第13話 通院回数の多い方はかかりつけ薬局を見つけると良いですよ!
泉希とアイちゃんの三人で飲みに行き、泥酔状態で帰宅した俺は謎の美女を自宅にお持ち帰りしていた。
不幸にも……否、幸いにもオトナな関係には発展しなかったらしいが、飄々とした彼女の言動に振り回されてなんだか酷く疲れた。
心なしか、また頭が痛み出してきた。二日酔いのせいだろうか。俺は身体を投げるようにベッドへ転がった。
『お休みのところ申し訳ありません店長。御指示を頂いております業務を完了いたしました』
「ああ、ありがとうアイちゃん」
起きる気力も無く、俺は寝転んだままアイちゃんの報告に応えた。
『他に御用命はございますか?』
「いや、大丈夫だよ。ありがと」
『承知致しました。それでは現時刻を以て業務完了とし、私は帰社させて頂きます』
「え……うん?」
ペコリと頭を下げるアイちゃんの台詞に、俺は妙な違和感を覚えてゆっくりと体を起こした。嫌な汗が全身に浮かぶ。
『なお今回の請求金額に関してですが、
「おっ……お金取るの?!」
『はい。弊社ではレクリエーションも業務の一環と定義しております。また
泰然と請求金額の説明をするアイちゃんだったが、俺は頭の中を真っ白になって開いた口を塞ぐことも出来ないでいた。きっとぼったくりバーに引っ掛かった客ってのは、今の俺と同じ気持ちなんだろうな……。
◇◇◇
アイちゃんが家を出ていくのを見送った俺は、灰になったみたく途方に暮れた。
その心の傷を翌日の出勤まで引き摺りながら、俺は心此処に在らずといった感じで仕事にも身が入らなかった。
だけど、泉希とアイちゃんという美女二人と一緒に楽しい酒が飲めたのだ。それに片桐たゆねという美人女子大生とも添い寝できたのだから……まあ、いいか。
「こんなことなら、アイちゃんに背中のひとつでも流してもらえば良かったかな」
思わず心の声が漏れ出て俺はハッと我に返り振り返った。だが俺の視線の先には誰も居ない。てっきり泉希が白い目で睨んでいるものかと思ったが。
チラリと調剤室の中を覗き込めば、偶然にも泉希と目が合った。けれど彼女は肩を震わせ、頬を赤く視線を逸らした。俺は覚えていないが、家まで運ばれたくらいには酔っていたみたいだからな。真面目な泉希にとっては顔を合わせるのも恥ずかしい事なのだろう。とはいえ、せめて目くらい合わせてくれないと、このままでは仕事にも支障が出かねん。
――ウィイイィ……。
その時、表の自動ドアが静かに開かれた。
「やあやあ、元気そうだね。店長さん」
ドアの向こうから現れたのは、昨日の美人女子大生こと片桐たゆねなのだから。
彼女の姿を認めた瞬間。俺は時間が停止したかのようにピタリと動きを止めた。血の気が引く思いで俺は彼女の側に駆け寄った。
「な、何しに来たんですか!」
「これはこれは、また心外だね。私と君との仲じゃないか。店に遊びに来るくらい別に良いだろう?」
俺の顎につぅ……と指を這わせ、片桐たゆねは妖艶に囁いた。鼓膜を
「はははっ。なーんてね、今日は患者として来たのさ。ほら処方箋」
片桐たゆねはクスクスと大人びた笑みを浮かべ、A5サイズの処方箋を取り出した。受け取って見れば、それは隣県にある総合病院のものだった。
「割と遠いですね、この病院。薬ならこの病院近くの薬局へ行けば良かったのに」
「なにを言うんだい。日本国内の病院で発行された処方箋であれば、全国どこの薬局へ行くのも患者の自由なのだろう?」
「そ、それはまあ……」
俺は言葉を詰まらせた。彼女の言う通り日本国内の調剤薬局であれば、どこに処方箋を持っていこうと患者の自由なのだ。むしろ処方元の病院側が特定の薬局を指定することはNGとされている。おまけに、のっぴきならない事情が無い限り薬局は患者の処方箋を受ける義務があるのだ。
「つっても、この薬はな……」
「どうかしたの?」
なかなか処方箋を回さない俺を見兼ねたか、調剤室から泉希が出てきた。相変わらず目線を泳がせて落ち着かない様子だが。
「泉希。この薬ってウチに無かったよな」
「これは……そうね。在庫してないわ」
「あーやっぱり~。というわけでスミマセン。お薬は今お渡しできないんですよ~」
泉希に確認を取った俺は、俺はしめしめと片桐たゆねへ処方箋を返そうとした。だが彼女は笑みを浮かべたまま、処方箋を受け取ろうとしない。
「そうかい、それは困ったね。出来れば今日中に薬が欲しいのだけど」
「そうですか……では近くの薬局さんに、こちらの薬が在庫していないか確認してみます。もし在庫があれば、そちらの薬局へ行って頂くのが一番早いかと思います」
「ありがとう。それでお願いします」
「承知しました。御希望の薬局はありますか?」
「いや、近くであればどこでも」
「畏まりました。少々お待ちください」
小さく会釈した泉希は、処方箋を片手に調剤室の中へ戻った。
他の薬局に行ってもらったところでウチには何の利益にもならない。電話するだけタダ働きだから、本当は処方箋を返して患者様自身に他の薬局を見つけてもらうのが一番簡単なのだが。それを分かっていても尚、患者様のために動くのが泉希の良い所なんだけれど……。
「で、本当は何しに来たんですか」
「ふふ、察しが良いね」
泉希と話していた時の言葉遣いとは打って変わり、含み笑いを浮かべた。
「君と一つ、賭けをしたいんだ」
芝居じみた口調で言うと、片桐たゆねは白い封筒を一つ取り出して見せる。
どことなく醸される異様な雰囲気に、俺はゴクリと息を呑んだ。
-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------
訪れた薬局に処方箋記載のお薬が無い時は、薬局の人間が別の薬局に連絡をして薬を譲って貰うことも出来るの。これを『分譲』『購買』などと言うわ。
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