第25話 食べ物の好き嫌いが多い人は人間の好き嫌いも多いとか言うけどホンマかいな

 「さあ、食べて頂戴!」

『どうぞお召し上がりください』


期待に胸を膨らませる俺の前へ、二人はほぼ同時に皿を突き出した。だがその瞬間、俺の身体に戦慄せんりつが走る。


 なにせ泉希みずきが作った料理は、キャベツとタマネギの千切りサラダなのだから。それもゴマや海苔などの飾り気もない、ただ野菜を切って盛っただけの質素なもの。


 「さあ、食べてみて! 私の得意料理よ!」


薄い胸を張って自身満々と言いながら、泉希は俺にドレッシングを突き出した。恐る恐るとそれを受け取りながら、俺は得意気な泉希と手元のサラダを交互に見る。


「えっと……コレが得意料理?」

「そうよ。なにか変かしら」

「だってこれ、サラダやん」

「ええそうよ! 今日は貴方の為に、スライサーじゃなく包丁で切ったんだから!」

「いやまあ、そうなのかもしれんけど……」


形や大きさが不揃いだから、なんとなくそんな気はした。普通にスライサーを使えば良いものを。


「得意料理ってことは、よく作るのか?」

「ええ。最近は特にそうね。仕事から帰ってきたら疲れて何もする気にならないし、こんな風にサラダだけで済ませることも多いわよ」

「ごめんなさい! そしていつも仕事を有難う! いただきます!」


居た堪れない気持ちから俺はそれ以上何を言うことも出来ず、サラダにドレッシングをかけて齧歯類みたく口一杯にかき込んだ。


 「美味しい?」

「う、うん……」


不味くはないけど、基本的にドレッシングの味しか感じられない。あとはキャベツとタマネギの苦みばかりで。


「おかわりも用意できるけど、いる?」

「いえ、結構です……」

「そう? 意外と小食なのね」


正直腹は膨れていない。だけど白衣姿でこんな健康志向な食事を出されると、薬局で栄養指導をされているような気分になってしまう。


 『御主人様。私の料理もお召し上がり下さい』


泉希が皿を引いたと同時、今度はメイド服アイちゃんが皿を差し出した。

 だけど泉希のサラダ同様、俺のテンションは微塵とも浮かんでこない。なにせアイちゃんがこしらえてくれたのは、カロリーメ◯トとプロテインドリンクなのだから。


 『調理時間と栄養バランス、そして現在こちらの家に保存されている食材を考慮し、このメニューが最適と判断致しました』


泉希同様に然も得意げに語るメイド姿のアイちゃんだが、どう見たってコレは封を開けて皿にならべ、シェイカーで粉を溶かしただけ。とても料理なんて呼べる代物ではない。


 「……いただきます」


とはいえ泉希のサラダだけでは物足りない。俺は渋々とカ〇リーメイトをプロテインドリンクで流し込んだ。


「……御馳走さま」


一瞬の食事だった。のつのつとした喉のつかえを感じながら、俺は空になった食器をシンクへ下げる。


 「それで、私と彼女のどっちを選ぶの?」

『どうぞ、お好きな方をお選び下さい』


白衣の泉希とメイド服のアイちゃんが、握手を求めるよう俺に手を伸ばす。

 差し出された二人の手を前にして、俺は冷たい汗を浮かべて戸惑いを露わにした。

 正直、出来る事ならどちらも選んでやりたい。

 けれど選ばなくてはならない。そして俺の答えは既に決まっている。

 俺は肚を決め、そっと泉希の方へ手を伸ばした。


「わ、私……? やった! ありがとう悠陽ゆうひ!」

『くっ! 一体私は何を間違えて……』


嬉々としてはしゃぐ泉希に対して、アイちゃんは愕然と肩を震わせる。

 まだ付き合いが短いとは言え、こんなに感情的なアイちゃんは初めて見た。これも【惚れ薬】の効果なのだろう。

 少し可哀想だが、これは二人が納得して決めた勝負。例え五十歩百歩の出来だったとしても、はぐらかすような真似はそれこそ彼女らに対して失礼だ。というか、料理対決に加工食品をまんま出されては勝負にすらなっていないのというのが本音だ。

 

 ――きゅるるぅ……。


その時。空気が抜ける可愛らしい音が部屋の中に響いた。見れば泉希が顔を真っ赤に染めて小さな腹を抱えている。


 「あ、貴方が食べてる姿を見てたら、私もその、お腹が空いてきちゃって……」


もごもごと口籠りながら泉希は背中を丸める。そんな姿が愛らしく思えて、つい口元が緩んでしまう。俺は冷蔵庫から食材を取り出してシンクの上に並べた。


 「ちょっと待ってろ。今なにか作ってやる」

「い、いいわよそんなの、悪いし……私はカップ麺とか、適当なもの食べるから」

「そういう訳にいかんだろ。いいから座ってろ。勝者への御褒美だ」

「あ、ちょっと……」


戸惑う泉希をローテーブルの前に座らせると、俺はキッチンに戻って料理を始めた。そんな俺の近くでアイちゃんがポツンと立ち尽くしている。どことなく手持無沙汰な感じで俺を見つめている。


「良ければ手伝ってくれる?」

『……はいっ! 承知いたしました!』


さっきまでの暗い表情は一瞬で晴れやかに変わって、俺とアイちゃんは肩の触れ合う距離に並んだ。


 『私は何をすれば宜しいでしょうか』

「じゃあ、まずはお湯を沸かして――」


およそ15分後。そわそわと落ち着かない様子で座っている泉希の眼前に、俺は湯気立つ平皿をひとつ置いた。


 「どうぞ、召し上がれ」


グラスに水を注ぎフォークを渡せば、泉希は驚いた様子で皿と俺を交互に見遣った。


 「これ、なに?」

「トマトソースのパスタ」

「こんなに短い時間で!?」

「言うほどだろ。冷めない内に食べな」

「あ、うん……いただきます」


ちゅるり、泉希は赤いソースのパスタを啜った。その瞬間、彼女の目がこれでもかと見開かれる。


「美味しいっ……!」

「そいつは良かった。アイちゃんに手伝って貰ったおかげだな」

『恐れ入ります』

「本当に美味しい! ありがとう!」


まるで大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべ、泉希は嬉しそうにフォークを持つ手を動かした。

 自分の作った料理を誰かが食べてくれる。少しだけ恥ずかしいけれれど、それ以上に嬉しくて心が擽ったくなる。

 それが大切な相手なら尚のこと。泉希は何度も「美味しい」を連呼して、満足そうにパスタを平らげた。


 ただそんな彼女を見ていたアイちゃんが、いつもと変わらない横顔が……俺には、ひどく寂し気に見えてならなかった。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


調剤薬局は地域医療への貢献として骨密度の測定や栄養指導などを行う所もあるわ。特に大手チェーン店なんかは大規模に催しているの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る