺は薬剤師じゃないから全然暇だけどね。えーと、じゃあ不織布マスクが一箱と。はい、これで納品は全部かな」
「はい! ではこちらがそのマスクになります!」
岩永君がマスクの箱を受付に乗せようとした直後、調剤室のアイちゃんがまた受付に戻ってきた。残りの納品物も仕舞おうとしてくれるのだろう。
――ドサッ……。
だがその時、岩永君は抱えていた箱を床に落としてしまった。何かと思って岩永君を見れば、まるで魂を抜かれたようにアイちゃんを見つめている。
「……美しい」
その一言で全てを理解した。なるほど、そういうことか。俺が一番最初にアイちゃんに会った時と同様、岩永君もその容姿に見惚れているのだ。
「うんうん、気持ちは分かるよ。だって神がかり的な綺麗さだもんね。でも実を言うと彼女は――」
腕組みしながら彼女がAIVISであることを説明しようとしたが、岩永君はそんな俺を尻目にズカズカとウンターの中へと入ってきた。しかも彼は唐突にアイちゃんの手を包むように両手で握りしめて。
「好きです! ぜひ自分と付き合って下さい!」
まるで宝石のように輝く視線でアイちゃんを見つめながら、岩永君は真っ直ぐに想いの丈を叫んだ。
なんだか、またややこしくなりそうだ……。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
調剤薬局は小売業の区分になるから一般用医薬品や消耗品も販売しているわ。マスクやサプリメントも医薬品と同じで卸業者さんから仕入れるの。
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