第19話 だから気に入った!
「――本当に、申し訳ありませんでした」
だが俺の心配とは裏腹に、御年65歳になる
だが診療所を後にしようとする間際、古株の事務員らしいオバサンに呼び止められ「責任感が無い」「若い男はこれだから」「本当に何を考えて仕事をしているんだ」と散々毒を吐かれた。言い返すことも出来ず平謝りに頭を下げて、俺は半べそをかきながら薬局へ戻った。
「ごめんなさい
しょぼくれる俺の姿に全てを察したか、泉希が心配そうに案じてくれた。彼女を心配させまいと、俺はすぐに笑顔を作り軽快に彼女の肩を叩く。
「なーに、
「そう……良かった」
「あと前にも言ったけど、今の俺にはお前が居ないとダメだからな。そのお前を守るためなら、こんな空っぽの頭くらい幾らでも下げてやるわ」
カラカラと明るく笑ってみせれば、それに応えるよう泉希も柔和な笑みを浮かべた。
「ただ帰り際、事務のババアにすげー怒られた」
「あちらは先生が温厚な分、事務員さんが厳格でしっかりされてるのよね」
「厳格っつーか頭が固いっつーか……あー、なんか思い出したら涙出てきた。という訳でアイちゃん、この涙を拭うのに君の大きなお胸を貸してーん!」
両手を一杯に広げて、俺はアイちゃんに抱きつこうとした。だが汚物でも見るかのような泉希の視線に、俺はピタリと凍り付く。
『申し訳ありません
相変わらず可愛らしいボケを繰り出すアイちゃんに泉希は「ぷっ」と吹き出し、つられて俺も笑った。けれどアイちゃんは不思議そうな顔で小さな首を傾げた。
泉希の体調はすっかり良くなった。日曜日にアイちゃんが来て間もなく、泉希は気を失ったように眠っていたのが功を奏したか。
ただ自分の家で穏やかな寝息を立てるカッターシャツ姿の泉希に、俺は何度自制心を失いかけたことか。アイちゃんが居てくれたお陰で、俺は辛うじて自分を保つことが出来た。もちろんそれだけじゃない。先生への詫びの品を買いに出ることも仮眠をとることも。
ただ目が覚めた泉希の介助に、アイちゃんが二人でシャワーを浴びていた時は風呂を覗きたい衝動に駆られすぎて思わず家を飛び出した。
そうしてなんやかんやありながら、アイちゃんの甲斐甲斐しい看病のおかげで、翌日の昼には泉希は復調し自宅へと戻った。
「今度、必ず埋め合わせするから」
そう言って玄関を出ていく泉希に、俺は「楽しみにしてるから」と笑顔で手を振り返した。その後すぐにアイちゃんも帰社したが、請求金額に俺は暫し一人で打ちひしがれていたけれど。
◇◇◇
「やっほー、店長さん。おひさー」
泉希の復調から数日後が経った土曜日。午前診療が終わり店回りの掃き掃除をしていると、背中越しに軽妙な挨拶が聞こえた。振り返るとそこには、美人女子大生の片桐たゆねが笑顔で手を振っている。
「たゆねさん! この間処方された薬はまだ残ってるはずじゃ?」
「うん、今日は私用だよ。最近この近くに知り合いが越してきたんだ。ところで先日の賭けの結果はどうなったかな?」
「ああ、俺の負けですよ。もう秒殺でした」
肩を
「随分と殊勝だね」
「なにがですか?」
「あんなもの、いくらでも誤魔化しが効くだろう。なんなら、あのチケットを使わずに自分で同じ物を買ってもいい」
「確かにそうかもですけど、それは賭けの趣旨とは違うでしょ。それにウチの従業員がすごく喜んでくれて……あのチケットはもう、思い出のある特別な物に――」
「だから気に入った!」
まるで岸〇露伴のような台詞で、片桐たゆねは高々と声を張り上げた。
驚く俺に反し、彼女は堂々とした態度で此方を見つめている。心なしか、興奮しているように見える。彼女はポケットに手を入れると、中から栄養ドリンクを思わせる小瓶を取り出した。
「君に、これを試して欲しいんだ」
差し向けられた謎の小瓶。そいつと片桐たゆねから漂う奇妙な空気に、俺は冷たい汗を滲ませる。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
医療機関の人手不足や人件費は今も昔も大きな問題となっているの。特に調剤報酬は年々引き下げられていたから、店を閉める所も多かったらしいわ。
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