第16話 この世界の誰よりも、お前は魅力的だよ
「――はい……はい、本当に申し訳ありません。火曜日には必ず再開致しますので……はい、宜しくお願いします。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。では、ごめんください」
部屋の壁に向かって何度も頭を下げ、最敬礼に電話を切る。と同時に「ふぅっ!」と大きな息を吐いて俺は緊張を解いた。
「処方元の先生に連絡入れといたから、これで明日は
「うん……ありがと」
俺のベッドで横になる
調剤薬局というのは、たとえウチのような個人店であろうと好き勝手に休むことが出来ない。万が一にも閉局する際は、隣近所にある処方元の診療所に伺いを立てて、ドクターの許可を貰わなければならないのだ。
どころか災害時でも出勤しなきゃいけないから、医療職というのは本当にブラックだと思う。でも、職員にまでブラック労働を強いて良いわけではないと思うが。
「ごめんなさい、私のせいで」
「お前のせいじゃねーよ。職員の労働環境を整えてやれないのは、経営者の責任だ」
申し訳なさそうに気落ちする泉希に、俺は無理矢理に笑顔を作って応える。偉そうに言ってみるものの、原因は全て俺にあるのだ。
なにせ俺が管理者になったせいで他の従業員は皆辞めてしまい、泉希一人に背負わせているのだから。今回の体調不良も、きっと連日勤務をさせている無理が
「ゴメンな、泉希」
「どうして貴方が謝るのよ。それよりドクターには怒られなかった?」
「ああ。あの先生は優しいからな。二つ返事でOKしてくれたよ」
「そう……良かった」
「あの病院は
「本当は患者さん全員に来て欲しいくせに」
「んー、まあな」
そう言ってニヤリと口元に笑みを浮かべれば、泉希もクスクスと微笑んだ。かと思えば何かに気付いたみたく、掛け布団に鼻先を寄せて匂いを嗅いだ。
「もしかして俺のベッド
先日にアイちゃんが掃除してくれておかげで、部屋もベッドもそれなりに綺麗なはずだけど。
「ううん、全然。ただ貴方の匂いがすると思って」
俺の家の俺の布団なのだから俺の匂いがするのは当然だろう。というか、それは結局臭いということではないのか。偶然とはいえ高価い金を払って掃除してもらったというのに。
「まあいいや。俺、そこのスーパーで飲み物とゼリー買ってくる。薬もいるか?」
「大丈夫。アセトアミノフェンと
「さすが薬剤師」
ピストルを模したようなポーズで泉希を指差せば、彼女は柔らかな笑みでピストルサインを返した。さっきより症状はだいぶ落ち着いたようだけど、まだ顔は赤い。俺は氷入りの洗面器に、ハンドタオルを濡らして絞り泉希の額に乗せた。
「気持ちいい……ありがと」
「冷えピタのがいいか?」
「ううん、こっちの方がいい」
「そか」
「うん……ところで、汗をかいちゃったんだけど……よかったら着替えになるもの、貸してくれない?」
「分かった。ちょっと待ってろ」
当然のように言ったものの新品の服なんて無いし、クリーニングに出すなんてことないからな。なにか良い感じのものは――
「おっ、これがあったか」
乱雑なクローゼットの奥に手を伸ばし、やっとこ取り出したのは透明なカバーに包装されたカッターシャツ。薬局には毎日私服で通勤しているから、ほとんど着る機会が無くて仕舞われたままだった。透明包装を引き破き汚れや匂いが無いことを確かめ、真っ白なシャツを泉希に手渡した。
「じゃあ俺はコンビニ行ってくるから、その間に着替えとけよ」
「えっ、あ、うん」
「なんだ。他に何かほしいものでもあるのか?」
「ううん。そうじゃないけど……着替えるところ、見ていかないの?」
「……は?」
俺は自分の耳を疑った。いったい泉希は何を言っているのかと。冗談か、それとも高熱のせいか。どちらにせよ上手いリアクションも出来ず、俺は玄関前で石のように固まってしまった。
「スケベな貴方なら、きっとそう言うと思ったんだけど……やっぱり私には、
「……何言ってんだ。バカたれ」
俺のシャツを胸に抱きしめ、表情に影を落とす泉希。俺は胸の奥に沸き上がる言葉と感情を押し殺し、逃げるように部屋から飛び出した。
古錆びた玄関扉を閉めて、俺は深く息を吐いてドアに
「この世界の誰よりも、お前は魅力的だよ」
決して泉希には聞こえない声で呟けば、俺は自分の頬を叩いてゆっくりと歩き出す。そうして家から少し離れたスーパーの前で、携帯電話を取り出した。
「あ、もしもしアイちゃん? 明日なんだけど、薬局は休みになったから――」
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
前にも話したけど、薬局が突然営業を休むことは原則としてNGよ。もし休業が必要なら、悠陽がしていたみたいに処方元の病院から許可が必要なの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます