第22話 据え膳食わぬは男の恥とか言うけどそんな恥晒しの方がモテてる気がするので今日から恥部を晒して生きて……あ、お巡りさん御苦労様です

 「――仕方ないわね。そんなに言うのなら、お望み通り今日は貴方の家に泊まってあげるわよ。本当に仕方のない人ね!」


頬を赤らめニコニコと、俺の左腕を力一杯に抱きしめる泉希みずきは、片桐たゆねの作った【惚れ薬】の効果で一人暴走していた。

 この【惚れ薬】は元から俺に対して好感を持っている女性にしか効果が表れないらしいから、ひとまず泉希には嫌われていないようで安心した。


「いや、だからって泊まってほしくねーんだけど。お前さん病み上がりなんだから、ちゃんと自分の家で寝てください」

「私の事を心配してくれるなんて……嬉しい。安心して、週明けには貴方の家に住民票を移すつもりだから。もう少しだけ待ってて」

「いや何が分かったの!? 俺らの会話さっきから全然噛み合ってないよね? 言葉の歯車が隣りに並んでるだけで一生空回りしてるやん!」

「えっ、ちょっと、そんな急に……『一生俺の隣に居てくれ』だなんて……」

「異世界の翻訳機でもつけてんのか!?」


御覧の通り、今の泉希は俺の言葉を曲解して暴走を加速させている。もしかすると、時間の経過と共に【惚れ薬】の効果が強まっているのか。


 『ただいま戻りました』


と、そこへちり取りを片手にアイちゃんが店の中へと戻って来た。俺が表の掃除をしている間、彼女には裏手にある駐車場の掃除を頼んでいたのだ。

 

「そうだアイちゃん! 頼む、この状況をなんとかしてくれ。このままじゃ店もレジも閉められない!」

『「なんとか」とは、どのように?』

「えーっと、とりあえず泉希を俺から離してくれ! 腕を掴まれたままじゃあ、何も出来ないから!」

『承知いたしました。失礼致します水城みずしろ先生』

「あ、ちょっと羽鐘はがねさん!」


頷いて応えると、アイちゃんは俺と泉希の間に両手を挿し入れ力づくで引き離した。少し強引だけど、これでやっと閉店作業が出来る。


「ありがとうアイちゃん。そのまま泉希を押さえておいて……って、アイちゃん?」


俺と泉希の間に手を入れ引き離してくれたアイちゃん。だが何を思ったのか、彼女はそのまま体を捻じ込み泉希に取って代わるよう俺の腕を抱きしめた。張りのある豊かな胸の感触が、俺の左肘と上腕にこれでもかと伝わってくる。

 夢にまで見たアイちゃんのおっぱい……だが今の俺にそれを堪能する余裕など微塵も無い。言いようの無い不安に、冷たい汗が背中に浮かび上がるばかりだ。


「ア、アイちゃん。なにをしているのかな?」

『現時刻を以て朝日向店長を私の指揮命令者から、私のパートナーと認識・設定致します。これで水城先生は我々の間に入ってこれません』


言いながらアイちゃんはグッと親指を立てるサムズアップサインを俺に向けた。まさかアイちゃんにまで【惚れ薬】の効果が表れたのか。AIVISアイヴィスだというのに。

 だけど、この奇行はそうとしか考えられない。泉希と同様に眼がキラキラと輝いているし、頬は桜色に染まっている。というか瞳の輝きが♡マークのように見える。


 「……」


ピタリと俺に密着するアイちゃんを、泉希が無言のまま恨めしそうにめつける。

 けれどアイちゃんには強く言えないのか、泉希は反対側に回ると今度は俺の右腕にしがみついた。これぞまさしく両手に花……って、さっきよりも状況が悪化しとる!


「ちょっ、二人ともマジで離れて。これじゃいつまで経っても仕事が終わらん」

「いやよ! 貴方と離れるくらいなら、この状態で一晩明かしてみせるわ!」

『私もです。時空ごと店長と共有する所存です』


訳の分からない事を言いながら、二人はより一層と力を強めた。まだ表のシャッターを閉めていないから、患者様が間違えて入って来られるかもしれない。今の二人に業務が出来るとは思えないし、この状況を見られて変な噂が立っても困る!


「お願いだから、二人とも離れて下さい!」

「いやよ」

『お断りします』


焦り懇願する俺に反して、二人は頑として譲らず俺の言葉を突き跳ねた。さっきまでは割とデレていたのに、どうして今は聞く耳持ってくれないんだ!


「もー! ワガママ言うんじゃありません! そんな聞き分けの無いのんはウチの子やあらへんで!」

「え……ご、ごめんなさい」

『申し訳ございません』


痺れを切らして少しばかり声を荒らげると、二人は叱られた小型犬のようにショボンと顔を伏せて、そっと俺から身体を離した。さっきまでの笑顔も相待って、とんでもない罪悪感が俺の胸を強く締めつける。


「……分かったよ。閉店作業が出来たら一人一個ずつ御願い聞いてやるから」

「本当に?!」

『誠ですか』

「ああ、だから早いとこ片付け――」


俺が言い終わるよりも先に二人は締め作業へと取り掛かり、まるで何かに取り憑かれたみたく一心不乱に業務を終えていく。


 どうしよう。しょげてる子犬に御褒美をあげる感覚で言ったけど、何をお願いされてしまうのか。もしこれで「やっぱ御願いは無しね」など言おうものなら……俺は一体どうなってしまうのだろう。


「……言わなきゃ良かったかな」


後悔先に立たずとはよく言ったもの。いずれ訪れる未来にビクビクと怯えながら、俺は震える手でレジの締め作業を進めた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


他の薬局さんはどうか分からないけれど、ウチの店では昼と夜の2回レジを締めるわ! 木曜と土曜は午前診のみだから夕方の一回だけね。

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