第20話 テレレッテレー! 惚ぉ~れぇ~薬ぃ~
「――君に、これを試して欲しいんだ」
差し向けられた謎の小瓶。そいつと
「ちょ、ちょっと待って下さい。情報の整理が追いつかない。『気に入った』って、いったい俺の何を気に入ったんですか?」
「嘘を吐かない所さ。飲み屋で初めて会った時から君は真面目な人間だと思っていたけど、やっぱり私の直感は正しかった」
腕組みしながら片桐たゆねは一人納得したように「うん、うん」と大きく頷く。答えになっていない答えに首を傾げてみせると、彼女は眉尻下げて微笑んだ。
「ああ、ごめんゴメン。実は君に、私の研究を手伝ってほしいんだ」
「研究?」
思いもよらない台詞に
「実を言うと私の祖父は科学者でね。
ニコニコと人好きする笑顔を崩さず、片桐たゆねは流れるように説明した。
若いのに研究が趣味だなんて、まるで映画に登場する
彼女の言う通り、適当な報告や虚偽の報告をされては正しい実験データが得られないからな。科学者ならデータの正確性には何よりも重きを置いてそうだしな……いや知らんけど。
「だけど観察と評価って、俺一応この店の責任者だから、流石にそんな時間は作れないですよ」
「評価と言っても私が持ってくるサンプルを使ってくれるだけで構わない。もちろん後日に感想や結果を報告してもらうけどね」
「んー、でもなぁ……」
「あ、もちろんバイト代は出すよ」
「やります!」
超高速の掌返しを披露すれば、片桐たゆねは予想通りといった風に笑って頷き、すぐさま固い握手を交わした。
「ところで、どうして封筒の中身があの水族館のチケットだったんですか」
「それはあの日、立ち飲み屋で君から直接その話を聞いたからだよ。従業員の女の子が行きたいらしいけど、誘って良いものか悩んでた」
「じゃあ俺はその時まで泉希の話を覚えてたのか。全然記憶に無いや」
「それは当然だよ。私がこの薬を使ったからね。これは服用した時点から前後2〜3時間の記憶を消しちゃう薬なんだよ」
言いながら片桐たゆねは、先程とは違う小瓶を取り出した。何気なく語るも、そんなピンポイントに記憶を消すだなんて……まるで漫画やSFアニメのようだ。先週までの俺なら絶対に信じていなかっただろう。
だけど、現に俺は飲み会前後の記憶がすっぽりと抜けている。おまけに渡した覚えのない名刺を彼女は持っていたし、これはもう認めざるを得ない。
「だけど、いつそんな薬を俺に?」
「君と飲んでいる時に一服盛った」
「いやそれ犯罪でしょ」
「あー、なんだか今日は口が軽いなー。このあいだ君の家にお持ち帰りされて朝まで一緒に居たこと、そこら辺に居る人に話したくなってきたなー。あ、こんな所に偶然と薬局があるじゃあないかー」
「だああああ! ちょ、待って!」
大根役者も真っ青な棒読みに、俺はツッコミの一つすら入れる余裕もなく片桐たゆねの肩を掴んだ。彼女は楽しんでいるのか、ニヤリと不敵にほくそ笑む。
「とりあえず、これで私の研究が本物だと立証されたよね。安心してよ、身体には害のないよう細心の注意を払っているから。たぶん」
「いや『たぶん』の一言で全て台無し! リバーシも驚くどんでん返し!」
「ははは! 何を言ってるか意味不明だね!」
ナイフのように鋭い俺のツッコミもまさしく柳に風。片桐たゆねはケラケラと笑ってスルーした。今の言い回し、そんな分かりにくかったかな。
「何はともあれ、我々は互いにWin-Winの関係ということだ。私は実験の検証が出来るし、君は普通なら一生味わえない至高の体験が出来る」
「至高の体験ね……まあいいや。ところで、その薬はどんな代物なんですか?」
「ああ、【惚れ薬】だよ」
「……にゃんだって?」
よほど疲れているのか、俺の耳に幻聴が聞こえた。今週は色々あったからな。無理も無いことか。
「すみません、もう一度お願いします」
「だから【惚れ薬】だって。この薬を服用すれば、君はおよそ12時間だけ異性からモテモテになる……はずだ」
やはり不穏な言葉を最後に加えながら、片桐たゆねはあっけらかんと言い放ち小瓶を軽く振ってみせた。反して俺は唖然と間抜けに口を開く。
全世界の非モテが望んで止まず一度は妄想したであろう【惚れ薬】……それが今、俺の目の前にあるだなんて。
迸る緊張に喉が乾いて、俺は意図せずゴックンと生唾が呑み込む。震える手を差し出せば、片桐たゆねはそっと包むよう俺に握らせた。傍から見ると聖人が貧しい民に施しを与えているかのような構図だろうな。
「時に、
「普通に『たゆねさん』でいいけど。なに?」
「女の子の服だけ透けて見える眼鏡は作れますか」
「はっはっは! 君も男の子だね!」
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
医薬品は多くの実験と治験が繰り返されてから世に流通されるわ。申請から何年と掛かってようやくと販売される新薬も少なくないの。
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