第28話 因果応報、向天吐唾。悪い事はできませんね
あまりにも気持ちよさそうな寝顔に起こすのが
『
耳の薬を俺に渡しながら、アイちゃんが俺に尋ねた。さっきまでの『御主人様』呼びは無くなって、普段のアイちゃんみたく声にも表情にも熱が無い。
それはそれで違和感を覚えつつ、「今日はもう無いよ。ありがとう」と答えれば、彼女は丁寧にお辞儀して『本日はこちらで失礼いたします』とメイド服からスーツに着替えた。
アイちゃんのナイスバディを拝む絶好のチャンスだったが、膝の上には泉希の頭がある。俺は必死に目を閉じ頭の中で素数を数えた。
帰り際には今回の請求金額を伝えられて、俺は思い切り肩を落とした。今回は俺が望んだ残業ではないのだが、これも【惚れ薬】を使った代償か。
しかしアイちゃんの言動から察するに、十中八九薬の効果が切れているのだろう。
アイちゃんが帰ってからも、俺は泉希に膝を貸し続けた。よほど疲れが溜まっていたのか、化粧や髪型もそのままに泉希はスヤスヤと寝息を立てている。毛布を掛けて頭を撫でてやると、泉希は気持ち良さそうに頬を緩ませた。
楽しい夢でも見ているのかな。
数時間後、「ん~~っ!」と気持ち良さそうに目覚めた彼女は、トロンと蕩けた目を擦りながら起きた。髪を乱してまだ眠そうにする泉希に、俺は足の痺れを我慢して熱い珈琲を淹れてやった。
てっきりこのまま泊まっていくのかと思いきや、珈琲を飲み終えると泉希も帰宅の準備を始めた。アイちゃん同様、彼女も普段通りの振る舞いだ。もしかすると、あの【惚れ薬】は時間と共に効果が薄まっていくのかもしれない。同じ薬を飲み続けると耐性が出来て、効かなくなっていくように。
「白衣は洗って返すから」
泉希は適当な紙袋に白衣を詰めた。洗濯など別に良かったのだが、彼女がどうしてもと言うので御言葉に甘えた。ちなみに先日貸したカッターシャツはまだ洗濯を終えていないか尋ねると、わざとらしい空咳をしてすっとぼけられた。きっとズボラして、まだ洗濯が出来ていないのだろう。急ぐものでもないし別に良いけれど。
そうして家路につく泉希。俺は最寄りの駅まで見送りに出た。言っても平日の仕事終わりと変わらない時間だが、何故かそうしたかった。
「じゃあ、また薬局でね」
改札を潜りながら泉希は笑顔で手を振ってくれた。俺も彼女に手を振り返せば、すぐに電車が到着してホームに走っていった。泉希の姿が見えなくなった途端、胸に穴が空くような感覚に見舞われた。
空っぽになった気持ちで空っぽの家に戻った俺は、静けさを紛らわせるように音楽を流しベッドへ転がった。
だけどなかなか寝付けない。
今日の二人の姿にまだ興奮が冷めないのか、ベッドに転がったまま0時を回った。するとその時、携帯電話が光って震えた。見れば泉希からメッセージが届いている。
――なんだか頭がボーっとして、あんまり覚えてないんだけど、変なこと言ってた気がするから今日のことは全部忘れて!――
なるほど、やはりあの【惚れ薬】は時間と共に効果が薄れて、半日ほどで完全に切れるらしいな。
「……忘れるわけないだろ」
呟きながら俺は笑顔のアイコンだけを返した。
するとすぐに返事が届いて、そこから俺達は何度もメッセージを往復させた。他愛の無い話題なのに、気付けば俺たちは朝まで文字の遣り取りをしていた。
たまには、こんな休みもいいかな。
とはいえ【惚れ薬】に振り回されたのも事実。俺の自業自得とはいえ、当分惚れた腫れたの話に関わりたくないし耳にもしたくない。
幸いにもウチの店は三人しか居ないし、メインの処方元が整形外科だから、お越しになられる患者様も年配者が多い。そんな話題に花が咲くことも無いだろうとタカを括っていた……が、しかし。
「――自分、彼女に一目惚れしました!」
俺の願いを嘲笑うように、この平穏を
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
薬局によっては会社が従業員に支給している白衣を洗濯してくれる所もあるけれど、ウチは自分で洗濯するのが基本よ。クリーニング代は出ないわ!
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