第5話 乳首って取れてもまた生えてくるらしいよ(本当)

 羽鐘はがねさんを追いかけ事務所のドアを開けた瞬間。俺は我が目を疑い絶句した。

 なにせ今俺の目の前には、一糸纏わぬ彼女が直立不動で立って居るのだから。


 腰まで流れる絹糸のような髪。凛として輝く宝石のような瞳。雪のように白い肌。まるで絵画の中で生まれた人物が、現実に飛び出したかのよう。エロさよりも美しさが先に脳を刺激する……まさに芸術だ。


 『何か御用でしょうか、店長』


背筋を伸ばして”気をつけ”の姿勢を崩さず、羽鐘さんは俺に尋ねた。たわわに実った乳房を放り出しながらも努めて平静。反して俺は耳まで赤く染め上げ、慌てて目線を逸らしてしまう。


 「ちょっ……ダメだよ羽鐘さん!」

『申し訳ございません。私の作業内容に何か不手際があったのでしょうか』

「いやそうじゃなくて! そんな格好で……」

 

目端でチラリと彼女を見れば、大きな乳房がブルンと揺れた。いけないとは分かっていても、ついつい胸の方に視線がいってしま――


「……え?」


――その時、俺は我が目を疑った。なにせ彼女の乳房には…… そこにあるべきが付いていないのだから。それこそマネキン人形みたいにツルリと滑らかで。

 よく見れば胸だけではない。全身のどこにも産毛一本と生えていない。理解の追い付かない頭でもって、俺はまぶたを高速開閉させた。


 「ちょっと貴方、やっぱり私が――」


と、その時。泉希みずきまで事務所にやってきた。全裸の羽鐘さんを目の当たりにした泉希は、まるで時が凍り付いたように動かなくなった。

 かと思えば、みるみると顔を赤く染め上げ目尻に薄い涙を浮かべる。おまけに身体を小刻みに震わせ、まるで親の仇と出会でくわしたように俺をめつける。


 「見損なったわ! 前々から馬鹿でスケベだとは思ってたけど、本当にセクハラするなんて! 珈琲をこぼしたのも周到な計画だったのね!」

「い、いや泉希これは――」

「道理でおかしいと思ったわよ! 守銭奴ドケチの貴方がわざわざス〇バの珈琲を差し入れしたから! 心の中で『明日は嵐ね』とか呟いてたわよ!」


せきを切ったように叫びたて、泉希は泣き顔で俺を睨み据える。彼女の泣き顔なんて、今の今まで一度も見たことがなかった。それほどの憤慨を表す泉希に、俺はかえって落ち着きを取り戻していく。


「誤解だ泉希。俺は本当にタオルの場所を教えに来ただけなんだ。そしたら――」


言いながら俺は横目に羽鐘さんを見遣った。彼女はやはり背筋を伸ばし、芸術作品の如く美しい様で佇ずんでいる。


「なにまたちゃっかり見てるのよ!」

「ちょ、だから誤解だって! アレを見ろ!」


すっぽんぽんの羽鐘さんに向けて、俺は彼女の胸を指さした。泉希も怪訝そうに目を凝らせば、事件現場を目撃した探偵みたく青ざめ口元を手で覆い隠した。良かった、これで俺の誤解は解け――


 「前々から思ってたけど、やっぱり貴方は大きな胸の女が好きなのね! どうせ私は貧乳まな板よ、このドスケベ変態おっぱい星人!」

「なんでやねん!?」


射殺すかのような眼で睨む泉希に、ついコテコテの漫才みたいなツッコミを入れてしまった。恥かしさから「コホン」とひとつ咳をして、俺は言葉に冷静さを取り戻す。


「違う違う、そうじゃない。もっとピンポイントな部分に目を向けて。も~っと視野を狭めて」

「視野を……?」


目尻に涙を浮かべ眉根を寄せつつ、泉希は怪訝そうな面持ちで目を細め再び羽鐘さんを見やった。


 「……えっ?」


今度こそ俺の意図に気付いてくれたらしい。唖然としつつ、彼女は何度かゴシゴシと自分の瞼を擦った。


 「羽鐘さん……貴女今、肌色のスキニーインナーとか着ているの?」

『いえ、現在衣服は着用していません』

「ヌーブラやニプレスも?」

『はい。私は常時下着を着用いたしません』

「なんやて?!」


予想外の台詞に俺は脊髄反射の如く振り返る。そんな俺の行動を予測していように、泉希が鋭い指先で俺のダブル御目眼おめめを突き刺した。


「ああぁあっ! 目がぁぁ! 目がぁぁあっ!」

「ちょっと五月蝿うるさいから、貴方は先に店へ戻ってなさい」


激痛に苛まれ、狭い玄関をのたうちまわる俺に泉希は冷たく言い放つ。

 俺はしょぼしょぼと涙を流しながら、言いつけ通りに一人店舗へと戻った。



 ◇◇◇



 およそ10分後。

 髪を洗い白衣を着替えた羽鐘さんと共に、複雑な面持ちの泉希が店に戻ってきた。

 受付で目薬を差していた俺を呼び寄せれば、泉希は待合席のベンチに座るよう羽鐘さんに指示を出し、自身は面接スタイルで対面に座す。


 「悪いけど単刀直入に聞くわね羽鐘さん。貴女は人間なの?」


泉希の口から飛び出したその言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。


 『いえ、私は人間ではありません』


だが羽鐘さんも平然と頷いて答える。二人して俺にドッキリでも仕掛けるつもりかと思ったが、羽鐘さんがそんな事をするとは思えない。

 もしかして本気なのか。ゴクリと固唾飲み込む俺を見つめながら、羽鐘さんは自身の豊かな胸に手を当て――


 『私は、AIVISアイヴィスと呼ばれるアンドロイドです』


――透き通るような声で、そう答えた。




-------【TIPS:泉希の服薬指導メモ】-------


原則として、調剤薬局では薬剤師以外が調剤や服薬指導をすることが禁じられているの。だから薬剤師が居ないと営業も出来ないのよ!

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