第23話:SideGM ゲーム終了と勝者



「ゲーム終了です。稲見メグさん、どうぞ出口へ」


 ゲームマスターが稲見メグへと連絡を入れ終わると同時に、観客達が拍手しだした。

 今回のゲームも素晴らしかったと褒め、次回への期待を口にし、仕事を終えたゲームマスターを労う。そこには死んでいった参加者への追悼は一切無く、さながらスポーツ観戦を終えたかのような清々しささえあった。


 だが観客達の晴れやかさに反して、モニターには年若い男女の惨たらしい遺体が映っている。

 日下部春樹と常盤紅子。

 二人は落下の最中も身を寄せ合っていたが、地面に叩きつけられると流石に衝撃で体と手を放してしまった。今は腕を不自然に曲げ、足が有り得ない角度で折れている。

 まるで子供に乱雑に扱われて破損した人形のようだ。二人の体の下に広がる赤黒い血だまりが、既にこと切れている事を調べずとも伝えてくる。


 日下部春樹は首がおかしな方向に曲がり打ち付けた顔の半分が潰れており、その光景は床に落として潰れたトマトを彷彿とさせた。

 対して常盤紅子はその美しい顔こそ無事だったが後頭部を強打しており、頭蓋骨が割れたのだろう血溜まりの中に白い脳髄の破片が散っている。


 そんな悲惨な光景に誰からともなく視線をやった。

 だがどれだけ直視してもなお観客達の瞳に憐れみの色は無く、もちろん、自分達が賭けの駒にしたという罪悪感めいた色も無い。

 それでいて「見事だった」だの「良かった」だのと称えるのだ。


「最後に女と一緒に死ぬことを選ぶなんて思わなかったわ。良い男になりそうなのに残念」


 とは、日下部春樹に賭けていた羽場。

 己のせいで日下部春樹が死に至ったというのにそこに罪悪感を抱いている様子はない。顔の半分を潰して事切れている日下部春樹の顔をまじまじと長め、挙げ句、隠し切れぬ興奮の現われか舌なめずりをした。


「本音を言えばもっと苦しんで惨たらしく死んでほしかったけれど、ドラマを見ているみたいで楽しかったわ」

「羽場様に楽しんで頂けたようで何よりです」

「また次も良いのを用意しておいてね」


 羽場の期待の言葉にゲームマスターが応じて返す。

 それに続いたのは蘇芳だ。峰真尋に賭けていた彼女はゲーム開始前に脱落となったが、それでもゲームそのものは楽しんでいたようで羽場同様に期待の言葉を口にしている。その際に「若くて綺麗な女よ。スタイルもちゃんと見てね。あと肌と髪も」と注文をしてくるがいつもの事だ。


「ねぇ見て、あの二人、まるで手を繋ごうとしてるみたいじゃない。あと少しで届きそうなのに……、良いわ、ああいうの興奮する」


 欲情を隠さぬ艶めかしい声で話すのは猿渡夫人だ。夫の体にしなだれかかりモニターを見るように促している。

 彼女が注目しているのは日下部春樹と常盤紅子の死体、その手元。年若い少年少女は不自然にひしゃげた腕を相手の方へと伸ばしており、猿渡夫人の言う通り最期まで共にするため手を繋ごうとしているかのようだ。

 だが二人の手は触れることなく、指先があと数センチといった距離にある。

 少し指を動かせば縮められる距離。だがどちらももう動くことは出来ず、その距離は二度と縮まる事はない。


「残念だがあと少しで届かなかったようだ。だが血溜まりで繋がっているとも言えるかもな」

「そうね、血で繋がるなんてドラマチックで素敵だわ」


 猿渡夫妻も満足したようで、興奮と、この二人に限っては欲情の色を濃くしている。夫人の吐息は艶めかしく、その豊満な胸を鷲掴む夫君の目にも年甲斐のないぎらつきが宿っている。

 二人きりになればすぐに事に及ぶだろう。それどころか帰路の車内でいたし始めるかもしれない。

 だがこの会場内ではさすがに控えるだろうと考え、ゲームマスターは彼等から漂う熱気のような欲情の気配を無視しておいた。会場の秩序さえ守ってくれれば外で二人がどれだけ盛ろうと関与はしない。


 そんな欲情する猿渡夫妻とは逆に、いつまでも陰気な空気を纏っているのは日野岡だ。

 賭けていた八幡流星が覚悟の上で自ら死を選んだ事が気に入らなかったようで、彼は不満を露わにした表情を纏っている。爪を齧る癖も悪化して親指の爪が歪に歪んでしまっている。


「日野岡様、このたびは残念でしたね」

「本当、まじでむかつく……」

「我々も次は日野岡様にご満足いただけるよう努めたいと思います」


 過度にこびへつらうでもなく、それでいて突き放すでもなく、軽く下手に出ておく。

 当初こそ激昂していた日野岡も今は落ち着いているようで、ぶつぶつと文句を口にはしているものの「次は頼むよ。こっちも暇じゃないんだから」と嫌味交じりの言葉を残していった。

 一時的には激昂こそすれども、日野岡は根から器の小さく臆病な男なのだ。たとえ相手がゲームを進行するためだけの存在だとしても強くは出られない。せいぜい聞こえるか否かの声量で嫌味を言ってくるだけなのだ。


 そんな観客達の中、とりわけ満足そうな笑みを浮かべる男がいた。


相島そうじま様、この度は優勝おめでとうございます」


 ゲームマスターが称えれば、相島と呼ばれた男が笑みを強めた。

 細身の男。日野岡ほど陰鬱とした空気は無いが、さりとて猿渡夫君のようなぎらついた鋭気も無い。一見するとどこにでも居るような、他者の記憶に残り難い凡百な男である。

 ゲームマスターが祝えば、彼は照れ臭そうな笑みと共に感謝の言葉を返してきた。

 軽く頭を掻く仕草、謙遜交じりの言葉、何から何までありきたりな反応だ。これもまた相島の凡百な印象を強くさせる。


 そんな相島だが、今回のゲームでは彼こそが優勝者だ。

 といっても何をしたわけでもない。他の観客同様、ソファに座り酒を飲み、モニターに映し出される陰惨なゲームを眺めていただけである。

 だが彼は勝者だ。賭けに勝った。


 彼が賭けた稲見メグが、この陰惨なゲームのたった一人の生き残りになったのだ。


「最後のゲームではどうなるかと思いましたよ。動かなくなるし、これは無理かと諦めかけました」

「我々もあの時は稲見メグが脱落かと思いました」

「こういう逆転があるからこのゲームは面白い。また次も期待していますよ」


 相島の口調や態度は穏やかだ。ゲームマスター相手にさえ敬語を徹底している。

 かといって卑屈なわけでも下手に出ているわけでもなく、さりとて品の良さを感じさせるほどでもない。なんとも評価し難いが、これこそが極平凡な男だ。

 もっとも、ゲームマスターが「賞品は」と口にした瞬間、極平凡な男だった相島の顔に極平凡な男らしからぬ欲の色が浮かんだ。瞳の奥がぎらぎらと輝きだす。

 

 結局のところ相島もこのゲームの観客なのだ。

 どれだけ見た目や仕草がありふれたものであろうと、根底にある精神と欲望は常識を逸している。


「相島様は以前にも優勝をしたことがあるのでお分かりかと思いますが、賞品はこちらで治療をした後、相島様のご自宅にお届けいたします」

「承知しています。怪我をしたままだと直ぐに壊れて楽しめませんからね」

「お届けの際にはご連絡を致しますので、しばらくお待ちください」


 ゲームマスターと相島のやりとりはまるで店員と客のようだ。

 購入物の配送予定。【治療】という単語を【修理】に変えれば修理品の依頼と手配予定にでも聞こえるだろうか。

 だがこの状況下でそんなやりとりを行うわけがない。それはゲームマスターも相島も、賭けの敗者である他の観客達も同様。

 仮面で顔を覆ったゲームマスター以外は誰もがおぞましい笑みを顔に貼り付け、「羨ましい」だの「楽しんで」だのと口々に相島に告げ、モニターへと視線をやった。


 壁面に設けられた大型モニターには、室内に充満する催眠ガスにより眠らされた稲見メグが運ばれていく姿を映していた。





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