第29話 夫婦で店やってるとメリットが大きいけどリスクも大きいよね

 調剤薬局というのは医薬品卸業者や医薬品メーカーからお薬や消耗品を仕入れ、それを患者様に御提供している。当然とウチの薬局も卸業者から薬など買い付けているのだが、医薬品卸会社というのは意外と多く企業ごとに特色もあるため、複数の会社と取引をするのがセオリーだ。


 ウチの薬局は業界でも大手と名高い、〈メディフレッサ〉という卸業者をメインに取引をしている。

 〈メディフレッサ〉の配送は基本的に日に1回だが、発注品が多い場合や、その日のうちに必要な薬がある時は夕方にも配送に来てくれる。

 ウチは整形外科がメインの処方元になるため、湿布薬や軟膏など嵩張かさばる薬が多く大量に在庫できないから、このシステムは有難い。

 そうして毎日顔を合わせるので、卸会社メディフレッサの配送員さんとは自然と仲良くしていた。けれど、


 「実は今度、微妙な配置換えがあって僕の担当は朝の配送だけになったんです」


とのことだった。彼が休みの時には別の配送が来たこともあったけど、夕方だけとはいえ担当者が変わるのは初めてだ。


 「そういうわけで、今日の夕方配送で新しい担当と一緒に御挨拶に伺います。急で申し訳ありませんが、次回から夕方便はその者が参ります」


配送のお兄さんは残念そうに頭を下げて店を後にした。完全な配置換えではないし、朝の便びんと違って夕方の便は週に2~3回程度。それほど変わりないとは思うけど。

 とにもかくにも、その日の夕方。処方元の整形外科が午後診察を開始する少し前。予告通り配送さんは新しい担当者を連れてきた。


 「はじめまして、岩永いわなが輝石きせきと申します! 若輩者じゃくはいものですがどうぞ宜しくお願い致します!」


明るく元気の良い、真面目そうな好青年だった。スラリと背が高く男前で、配送だけでなく営業職でも活躍できそうな雰囲気が漂っている。


 「御丁寧にありがとうございます。この店の店長をしております朝日向あさひなです。薬剤師ではありませんが、どうぞ宜しくお願いします」

「こちらこそ有難うございます! 至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願い致します!」


ピシッと見本のように綺麗なお辞儀をして、岩永君はよく通る声を店内に響かせた。


 「それじゃあ、早速納入させて頂こうか」

「はい、先輩!」


隣の配送さんに促されて、岩永君は元気の良い返事と共に青いコンテナボックスへ手を伸ばした。そして納品伝票を俺に差し出すと、彼は薬を収めるコンテナボックスを持ち上げた。

 岩永君が今渡してくれた横長の伝票には、今日ウチが仕入れた医薬品や消耗品が記載されている。薬局はそれらを一つずつ読み上げ、薬の発注漏れや発送漏れが無いか互いに確認するのだ。古臭くて手間のかかる業務だが、これも患者様にきちんと薬をお渡しするために必要なことだ。

 俺が伝票の品名と数を読み上げ、岩永君は受付カウンターに薬を並べていく。だが湿布薬を読み上げると、薬を置くスペースが無くなってしまった。あれは段ボール箱で配送されるから、一つあたりがデカいのだ。


 「おーい泉希みずきー。ちょっと薬運んでくれー」


調剤室の奥で作業をしていた泉希を呼ぶと、彼女は「はいはい」とプラスチックの籠を持って出てきた。


「『はい』は一回でよろしくてよ、泉希さん」

「いちいち細かくてよ、おバカ店長さん」


ジトリと俺を睨む泉希に、岩永君は「ははは」と愛想笑いを浮かべて湿布薬の大箱を手渡した。


 「こちら重たいので、お気を付けください!」

「ありがとう。優しいのね、誰かさんと違って」

「やかましっ」


怒ったフリする俺をスルーして、泉希は調剤室に薬を運び入れた。そんな俺達の遣り取りを見て、岩永君はまた爽やかに笑ってくれる。


 「素敵な奥様ですね!」

「へ? いや、私も彼女もまだ独身ですよ」

「えっ! し、失礼いたしました! とても仲睦なかむつまじい御様子でしたので、てっきり御夫婦かと!」

「はっはっは。生意気なヤツで困ってます」


申し訳なさそうに頭を下げる岩永君に、俺は敢えて剽軽ひょうきんに笑ってみせた。別に怒っているわけでもないし。


 「不躾ぶしつけをすみません店長さん。まだ新米なもので礼儀を知らなくて」

「いえいえ。全然不躾じゃないですよ。すごく利発そうで、真面目な好青年じゃないですか。これから宜しく御願いしますね」

「は、はい! よろしくお願い致します!」


岩永君はほっと安堵に胸を撫で下ろして、もう一度深く頭を下げた。二人は空っぽのコンテナを手に早々とウチの店を後にした。これから周辺にある薬局も回っていくのだろう。俺はカウンターの上に積まれている薬を調剤室へ運び入れて、所定の場所に収めていった。


 「『素敵な奥様』だって」


どこか得意に、泉希は鼻歌まじりで上機嫌に薬を仕舞っていく。イケメンに「素敵」と言われて喜んでいるのかチクショウめ。


 『ただいま戻りました』


すると同時。アイちゃんが大きな段ボール箱を抱えて店に戻ってきた。泉希に言われ2階の事務所で薬の在庫を確認していたのだ。

 

 「ありがとう羽鐘はがねさん。在庫はまだあった?」

『はい。あと4袋ほど残存しています』

「4袋か。今のうちに発注しておかないとね」


緩んだ笑顔を消すと、泉希は真剣な表情でホワイトボードに数を書き込んだ。薬品の管理も調剤薬局の重要な仕事である。

 その翌日。聞いていた通りに夕方の配送は岩永君が一人でやってきた。昨日と同様に元気いっぱい挨拶をして、発注した薬や消耗品を照合していく。


 「ご苦労様」


そうして受付カウンターに薬を並べていると、呼んでもいないのに泉希が調剤室から出て来た。よほど岩永君を気に入ったのかと思いきや、いくつか薬を抱えてまた奥へ戻った。必要な薬をただ取りに来ただけか。


 「あ、あの……水城みずしろ先生!」


そんな彼女の背中を、岩永君が真剣な様子で呼び止めた。通りの良いその声に、泉希は驚いて振り返る。


「あの、僕……――」


精悍な顔に神妙な雰囲気を醸し汗を浮かべ、岩永君はゴクリと大きく喉を鳴らした。


 岩永君から滲み出る緊張感が、狭い店の中を満たしていく。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


医療用の医薬品には公的な原価が定められていて、その値段で取引を行うのが原則なの。でも実際には値引きされていて、それを『薬価差率』と言うわ。

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