第8話 いくらでもおっぱい揉んで良いってこと?!

 「それにしてもAIVISアイヴィスね……」

「どうした、泉希みずき。何か思う所でもあるのか?」

「いいえ。ただ、これで彼女の派遣会社が服薬指導させないよう釘を刺していた理由が分かったから」

「そうなん?」


羽鐘さんことアイちゃんの名前が決定し浮足立つ俺に反して、泉希は神妙な面持ちで俺に頷き返した。


 「貴方も知ってると思うけど、服薬指導は必ず薬剤師が行うよう法令で定められているわ。だから薬剤師免許を持っていないAIVISが、患者様にお薬の説明やアドバイスをするのはNGなのよ」

『仰る通りです』

「えっ、じゃあ羽鐘さん――アイちゃんは薬剤師じゃないの?」

『はい。正確には薬剤師型ファーマロイド、あるいは医療型メディカロイドなどと呼称されています』


なんということだ。でもたしかに、アンドロイドが戸籍や資格を取得するのは難しいだろう。そういえば営業の女性が『住所や出身を尋ねるのはコンプライアンスに抵触します』と注意してたっけ。あれはそういう意図も含んでいたのか。


「でも薬の取り出しとか監査とか、それに調剤とかもやってたじゃん。そういうのは基本的に薬剤師しかやっちゃダメだろ」

「そうね。けどピッキングや計量混合、監査は機械化されているわ。実際にほとんどの薬局で監査器が導入されているし、ウチにも分包機や混合器があるじゃない」


言いながら泉希は店舗奥の調剤室を振り返る。確かにウチの店にも粉薬を個包化する装置や、薬の種類や個数をチェックできる端末を設置している。


 「言い方は悪いけど、AIVISをああいった機械と同一視すれば法規にも抵触しないわ。薬剤師法やくざいしほう薬機法やっきほうに『アンドロイドに関する規定』なんて事項は無いし」

「なるほど……って、そういうことか!」


ハッと閃いた俺は狭い店内に声を響かせ、勢いよく掌を叩いた。


 「どうしたのよ突然」

「いや、アイちゃんの契約書を見た時に『なんか機材のリース契約みたいだなー』って不思議に思って。あれって、そういうことだったのかと」

『はい。契約上、私はレンタル機材として一時利用いただく形となります。【派遣】と称していたのは飽くまで弊社サービスを具体的にイメージ頂くための便法です』


声を張った俺に反して、アイちゃんは相変わらず平静に言った。なんだか騙されたような気もする。だけど彼女の言う通り【アンドロイドを貸します】と説明を受けるより【派遣】と言われた方が呑み込みやすい。


 「でも派遣社員なら派遣法が適用されるわよね。リース契約みたいな事にはならないはずだけど」

『たしかに人間であれば派遣法も適用されますが、私はAIVISです。故に労働者ではなく動産体どうさんたいの扱いとなります』

「ふぅん」


なんだかよく分からないが、とりあえずアイちゃんは人間の労働者に適応される法律が当て嵌まらないということか。


「あれ? てことは、アイちゃん」

『なんでしょう』

「AIVISに労働法が適応されないなら、ハラスメント防止法とかはどうなの?」

『適応されません。我々は嫌悪感など覚えない上、もとより機材や装置という扱いですので』

「それってつまり……俺が君のおっぱいを揉んだりしても良いってこと?」

『はい。問題ありません』

「っしゃあああああ!!」


そんな泉希の視線など気にも留めず、俺は腹の奥底から歓喜の叫びを放った。溢れんばかりの喜びが、ガッツポーズとなって表れて。

 だが同時、俺の顔面に泉希の手が伸びてアイアンクローよろしくギリギリと指先に力が込められる。


「いっぺん死んどく?」

「すっ……んません、っした……!」


本気で命を刈り取られそう泉希の言動に、俺は背中を丸めて大人しく縮こまった。


 「ウチの店長が馬鹿でごめんなさいね。どうか気を悪くしないで頂戴。ところで、AIVISのことは私達に打ち明けても良かったの?」

『問題ありません。元より隠し立てる内容ではありませんので』

「そうなの?」

『はい。事実、契約の際に疑問が生じた場合は派遣されるのが我々AIVISであることを御説明しております。ただ現行におけるAIVISの知名度を鑑みるに不用意な説明は混乱を招くだと思われ、取引先から求められた場合にのみ説明を行うというのが弊社の見解と意向です』

「つまり、聞かれるまでは敢えて教えないと」

『はい』

「なんだか、だいぶグレーな感じね」

『仰る通りです。なにぶんAIVIS関連の法整備は不十分ですので』


言うとアイちゃんは一呼吸分の間を置いて、肩落とす俺に体ごと視線を向けた。


 『如何いかがなされますか、朝日向あさひな店長。説明申し上げたように私は人間でなくAIVISです。派遣契約を中断なされることも可能ですが』

「何言ってるんだよ。俺達はアイちゃんが『もう嫌だ』って言うまで契約を続けたいと思ってるよ。なあ、泉希」

「ええ。貴女さえ良ければ、このままずっとウチで働いてほしいわ」

『恐れ入ります。私に異論など御座いませんので、今後とも御社での業務を継続させて頂きます』

「ありがとう。改めてよろしく、羽鐘アイちゃん!」


ニッと歯を剥き立ち上がると、俺は彼女の前に右手を差し出した。


 『こちらは、どのような御意図が』

「握手だよ、握手」

『AIVISと握手、ですか』

「人間とかAIVISとか、そんなの関係ないよ」


不思議そうに見つめるアイちゃんの手を取り、俺はなかば強引に握手を交わした。

 はじめて触れたアイちゃんの肌。それはとても冷やかで、人間や生物とは明らかに違う感触だった。 

 でもそんなことは些細な問題だ。彼女がウチの従業員であることには変わりない。少なくとも俺はそう思っていた。

 

 けれど、その些細な問題があんな事態に発展するなんて……この時の俺は予想だにしていなかった。

 



-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


薬局や薬剤師は薬機法(薬事法)という法律で縛りが設けられているわ。でも時代や地域によってルールはまちまちだから、とても面倒なの。

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