第24話 ジェンダーレスな時代だけど、やっぱり女の子の手料理って嬉しいよね!

 ――今、俺の目の前に二人の美女が居る。


 向かって右側の泉希みずきは、スレンダーな身体に清純な白衣を纏って。

 向かって左側のアイちゃんは、その豊満な胸をメイド服に包み込んで。

 二人は迫るように身を乗り出し、キラキラと輝く瞳で俺を見つめている。


 「それで、私と彼女のどっちを選ぶの?」

『どうぞ、御主人様の御意向のままに』


白衣を羽織る泉希はツンと冷えた態度で問いかけ、メイド服のアイちゃんは透き通るような声で囁く。

 冷たい汗を額に浮かべて、俺はゴクリと固い唾を飲み込んだ。

 正直、二人とも捨てがたい。出来る事ならどちらもこの手を伸ばしたい。だけど俺は選ばなくてはならない。答えも既に決まっている。

 

 俺ははらを決め、俺はの方へ右手を伸ばした。



 ◇◇◇



 薬局みせの事務所で倒れた俺は、泉希とアイちゃんに抱えられて自宅へ戻った。そしてすぐさま二人には「自分の家に帰れ」と指示を出した。


「いや!」

『お断りいたします』


しかし案の定。二人は聞く耳を持つこともなく突っ撥ねた。どうやらこのままウチに居座るつもりのようだ。送り届けてもらってすぐ帰すのもアレだけど。


 「羽鐘はがねさんはもう帰ったら? 貴女は居るだけで派遣料金が掛かるんだから」

水城みずしろ先生こそ御帰宅なさるべきかと思われます。人間はAIVISアイヴィスと違い、多くの休息時間を要するのですから』


まるで火花を散らすかのように、二人は険しい顔で睨み合っている。薬局では決してアイちゃんに強く言わない泉希も今は堂々としている。普段ならまず見ない光景だ。これも【惚れ薬】の効果なのだろうか。


 「貴方は私に居て欲しいわよね?」

『御主人様は私と共に在るべきです』

「いえ、二人とも帰って下さい」


身を乗り出して尋ねる二人に対し、俺はかたくなに意思を曲げない。その理由は彼女らが今言ったことそのままだ。


 「仕方がないわね。こうなったらどっちが悠陽ゆうひの世話役……女房役に相応しいか決めましょう」

『望むところです』

「いや人の話聞けてお前ら。世話役どうこう以前に社会人として相応しい行動をとりなさいよ」


割って入った俺を二人がチラリと見遣った。だが羽虫の如く無視をすると、泉希達はまたお互いをめつけ合う。


 『勝負法は如何様いかように?』

「はい! 先に帰った方が勝ちというルールはどうでしょうか!」

「そうね、彼の世話役……女房役なんだから家事の腕前で決めるのはどうかしら」

『異存ありません』

「僕は異存あります!」


勢いよく手を挙げ提案するも、二人は一瞥もくれず勝手に話を進めていく。俺がこの家の主だと思っていたのは気のせいだったか。


 『それでは料理と清掃、そして奉仕の3本勝負で如何いかがでしょう』

「いいわよ」

「いくないわよ! 勝負なんてしてたら時間かかるじゃない! 俺腹減ってるし外で食べて来てもいいかな!」

『それには及びません。5分で御用意いたします』

「お湯沸かして終わる時間だけど!」


そんな俺の全力ツッコミは華麗に無視して、二人は早速と料理勝負を開始した。だがキッチンを物色する泉希に対して、アイちゃんは何故か唐突と服を脱ぎ始める。


「え、ちょ、アイちゃん?!」

「何をしてるの羽鐘さん?!」


驚く俺と泉希を無視して、アイちゃんはスーツを床に脱ぎ落とす。純白のブラウスのボタンに手をかけ、大きな胸が露わになろうかという瞬間。泉希が俺のまぶたを手で覆い隠し視界を遮った。

 暗闇の奥で衣擦れの音だけが耳朶じだに触れる。俺の脳内に以前に目撃したアイちゃんの全裸が思い起こされたのは不可抗力だろう。

 数分後。ようやく泉希の目隠しが取れたかと思えば、何故かアイちゃんはメイド服に着替えていた。


「ア、アイちゃん。その格好は?」

『はい。給仕ということですので、今回は家政婦型メイドロイドの衣装を着用致しました。御主人様の趣向に反するのであれば元の装いに戻しますが』

「いえ! とても良いと思います!」

 

拳を握り高らかに明言すれば、泉希は恨めしそうにアイちゃんを睨みつけた。


 「ちょっと悠陽! 私にもメイド服を貸して!」

「なぜ俺が持っていると思う!」

「貴方なら持っててもおかしくないと思って」

「どういう意味!?」

「冗談よ。でも家事をするんだし、汚れても良い服があれば貸して頂戴」

「汚れても良い服か……あっ」


俺はクローゼットを開いて、奥の衣装ケースから白衣を取り出した。汚れが目立ってきたから新しいのに買い替えた時、捨てずに仕舞っておいた物だ。


「前に着てたヤツだけど、これで良ければ」

「ありがとう」


手渡された白衣をまじまじと見つめて、泉希は俺の白衣に袖を通した。と同時に指先だけが覗く袖を鼻先に寄せて、泉希は一頻ひとしきり匂いを嗅いだ。前も俺のカッターシャツの匂いを嗅いでいたけど、前世は犬なのかな。

 なんてことを考えている間に、白衣泉希とメイドのアイちゃんは冷蔵庫の中を物色し始めた。


 「ふぅん、男の一人暮らしにしては割と材料が揃ってるじゃない」

『ええ。この材料ならば栄養バランスを取れた食事が御提供できます』

「判定は味と見た目、それに速さだから」

『承知いたしました』


勝負の判定方法より先に冷蔵庫を開けて良いか家主の俺に聞いて欲しい……が、俺は声に出さなかった。女の子に手料理を作ってもらうなんて、これまでの人生で一度も無かったからな。さっきは「帰れ」なんて言ったけど、実のところ楽しみでもある。


 「出来た!」

『完了致しました』


などと考えている間に二人は料理を終えた。フィニッシュの掛け声はほとんど同時。まさか本当に5分で調理を終えるとは、一体どんな料理を作ってくれたのか。


 「さあ食べて頂戴!」

『どうぞお召し上がりください』


期待に胸を膨らませる俺の前へ、二人はほぼ同時に皿を突き出した。だがその瞬間、俺の身体に戦慄せんりつが走る。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------

「薬局は薬を出すだけ」という認識もあって、不遇も多いわ。例えば『薬局は1階に店を構えないといけない』なんて規制もあるの(大雑把に言うと)。

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