第21話 愛されるよりも愛したいマジでとか愛されたいに決まってるだろうが! 非モテを無礼るな!
「――で、この薬はどう使えば良いんですか?」
「簡単だよ、それを一瓶飲むだけさ。そうすれば君は半日ほど異性からモテモテになる……はずだ」
「その最後の一言が無ければ良いのに。コレどういう作用機序なんですか」
「知りたいかい? 良いよ教えてあげる。そもそも惚れるという現象は種を繁殖させるために――」
「あ、やっぱ大丈夫です」
長くなりそうな予感がして、俺はすぐに制止をかけた。片桐たゆねはムスッとした顔で唇を尖らせる。
「でもこれを飲むだけで効果が表れるなら、たゆねさんも俺のこと好きなったりするんですか?」
「いや、私には効果が無いよ」
「どうして?」
「この薬はあくまで相手の好意を増幅させるもの。つまり元から君に好意を持っている人間にしか効果が表れないんだよ。だから、私には効かない」
然も当たり前のように言っているが、つまるところ彼女は毛程も俺を異性として見ていないことに……なんだか複雑な気分だ。
「まあいいや。ところで、この薬は本当に副作用とかは無いですよね」
「もちろんだよ。ちゃーんと治験者のことを考えて
「そうじゃなくて、相手にです」
さも得意満々に飄々と語る片桐たゆねに対し、俺は真剣に声を重ねる。
「これは俺が勝手に乗った賭けです。この薬は魅力的だし興味もあるけど、もし効果の表れた相手に後遺症が残ったり副作用のリスクがあるなら、俺は死んでもこの薬を飲みません」
断ち切るみたく言い放てば、片桐たゆねはその柔和な笑みを崩さないまでも、真っ直ぐに俺を見つめ返した。
「安心してくれ。そんなことはまず無いよ。お祖父様の名前に賭けて、そこは間違いなく保証する」
先程とは打って変わって凛とした声と振る舞い。俺は「ふぅ」と大きく息を吐いた。もし相手に副作用が出るような代物なら、この場で叩き割っているところだ。
「優しいんだね、君は」
「なにがですか?」
「自分の身より相手を優先した」
「別に普通でしょ」
「フフッ、さっきまで女の子の裸が見える眼鏡とか言ってた人物とは思えないね」
「それはそれ、これはこれ」
空中に箱を置き変えるようなジェスチャーを交えて答えれば、彼女は一層と楽しげに微笑む。
「ま、とりあえず一度それを使ってみてよ。何かあれば遠慮なく連絡してくれ」
軽快に手を振り踵を返して、片桐たゆねは颯爽と俺の前から去って行った。モデルを思わせる後ろ姿を見送り、俺は【惚れ薬】を手に薬局の中へと戻る。
しかし【惚れ薬】だなんて。そんな漫画みたいな薬が本当に実在するのだろうか。半信半疑に心の中で呟きつつ、やはり胸の高鳴りは抑えられない。
「つってもまあ、賭けの約束を守るには、どのみちこの薬を飲むより他に無いしな」
誰が聞いてるでもないのに自分へ言い訳をこぼし、栄養ドリンクを思わせる瓶の蓋を開けて、グイッと一気に飲み干した。
ほのかに甘さと苦み、それに酸味があるけれど、別段不味くも美味くもない。
両腕や身体を見てみるが、特に何の変化も見受けられないし違和感も無い。
「ねえ
するとその時。電子
ドキリと高鳴る心音を感じながら、俺はゴクリと喉を鳴らして彼女の正面に立つ。
「な、なあ泉希」
「なに」
「俺に何か代わったトコ無い?」
「変わったところ? 別に無いけど」
自分の顔を指差しながら尋ねる。けれど泉希は惚れるどころか、鬱陶しそうに眉根を寄せた。
ということはつまり、泉希は俺に全く好意を持っていないということか……いや、好きでもない相手と貴重な休日にわざわざ水族館へ行くとは考えにくい。でも泉希は俺のことをいつも怒るし、時々ゴミを見るような視線を向けてくるからな。
そもそも【惚れ薬】なんて代物は、やはり妄想の中の存在だったのかもしれない。たゆねさんの発明が失敗に終わった可能性もある。そんな考えを頭の中に巡らせ押し黙る俺を、泉希は小首傾げて眉を
「おかしな人ね。そんなことより今日のレジ締めは終わったの?」
「あっ、忘れてた」
「はぁっ、まったくもう」
呆れたように溜め息をつく泉希に、俺は作り笑いで誤魔化しレジを開けた。
土曜日はメインの処方元である整形外科も御前診だけなので、それに合わせて
(それにしても泉希のあの感じからすると、やっぱり惚れてる感じでは無いな)
少しだけ残念に肩を落とす俺は、黙ってレジの中の金を数え始めた。が、その直後。俺の左肩にピトリと何か触れた。肩というより、肘から左上腕にかけて柔らかい物が押し付けられている。
一体なにごとかと思って振り向けば、まるで通勤時の車内みたく泉希が俺に密着しているではないか。
「あのぅ、泉希さん?」
「なぁに?」
「なんか近くない」
「そう?」
振り向いた俺に呼応するよう泉希も俺を見つめる。こんなにも至近距離で女性と見つめ合ったことが、俺の人生で今まであっただろうか。
驚きのあまり俺は少しだけ彼女から体を離した……が、まるで磁石のように泉希はまた身体を密着っせるる。
「いや近いって。パーソナルスペースの概念を何処に捨てて来たんだ。こんなもん御主人のことが好きすぎる愛犬の距離感じゃねーか」
「御主人様と愛犬って……それはつまり、私と同じ家に暮らして食事も睡眠もお出掛けも一緒にってことよね!? てことは……まさかプロポーズ!? 仕方ないわね。そんなに言うのならお望み通り今日は貴方のアパートに泊まってあげるわよ。本当に仕方のない人ね!」
隠しきれない笑顔を浮かべ、泉希は俺の左腕を取るやお気に入りのクッションみたく全身で抱きしめた。それもほんのりと頬を赤らめながら。もしかしなくても、これはあの【惚れ薬】の効果なのだろう。どうやら片桐たゆねの発明は本物だったらしい。
(とりあえず、泉希に嫌われてなくて良かった)
楽しそうに笑う泉希の隣で、俺はほっと安堵に胸を撫で下ろして……って、この状況どないすんねん!
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
薬局は処方元の医院の開局日によって、営業日時を設定していることも多いの。例えばウチは木曜日と土曜日の午後(夕方)は営業してないわ。
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