第23話 普段ツッコミ役の人が急にボケだすと心配と不安がランデブーするよね
「――出来た!」
『完了致しました』
あっという間に仕事を片付け、二人は散歩に行く前の愛犬みたく目を輝かせている。褒めてと言わんばかりに「フンス」と鼻息を荒げて、頭に犬耳を生やして尻尾を振り回しているように見えた。
おまけに店のシャッターを降ろすや否や、まるで容疑者を連行するみたく俺の両腕を抱きしめ2階の事務所へ向かった。
ウチの事務所は更衣室と休憩室、それに事務室と倉庫も兼ねている1DK。従業員らは休憩や着替えの為に手前の広い部屋を利用し、奥の個室は契約書や金などを管理しているため
着替えると言っても、病院と違い調剤薬局は白衣を羽織るだけなので更衣室を別に設けているような店は少ない。多くは更衣室と休憩室が兼用になっていて、そのうえ店内で管理できない消耗品在庫や過去の処方箋を大量に保管している。病院や診療所なら更衣室と休憩室を分けるくらい広い部屋を借りれるのだろうが、これが調剤薬局の現実なのだ。
奥の部屋でメールチェックや雑務を終えて、白衣を脱ぎ休憩室に出る。すると扉の前では着替えを終える二人が出待ちしていた。
「それで、二人のお願いはなんだ? 先に言っておくけど、金銭的な事と金の掛かる事と出費が
溜め息混じりに俺が言うと、二人の動きが一瞬だけ止まった。まさかさっき俺がボケたせいか。今の二人は完全ボケに回っているからな。彼女らより先に俺がボケたことで、ツッコミの本能によって元に戻――
「あははっ! すっごく面白い! 貴方って本当に愉快な人ね!」
『店長の語彙力には感服致します』
――ることは無かった。泉希はケラケラと笑って、アイちゃんは無表情ながらも熱い眼差しを向けてくる。ツッコミは不在の状況。俺のボケは投げっぱなしジャーマン。そこはかとない寂しさと虚しさを覚えつつ俺はもう一度二人を見た。
「で、泉希は何が御希望だ」
「あ、うん。その……お願いって言う程じゃないんだけど」
「いいよ。言ってみな」
「うん……とりあえず、貴方と二人きりになりたいかな……ダメ?」
――ズキューンッ!
頬を赤らめ照れ臭そうに、おずおずと手遊びして伺い立てる泉希。その瞬間俺の脳内には音にならない音が響いて、同時に射手矢の如く鋭い衝撃が俺の胸を貫いた。
普段の冷たい態度と打って変わって、控えめな初々しい感じ……これが世に言う『ギャップ萌え』というものなのか! とんでもない破壊力だ。今の一撃で俺のHPは半分以上も削られてしまった。
「ア、アイちゃんは何が欲しいの?」
『私は店長と……いえ、御主人様と一緒に居られるならば、それだけで幸せです』
震える身体で動悸する胸を押さえ、今度はアイちゃんの方へと視線を向ければ、透き通るような声で辿々しい微笑を浮かべた。
――バキューンッ!
俺の胸に、再び撃ち抜かれるような衝撃が走る。
普段無表情なアイちゃんが浮かべる微笑みはまさに天然記念物級の希少価値。どことなく儚げで薄幸な雰囲気が、俺の
「――ぐはぁっ!」
HPゲージは一気に0を振り切り、俺は膝から崩れ落ちて仰向けのまま倒れた。
「ちょっと
『どうなされましたか、御主人様!』
「この世に生まれて27年……そんな
まさに強烈なワンツーパンチ。そんなものを真正面から食らっては、俺の貧弱な恋愛HPなどごっそり持っていかれてしまう。息は切れ切れ痙攣のように身体を震わせ、青ざめながら二人を見やる。
「お前たち、あとは任せたぞ……」
「いや……いやよ! 死なないで貴方! 結婚前に未亡人になるなんて、私そんなの耐えられない!」
『そうです! まだ御主人様と私の間に出来た設定の幼児型
「いやもう、ボケが飽和状態やねん」
ガクッ……と全身の力が抜け落ちるように、俺はいよいよ力尽きた。
「貴方あああああ!」
『御主人様あああああ!』
まるで昔の恋愛映画みたく、倒れる俺の隣で二人は涙を流して高々に叫ぶ。ボケのクオリティが高すぎだろう。
もしかしなくとも、これも全て【惚れ薬】の効果なのだろうが、今の二人は『
まさか片桐たゆねに貰ったあの小瓶は【
……誰か俺にもツッコんでくれねーかな。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
今更だけどウチの薬局は日曜日と祝日がお休みよ。お盆と年末年始に長期休暇もあるけれど、その日程は病院さんの意向に従っている場合が多いわね。
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