第6話 AIVIS《アイヴィス》

 『私はAIVISアイヴィスと呼ばれるアンドロイドです』


透き通るような声で、羽鐘はがねさんはそう答えた。

 表情を微塵とも変えず明言する彼女とは裏腹に、俺は理解が追い付かず呆気に取られてしまう。


「……泉希みずきさんやい」

「……なに。というか名前で呼ばないで」

「AIVISって、なんぞや」


隣に座る泉希に尋ねると、彼女は自分の口元に指を触れ当て記憶をめくった。


 「確か、何年か前に開発された超高性能のアンドロイド……だったかしら」

『はい。その御認識で間違いありません』

「アンドロイド……ってことは、羽鐘さんはアニメとかSF映画に出てくるロボットみたいな感じなん?」

『厳密に言えば違います。AIVISは【機粒菌きりゅうきん】と呼ばれる特殊な細菌を素体とした――』


羽鐘さんは今までに無いほど多くの事を語ってくれた。俺と泉希は呆気にとられながらも口を閉ざして聞き入った。


 今からおよそ10年前に【機粒菌】という特殊な菌が発見され、彼女らAIVISはその菌を元に作られたアンドロイドとのことだ。そういえば、大学でも講義中に何度かその菌の話が出てた気がする。

 そして【AIVIS】はその菌を加工精製して作られた、特殊な物質を素体にして出来ているのだとか。しかもこの【機粒菌】とやらは、AIVISにとっての主要なエネルギー源ということだ。

 

 「AIVISとロボットは何が違うの?」


今度は泉希が羽鐘さんに尋ねた。彼女は一つ頷くだけで、嫌な顔ひとつせず説明してくれた

 だがよく分からなかった。とりあえずロボットは異常を生じれば修理をするけど、AIVISに異常が出た場合は特殊な治療を施されるらしい。


 「要するに、AIVISはナノテクノロジーより高性能な菌を元にして造られた、機械と生物の中間体みたいなものかしら?」

『はい。その認識で概ね問題ありません』


泉希の概言に羽鐘さんは首肯して応えた。納得している二人に反し、俺は今一つピンと来ていない。


「まあいいや。つまり羽鐘さんはター〇ネーターや鉄腕ア〇ムの薬剤師版なんだろ」

「ずいぶん大雑把な解釈ね」

「しょーがねーだろ。実際どこをどう見ても羽鐘さんは可愛い人間の女の子だ。なんたら菌だのだの、小難しい用語並べられたところで理解が追い付かねーよ」

「まあ、そうよね……」


複雑な様相で泉希は歯切れ悪く答え、頭の天辺から足の先まで羽鐘さんをじっくりと観察していく。俺も同じように羽鐘さんを見つめるが、やはり彼女は平静として微動だにしない。


 「本当、見れば見るほど人間だわ」

「どころか人間より美人で優秀まである。おっぱいもデカいしな」

「……そうね。貴方に羽鐘さんの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいよ」

「飲んだら少しは頭よくなるかね」

「セクハラは治るんじゃない」

『恐れ入りますがAIVISは基本的に代謝を行いません。そのため角質汚れも生成されません』


真顔で応える羽鐘さんに、俺と泉希は絶句した。

 物のたとえ、というか今のは皮肉を交じえたことわざだ。にも関わらず言葉を額面通りに捉えてしまうのは、彼女がAIVIS故か。


「でもこんな高性能なのに、俺今の今までAIVISなんて全然知らなかったよ」

「それは単に貴方が普段ニュースや新聞を見てないだけでしょう……けどまあ、私達の身近な所では見かけないわね」

『それは機粒菌技術の特許申請における国際特許の問題と、我々AIVISに掛かる法整備が――』

「あ、もう大丈夫だよ。説明ありがとう、うん」


乾いた引き笑いを浮かべて、俺は視線泳がせ丁重ていちょうに断った。ただでさえ情報過多で脳がパンクしそうなのに、これ以上の新言語は許容できん。


「法律的なことはよく分からんけど、羽鐘さんは現実にこうして俺達の前に居るんだから、少しずつ普及はしてるんだよな」

『はい。6年前に発売された第1世代は、機能性に乏しく価格も高価でした。ですが世代を重ねるにつれ安価になりました』

「高価って、どのくらい?」

『型にもよりますが、私のように汎用はんよう的な人間型ヒューマノイドであれば1台あたり5千万円から8千万円ほどです』

「ごせっ!?」


なんという金額だ。そんなモノを前にしたら、俺は卒倒する自信がある。だがもしそれだけの金が手に入ったら、ひとまず店の運営資金に充てるかな。


 「なるほど。つまりAIVIS自体は数年前から普及し始めたみたいだけど、高価すぎるから一般の家庭で所有している人は――」

「泉希。所有なんて言い方はやめろ」

「あっ……そ、そうね。ごめんなさい羽鐘さん」


つい思索が進んでしまったようだが、泉希も悪気があったわけじゃないだろう。それが証拠と、申し訳なさそうに羽鐘さんへ頭を下げた。


 『謝罪など必要ありません。AIVISは人間の生活を豊かにする為の道具です。「所有」という表現に何ら相違はありません』

「そんな言い方はやめてくれ。少なくとも俺達は同じ職場で働く仲間じゃないか」

『恐れ入りますが、その認識には誤解があります。AIVISは人間ではありませんので、仲間という表現は不適かと』


言いながら羽鐘さんは真っ直ぐに俺を見つめた。

 その冷たく静かな彼女の瞳に見つめられると、何故か胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

 同じ姿形で同じ言葉を交わす俺達と彼女は、一体何が違うと言うのだろう……。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


AIVISを構成する人工頭脳やエネルギー機関は全て機粒菌を素体として造られているらしいの。だからロボットよりも生命体に近いらしいわ!

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