第7話 名は体を表すけど生涯枯れることのない花 と名付けても生涯枯れることのない花 になることはないから気をつけろ!

 羽鐘はがねさんはAIVISアイヴィスと呼ばれる最新の超高性能な人工生命体アンドロイドだった。

 正直俺は彼女が人間であろうとアンドロイドであろうと、どちらでも構わない。ただ彼女が自他ともに人間と見なされない現実ことには、どうしようもなく胸が苦しくなった。


 「そういえばさ、羽鐘さん」

『なんでしょうか、朝日向あさひな店長』

「羽鐘さんの名前って、なんていうの?」

『私の固有名称は「羽鐘」ですが』

「そうじゃなくて、下の名前。ファーストネーム」

『ありません』

「えっ、無いの?!」


相変わらず無表情に答えながら、驚く俺を他所に羽鐘さんは静かに首肯した。


 『AIVISにとって、固有名称など個体の識別ができれば充分です』

「えー、そんなことないと思うけど。名前って、個人を識別する記号以上に、その人自身を表す大切な物だと思うから」

『そうなのですか』

「そうだよ。なあ泉希みずき

「そうね……『名は体を表す』とも言うし、名前には付けてくれた親の想いや自分の人生が込められているから。あと名前で呼ばないで」


羽鐘さんとはまるで正反対。ジトリと横目で俺を睨みながら泉希は答える。


 「ねえ羽鐘さん。羽鐘さんはこの馬鹿店長の名前は知ってる?」

『はい。朝日向あさひな悠陽ゆうひさまです』


誰が馬鹿店長だコノヤロー。というか、羽鐘さんも『馬鹿店長』が俺だと既に紐付いているのか。いや別にいいけど。


 「見ての通り、これでもかってくらい名前に太陽を表す字が入ってるわよね。その名前の通り、この馬鹿店長は鬱陶しいくらいに明るいわ」

「はっはっは! それほどでもあるぞ!」


言いながら俺は腰に手をあて、「エッヘン」とわざとらしく胸を張ってみせた。


 「……まあ、それと同じくらい馬鹿だし暑苦しい時も多々あるけれど」

「はっはっは! 熱中症にしてやろーか!」

「そうなったら私は休むだけよ。1ヵ月くらいね」

「それは困る! 体調にはくれぐれもご自愛下さい泉希お嬢様!」


平身低頭に揉み手する俺に、泉希は「どーも」と面倒臭そうに返した。


「でも名前云々を言うなら、水城みずしろ泉希みずきもすげー良い名前だと思うけどな」

「え……そ、そうかしら」


不意を突かれて驚いたか、泉希は瞠目どうもくして頬を赤らめる。


「なんてゆーか、綺麗ないずみって印象だな。水面に光がキラキラと反射してる感じの。遠くから見てるだけだと、水が綺麗すぎて眩しくて近寄り難いんだけど、ちゃんと中を見れば魚とか草とか色々見えて楽しい。そんな感じ」

「な、なによそれ……」


片頬を膨らませて泉希はそっぽを向いた。心なしか耳まで赤く染めまっている。俺、そんな怒らせるようなこと言ったかな。


「まあとにかく、名前ってのはそれだけで相手の印象が変わるくらい大事なモノなんだよ」

『左様ですか』

「そうだよ。羽鐘さんの名前は誰が付けてくれたものなの?」

『現在の名称は、弊社の人間が定義しました』

「現在のってことは、前は違う名前だったの?」


泉希に問いかけられて、羽鐘さんは彼女の方へ体を向けた。


 『はい。私は昨年まで別の企業に所有されておりました。ですがそちらで払い下げとなり現在のSF派遣サービスへ譲り受けられたのです』

「前の企業は薬局か病院?」

『申し訳ありません。当時の業務に関するデータは全て消去されており、お答え出来かねます』

「そらそーか。守秘義務とかもあるだろーしな」

『はい。ですが、私が製造時に与えられていた名称ならば記憶しております』

「本当に? 教えて教えて」


燥ぎながら俺が尋ねると、彼女は静かに頷きそっと自分に手を触れ当てた。


 『製造当時、私は「アイシス」という名で呼ばれておりました』


相変わらず動かない表情。けれどその声はどこか優しく温かく、俺にはまるで過去を懐かしんでいるのように思えた。


「『アイシス』か……いい名前だね!」

「ええ。とても羽鐘さんらしいと思うわ。凛として素敵な響きだけど、なにか意味とかあるの?」

『古代エジプトにおける、豊穣の女神の名が由来と聞いたことがあります』


確かに彼女の豊かすぎる胸は、豊穣の女神が授けた贈り物ギフトとしか思えない。それに『羽鐘さん』より『アイシス』と呼んだ時の方が、彼女の表情も柔和な気がした。


「アイシス……アイさん……アイちゃん……うん、そっちの方がしっくりくるな」

『朝日向店長?』

「よし、これから羽鐘さんの名前は『羽鐘アイ』にしよう!」


グッドアイデアとばかりに俺は自分の手を打ち合わせた。だが泉希は白けた顔で嘆息を吐く。


 「何言ってるのよ。そんなの私達が勝手に決めていいわけないでしょう」

『いえ、構いません。私をどのように呼称されるのも企業様の自由です』


言うと羽鐘さんは静かに俺の前に立ち、自分の胸に手を置くと僅かに頭を下げた。


 『朝日向店長。よろしければ『羽鐘アイ』という御名前、頂戴しても構いませんでしょうか』

「もちろんだよ、アイちゃん!」

『有難うございます』


いつも通りの平静な口調で言うと、彼女は最敬礼に頭を下げた。だが再び顔を上げた時に羽鐘さん……いや、アイちゃんは少しだけ笑っていた。


 ――気がした。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


薬局に勤務する薬剤師は派遣であっても保健所に就業を届け出る必要わ。でも悠陽は営業さんに「派遣は必要ない」と嘯かれて届け出なかったみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る