第12話 こんな喋り方の女子大生が現実に……まあ一人くらい居るやろ

 「――やあ、おはよう」


まるで長年の連れ合いみたく、優しい笑みを浮かべベッドから起きる美女。そんな彼女に反して、俺は苦笑を浮かべることしか出来なかった。

 しかしそんな俺の気持ちなど気にも留めず、美女は自分の体を見回した。


 「とりあえず、シャワーを借りてもいいかな」


人好きのする笑顔を浮かべる美女の言葉に、俺は「YES」以外の回答を持ち合わせなかった。



 ◇◇◇



 「――いやあ、実に美味しい珈琲だね」

『恐れ入ります』


シャワーから上がるなり、謎の美女はアイちゃんの淹れた珈琲を美味そうに啜った。ウチで一番上等なタオルを乾ききっていない髪に被せたまま。

 別にタオルを使われたことに怒っているわけではないけれど、まるで自分の家に居るような振る舞いには驚かされた。


「あ、あの~~」

「ん、なにかな?」

「じ、実はワタクシ……昨夜のことをこれっっぽちも覚えておりませんで、その……どちら様で?」


揉み手をしながら平身低頭に、媚びへつらった態度で伺い立てる。そんな俺の心を見透かすよう、美女はニヤリとほくそ笑んだ。


 「随分と悲しい事を言うんだね。昨夜はあれほど激しく交わし合ったというのに」


アダルティックな雰囲気とその言葉に、思わず意識が刈り取られそうになる。

 やはり俺たちは肉体関係を持ったのか。その現実を突きつけられた途端、『彼女のように美しい女性と身体を重ねた興奮』『それを全く記憶していない落胆』そして『相手の正体が知れない不安と絶望』が一挙に俺を襲った。

 吹き出す汗と迸る熱。混濁する思考。俺は三度と深呼吸して温くなった珈琲を一気に流し込んだ。


「つ、つかぬことお伺いしますが、御職業は?」

「しがない大学生だよ」

「大学生……い、いま何回?」

「3回。今年で21歳かな」


平静と答えながら、彼女もまた珈琲を啜った。淀みない口調と雰囲気。随分大人びた雰囲気を醸しているが、恐らく嘘ではないだろう。。


 「未成年でないと分かって安心した?」

「ええ、まあ……ていうか年下じゃねーか!」

「ふふ。そうだねぇ」


さも当然と言った風に答え、彼女はカップを置くとローテーブルに身を乗り出す。胸元からはチラリと黒いブラジャーが覗き見えて、思わず視線がいってしまった。


 「だが年齢なんて些細なことだろう。事実昨夜の私達はお互いの年齢など知らずとも……とても甘美な一時を過ごした。違うかい?」


艶のある声と視線で、彼女は上目遣いに顔を寄せてきた。息の掛かりそうな距離に、キスでもされるのかと焦って咄嗟に身を引いた。そんな俺の姿を面白がるよう、彼女はクスクスと上品な笑みを浮かべる。

 それにしても、この距離感。彼女の言う通り昨夜の俺達は身体を重ねたのだろう。酒が入って記憶が無いとはいえ事実は事実。こうなったからには俺も覚悟を決めなくては。

 

(すまん、泉希……!)


何故か頭の中に浮かんだ泉希の姿に、俺は思わず詫びを入れた。そしてそのイメージを体現するみたく、俺は女の前で正座する。


「責任、とります!」


そして言うが早いか、俺は三つ指ついて勢いよく床に頭を擦り付けた。俗にいう土下座スタイルだ。


「酔って記憶の無かった事とは言え、見ず知らずの女性を家に連れ込んで……俺、学も資格も何も無いけどこの不貞ふていの償いは必ず――」

「ぷっ……あっはっはっは!」


決死の覚悟で臨んだ告白。断じて冗談ではなかった。けれど美女は腹を抱えて爆笑している。正直何を笑われているのか分からないけれど、取り敢えず恥ずかしい事だけは理解できた。

 そうして一頻ひとしきり笑った彼女は、目尻に涙を浮かべ呼吸を乱した。


 「いやぁ~、君のような男性も居るんだね。安心したよ。大丈夫、昨夜ゆうべは何も無かったからさ」

「マジですか!?」

「マジですよ。我々は同衾どうきんしていただけでSEXはしていない。そうだろう、可愛いAIVISアイヴィスさん」


まだ口元に笑みを残しながら、女性はアイちゃんに問いかけた。


 『はい。お二人は先ほどまで熟睡されておられ、性交渉は行われておりません』


頷きながらアイちゃんも平静と答える。それはそれで少し残念な気もするが、間違いが無くて一安心といった所か……というか美人が二人して『SEX』だ『性交渉』だのと、そっちのが興奮する!


「でも何も無かったなら、なんであんな思わせ振りなこと言ったんですか」

「お楽しみだったことは変わりないだろう。事実君との会話はとても有意義だった。とりわけ彼女に関する話はとても興味をそそられたね」

「アイちゃんの?」

「そうだよ。実を言うと私はAIVIS関連の高校を卒業していてね。こう見えて資格も持ってる」

「へー、AIVISの学校なんてあるんですね」

「知らないのも無理はない。設立からまだ数年しか経ってない新設校だからね」


何の気なく答えると、彼女は珈琲のカップを一気に傾け俺の頭に使用済みのタオルを掛けた。


 「さて、私はそろそろ御暇おいとまするよ。御馳走さま」

「あ、ちょっと待って!」

「ん、なにかな?」

「いや、自己紹介がまだだと思って。俺は――」

「知っているよ、朝日向あさひな悠陽ゆうひさん」

「え……なんで名前を?」

「昨日飲み屋でコレを貰ったからね」


そう言って彼女は胸のポケットから俺の名刺を取り出し、目の前に突きつけた。だがやはりと言うべきか、渡した記憶が全く無い。


 「たゆね」


などと俺が腕組みして考えていると、玄関先で靴を履きながら彼女は呟いた。


「私の名前。『片桐かたぎりたゆね』と言うんだ。出来れば忘れないで欲しいな、店長さん?」


年齢よりずっと大人な空気を漂わせて、片桐たゆねは「じゃあね」と手を振り部屋を後にした。

 まるで嵐が去ったような静けさに包まれて、彼女とはまた何処どこかで出会う……確信に似た予感が俺の中にはあった。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


薬学部は医学部や獣医学部と同じ6年制の大学よ。6年間も通うのは正直厳しい面もあるけれど、医薬というのはそれだけ日進月歩なのよね。

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