第24話:一時的な終焉



 転落死は初めてではない。確か過去に建物から落ちて死んだことがある。

 だが経験したとはいえ慣れるものではない。

 この死ぬ間際のジリジリと肌がひりつくような感覚は何度味わっても不快だ。生まれ変わってからの十七年が無に帰すと考えれば嫌気も湧く。


 そう春樹は考えていた。

 足場のタイルが微かに振動し始め、電子音が耳に纏わりつく。

 足場が崩壊し落下するまであと五秒。ゲーム会場は電子音とメグの声が響き、空気が張り詰めている。



『ねぇ、私の演技良かったでしょ! 名女優だったでしょ!』


 とは、そんな空気も、ましてや春樹の胸中もお構いなしな紅子の発言である。

 彼女は力なく春樹にもたれかかっているが、頭の中での会話ではテンションが最高潮である。今か今かと足場のタイルが壊れる瞬間を待っている。

 眼前に迫る死に恐怖する儚さが嘘のようではないか。

 ……否、【嘘のよう】ではなく実際に嘘だ。先程のゲーム、迎えた結末、現状の張り詰めた空気、なにもかもが演技でしかない。


 崩壊する足場を奪い合うゲーム。

 そこでどうやって死ぬか、詳しく言うならば【春樹と紅子が同じ状況で死ぬか】を考えた末、春樹が提案したのがトラップを利用する事だった。

 まず紅子がトラップに嵌り行動不能に陥る。死を受け入れきれず恐怖する彼女を見て、春樹はメグに勝利を譲り紅子と共に死ぬことを選ぶ……。これが筋書きである。

 うまいことトラップを踏めるかどうかが問題だったが、幸いにも致命傷を与えるトラップを作動させることが出来た。一般的に見れば不幸なのだろうが、春樹達からしてみれば幸運と言える。更にメグを助けるために負傷というドラマチックな展開にも出来た。

 これには紅子はもちろん、既にゲームから脱落している者達も大興奮である。


『寄り添う二人の少年少女、幼き命のために自らを犠牲に……、なんて悲しい物語なの! これは全米が泣くわ!』

『春樹君、紅子さん、落ちるってどんな感じですか? 楽しいですか? こんなに面白いゲームがあるなら僕もやりたかったなぁ』

『俺もやりたかった。ああいう頭使うゲーム好きなんだよ。再生したらデスゲームやってるところ探して参加してみるか。道場破りならぬデスゲーム破りだ』


 そんな賑やかな会話が頭の中で聞こえてくる。言わずもがな既に【死】という脱落を迎えたはずの三人、真尋、銀丈、流星である。

 更には今まさに悲痛な声をあげているメグまでもが会話に加わってきた。実際にあげている声とは真逆の冷静な口調と声色で『メグもデスゲーム破りやる』と流星の話に存外に乗り気である。


 相変わらずデスゲームという状況に似合わぬ和気藹々とした会話だ。

 だがこの会話も長くは続かない。


 最後の電子音が鳴るのとほぼ同時にタイルに亀裂が走り、硬く足を受け止めていた地面が崩れ始めた。割れたタイルが落ちて踵が浮き、次いで足場が一瞬にして無くなり気持ちの悪い浮遊感が春樹の全身を包む。

 ふわりと体が宙に浮いたような感覚がした。


「……っ!」


 慣れぬ感覚に春樹が息を呑んだ。

 何度も死んで生まれ変わった。だからといって、少なくとも春樹は死ぬ間際の感覚に慣れているわけではない。


 また死ぬのか。

 だけどどうせすぐに生まれ変わって、そしてまた死ぬ。


 そんな慣れとも諦めとも言える気持ちが、落下する春樹の胸に湧き上がる。


 だけど……、


『春樹はいったん生まれ変わるんだよね、それじゃまた後でね!』


 元気の良い紅子の声が頭の中で聞こえてきた。

 まるで友人との一時の別れかのような言葉。直ぐに再会する事が分かりきっていると言いたげな明るい口調。

 紅子だけではなく、真尋や銀丈も明るい声でほんの一瞬の別れを告げてくる。流星は生まれ変わりに興味があるようでその時の感覚を教えてくれと言ってくるし、メグも生まれる瞬間に興味があるようだ。


 また死ぬ。

 生まれ変わり、どうせ再び死ぬ。


 だけど彼等とは一緒だ。何度死んでも、……否、自分達に【死】は訪れないのだから、ずっと一緒だ。

 何度生まれ変わっても。それこそ、何度陰惨なデスゲームに参加させられても。

 そう考えると春樹は自分の胸に湧いていた靄のような感覚が晴れるのを感じ、笑顔になりかける自分の頬を歯を食いしばって堪えた。


『みんな、またあとで!』


 晴れ晴れと別れの言葉を告げるのとほぼ同時に、春樹の体は硬いコンクリートに打ち付けられ、肉も、骨も、全てが陰惨な音をあげて潰れた。



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