第10話 お酒を飲んで潰れた子をお持ち帰りする前に一旦自分を顧みろ

 「――よぉーし、それじゃあアイちゃんの配属を祝ってぇ〜……カンパーイッ!」

『乾杯』

「……かんぱい」


俺の音頭に合わせ、三者三様にグラスを掲げて打ち合わせた。笑顔でグラスを掲げる俺に反して、アイちゃんは表情筋を微動だにせず泉希みずきは終始仏頂面。

 ちなみに俺はビールで泉希はレモンサワー、アイちゃんはおひやだ。

 

 御覧の通り、俺たちは今居酒屋に来ている。名目はアイちゃんの歓迎会だが、泉希とアイちゃんの仲直りが本当の目的だ。

 だというのに泉希はずっと不貞腐れた様子で、誘った時も随分とゴネられた。此処まで連れてくるのにも随分と苦労した。

 「じゃあお前は行かないんだな。俺とアイちゃんの二人で行くからな」と言うと、「私も行く」顔を赤く声を張り上げた。


 そうして俺達は、店から歩いて5分程の場所にあるこの居酒屋へやって来た。狭い店だが安く飲めるので、俺は仕事終わりに時々訪れている。


「ところで、アイちゃんは食事とか出来るの?」

『いえ、AIVISアイヴィスは食事を要しません。水を摂取するだけで基本的な機能を維持できます』

「へー、なんかナ〇ック星人みたいだね」


国民的少年漫画のキャラクターで例えてみせると、アイちゃんはまた不思議そうに首を傾げた。


 「というか羽鐘はがねさん、業務が終わったら会社に戻る決まりなんじゃないの?」

『はい。ですが弊社の者に事前報告を行えば、帰社せずとも問題はありません』

「でもそれは残業とかの場合でしょ。業務終わりの飲み会なんて」

『問題ありません。配属先でのコミュニケーションを円滑にするため、レクリエーション活動の参加は弊社でも推奨されています』

「うんうん! 酒は心の潤滑油!」

『ただし参加費用および会場までの交通費は全て御社の御負担となります。その点は御了承ください』

「それは大丈夫。この店安いし。それにアイちゃんや泉希みたいに可愛い子と飲めるなら、俺は明日から1週間もやし生活でも構わん!」


エッヘンと偉そうに胸を張れば、ひたすらに鎮座するアイちゃんに反して、仏頂面の泉希はグイと一気にサワーを流し込んだ。まるで喉に痞えた色々なものを、酒で洗い流すかのように。


「泉希、もしかして酒強い?」

「知らない。あんまり飲まないし」

「友達とは飲みに行ったりせんの?」

「友達……とは……まあ、それなり……」


何気なく俺が尋ねると泉希は視線を泳がせ口籠った。かと思えば彼女はすぐさま店員を呼んでお代わりをオーダーする。


 「……そういう貴方はどうなのよ」

「なにが」

「友達とか」

「ああ……俺は3浪した上に大学も辞めたからな。仲間とは疎遠になって、今は連絡も取ってねーよ」


チビリとビールグラスを傾け、俺は少しだけ口元の笑みを減らし顔を伏せた。


「……そう、だったのね」

「まあな……ま、そういう訳でこうして誰かと酒を飲むのも久しぶりだからさ、今はすげー楽しいよ。なによりこんな美人二人に囲まれてるんだからな!」

『お役に立てて何よりです、店長』


抑揚ない声で言いながら、アイちゃんは俺のグラスに瓶ビールを注いでくれた。


「しかもこんな美人にお酌してもらって……感動の涙で最早前も見えん!」


冗談ぽく泣き真似をしてみせると、隣に座っているアイちゃんが『大丈夫ですか』と優しく背中を撫で擦ってくれる。そんな俺を睨み付けながら、泉希は2杯目が来たと同時に一気飲みした。


 「おかわり! 今日は貴方の奢りだからね!」

「おう! 任せとけ!」


ニッと歯を見せて目一杯の笑顔を浮かべると、俺は景気よく親指を立てた。きっとストレスも溜まってんだろうな……。

 明日は休みだし、今日は目一杯日頃の鬱憤を発散してもらおう。俺も今日は飲みたい気分だし、便乗させて頂こうかね。



 ◇◇◇



 「――んっ……」


窓から差し込む陽の光が顔をなぞる。チュンチュンという雀の泣き声が耳を撫でる。夢と現実の狭間はざま朦朧もうろうとする俺の意識は、優しく揺り起こされた。

 寝惚け眼で時計を見やれば、時刻は既に10時を回っているではないか。


「ふぁ~あ……あ~、頭痛ぇ……」


寝ぐせ頭を掻いて盛大に欠伸あくびをかまし、使い慣れたシングルベッドから降りようとした、その瞬間。


「……ファッ!?」


俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。なにせ俺の隣で、見知らぬ美女がスヤスヤと寝息を立てているのだから。


 まだほのかに残る酔いと頭痛が、血の気とともに引いていくのを感じた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


処方元の病院様がお休みされることは稀にあるの。でも薬局が急にお休みするのは難しいわ。病院優位の風潮はまだまだ変わりそうに無いわね。

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