第20話:落下するゲーム
今度の部屋は広さで言えば二十畳程度はあるだろうか。大型粉砕機のあった部屋に比べれば狭いが、対して先程のガラスの個室があった部屋よりは倍近く広い。
だがガラスの個室も無ければ鉄の椅子も無い。あるのは天井に設けられたモニターのみ。何も無いがらんどうとした光景は最初に目を覚ました部屋と似ている。
思い返せばあれは数時間前の事か。随分と昔のように感じるのは、それまでに三人も目の前で無惨に殺されたからか。
最初に六人だったゲーム参加者も、今は春樹を含めて紅子とメグの三人だけだ。
……頭の中では全員揃っていていまだわいわいと話しているのだが。なるほどこれだけ濃ければ数時間前を懐かしく感じるはずだ。
「ねぇ、日下部くん、足元のタイルみたいなの何だろう……」/『ねぇこれ次のゲームの仕掛けだよね? なんだろう!下にバネが仕掛けてあって当たりを踏むとビョンって飛ぶとかかな? それって超楽しそうじゃない!?』
「たぶん、次のゲームに関係するんだと思う。でも何をさせられるんだろう」/『さすがにそんな面白そうな仕掛けじゃないと思うけど』
「……怖いよ。お父さん、お母さん……」/『肉片を揉む感覚、癖になる』
頭の中の会話はさておき、表向きは警戒の色を宿しつつ足元のタイルを注視した。
壁と天井は変わらず無機質なコンクリートだが、今回の部屋は足元はタイル張りになっている。タイルは五十センチほどの正方形、それが床一面に張り巡らされている。こちらも無機質な灰色をしており飾り気は無い。
そんな部屋の向かい、次の部屋に続く扉の上部にモニターがある。映っているのはもはや見慣れたゲームマスターだが、ここは一応身構えるふりをしておいた。
「これより新たなゲームを開始します」
もはや聞き慣れた台詞だ。恐怖も何も無い。
むしろ紅子に至ってはワクワクしており『説明早く!早く!』と急かしている。表向きではもちろん怯えの表情を浮かべ、「もう何も聞きたくない」と言いたげな様子だが。
「皆様の足元にはタイルが張り巡らされています。このタイルは人間の重さを感知し、三度踏まれると崩壊します」
「崩壊って、足場が崩れるってこと……?」
「一つご覧いただきましょう」
まるで春樹の問いかけに返すようにゲームマスターが告げ、その言葉を切っ掛けに部屋にカコンッと小さな音が聞こえた。
「日下部君、これ!」
紅子が声をあげた。彼女の視線が向かうのは己の足元。
敷き詰められたタイルの中、彼女が乗っている一つのタイルだけ縁が赤く光りはじめている。
まるで危険を警告しているかのようだ。嫌な予感を感じ取ったのだろう紅子が慌ててタイルから退いた。
それとほぼ同時に、ピッ、と電子音が響いた。続けて四回、それが終わるや今度はタイルが全体が赤く光りだした。
いよいよをもってタイルの異質さが浮き彫りになる。警戒を込めて更に距離を取るために春樹達が後退ると、再び電子音が聞こえてきた。
またタイルが変化するのか。そう考えて注目していると、小さな振動が足元から響き……、
次の瞬間、崩壊音と共にタイルが崩れて破片が下へと落ちていった。
ヒュ……と空気が一瞬にして舞い上がる。
次いで遥か下方でカラカラと音が鳴った。
「なにこれ……、なに今の、なんで床が……」
今まで自分が立っていた場所があっという間に無くなり、紅子が信じられないと言いたげな声を出した。
恐る恐る覗き込む。春樹もそれに続いて下を覗き込み、眼下に広がる暗闇に眩暈を覚えかけた。引きずり込まれそうな錯覚に慌てて後退る。
穴の底は見えない。
単に暗くて見えないわけではないだろう。タイルが崩壊した瞬間に吹き抜けた風の強さ、そして崩壊したタイルが底に落ちるまでの時間と聞こえてきた音の小ささを考えるに、相当な高さがあるはずだ。
前のゲームで設けられた穴は五メートルほどだったが、少なくとも倍、いやそれ以上あるだろう。ともすれば現在地は建物の四階か五階か、もしくはそれほどの地下がある施設なのか……。
「一つのタイルに滞在できる時間は三十秒、最後の五秒は電子音でお知らせします」
ゲームマスターの話を聞き、春樹は先程聞いた電子音を思い出した。
三十秒経過を知らせる五回の電子音。つまりこの音が鳴っている間に次のタイルへ移れという事だ。
「同じタイル上で三十秒経過した場合、二度目と同じ扱いになります。また、一つのタイルに複数が乗った場合もその人数分カウントされます。一度踏まれたタイルは縁が赤く変化し、二度踏まれたタイルは全体が赤く変化します」
ゲームマスターの話の通り、先程崩壊したタイルは一度目に四方を囲む縁が赤く光り、次いでタイル全体が赤く光った後に崩れた。
縁が赤いタイルはセーフ、全体が赤いタイルはアウト、という事だ。
分かりやすいのは有難いが、きっとこちらの危機感と恐怖を煽り、裏切りや恐喝を誘導するためだろう。純粋に感謝をする気にはなれない。
「終了条件は脱落者一名の決定。このゲームでは制限時間はありません」
制限時間が無いのは初めてだ。といっても、このゲームに関しては制限時間を設けられなくともいずれ限界がくる。
全てのタイルが等しく二度までしか踏めず、更に滞在時間が決められているのだ。全員が考え抜いた末に満遍なく部屋中のタイルを踏んでいったとしても、崩壊の時は必ずくる。
わざわざ制限時間を設けて焦らせるよりも、時間ギリギリまで藻掻き恐怖する様を楽しもうと考えているに違いない。
「ではゲームを開始します。皆様、ご武運を」
無責任な言葉を残してゲームマスターがモニターから消えた。
今までの流れだとゲームマスターが消えるや画面に残り時間が表示されていたが、今回は画面は暗いままだ。
その代わりに春樹達の足元のタイルがカコと小さく鳴り、縁が赤く光り出した。一歩目だ。
「ど、どうしよう日下部君……!」/『この場でジャンプして最速三回を踏んで落ちたい!』
「落ち着いて常盤さん、大丈夫だから……」/『こっちでも言うけど落ち着いて。最速三回ジャンプは流石に無いよ』
「とりあえず三十秒は大丈夫なんだよね、その後に、隣のタイルに移れば……。でもどうやって進もう」/『やっぱり無いかぁ。出来るならホップ・ステップ・フォールでいきたいんだけど』
そんな話をしている最中にも時間は経過し、最初の電子音が聞こえてきた。
ひとまずバラバラの方向に進もうと一マス進める。足を置いたタイルの四方がまた新たに赤く灯り出した。
それを見て、春樹はふと似たようなゲームを思い出した。今の人生の記憶なので鮮明だ。
といっても経験したゲームはテレビゲームの、それも複数あるミニゲームの内の一つだった。数人で同時にプレイし、同じように底が抜けるタイルの上を落ちないように立ちまわるのだ。一度しか歩けないタイルもあれば今回のように二度歩けるものもあった。
あの時は深く考えずに走り回っていた。
早く足場を無くすことで敵を落とそうと考えていたのと、ゆっくり動くよりも走り回った方が楽しかったからだ。戦略もあまり考えず、時には自らのヘマで足場を減らして落ちた事もある。
所詮はテレビゲーム。落ちたところで何があるわけでもない。また一から挑戦すればいい。そう気楽に考えていた。
だけど今は違う。
……いや、今も別に死んでもまた生まれ変わるだけなのだが、こんなゲームに巻き込まれるのはきっと一回だけだろう。
「常盤さん、メグちゃん、とりあえず一つのタイルに三十秒いっぱいまで居よう。それと出来るだけ端から崩すように」
「う、うん……。分かった。メグちゃん、大丈夫? 今の分かった?」
「……ん」
春樹の提案に紅子とメグが応じて返す。
結果、紅子は部屋の左、春樹は中央、メグは右を崩していくことになった。
このゲームではどう立ち回るか、どこから崩していくかが重要だ。無暗に歩き回ってタイルを崩せば連動して周囲を巻き込んで崩壊する可能性があるし、誰かが孤立してもいけない。
出口は一か所なのだからそこまでの道筋を確保しておく必要もある。いざゲームが終わっても扉へと渡れなければ終わりだ。
タイルは一マス五十センチほど。
立ち幅跳びの要領と考えれば春樹が飛べるのは四マス程度。運動神経に関して言えば、何度生まれ変わろうとも春樹は並の高校生程度の能力しかない。
考えている最中にも電子音が移動を促し、一つまた一つとタイルを移動していく。
この細かな移動とそれを急かす電子音が都度思考を邪魔し、考えが纏まらない。
更に追い打ちをかけるのが、突如メグがあげた悲鳴だ。
「きゃぁぁ!!」
幼い子供の高い悲鳴。
これには春樹も紅子も、表向きも何もなく「メグちゃん!」と声をあげた。
幼いメグがタイルの上で蹲っている。その肩には細長い鉄の杭が深々と突き刺さっており、押さえる手の隙間から血が滴り落ちている。
まるでそのタイミングを見計らったかのように再びモニターにゲームマスターが写り込んだ。
「申し伝え忘れました。タイルの一部にはトラップが仕掛けられておりますのでご注意ください。では、引き続きゲームを進めてください」
一方的にルールを追加し、ブツとゲームマスターが姿を消すした
言い逃げだ。なんて無責任なのだろうか。
だがもちろん春樹達には消えたゲームマスターを追いかけて問い詰める術はない。
「トラップ……、なにそれ、そんなの酷い! 説明しなかったじゃない!」/『後だしとかマジ最悪』
「メグちゃん、そろそろ三十秒経つから次のタイルに! 這ってでも良いから!」/『言い忘れたって言うのも嘘っぽいね。どっちにしろ僕も後出しは好きじゃ無いなぁ』
「……ん、メグ……がんばる……」/『メグも後だし嫌い……、こういうの良くない……』
春樹がひとまず声を掛ければ、肩を庇いながらもメグが這いずって移動しだした。痛みに泣きながら「おとうさん、おかあさん」と親を呼ぶ声は演技だと分かっても聞いているだけで胸が痛くなってくる。
それでいて頭の中では『恨みは晴らす……、後出しの恨みは晴らす……』と呟いているのだ。こちらは恨みがまし気な声が中々にホラーである。
ゲームに参加していない真尋達が『落ち着いて。恨みは後でたっぷり晴らしましょう』だの『そうですよ、この恨みは後々に』だの『俺もさっきくっせぇ思いさせられたからな、後できっちり晴らそうぜ』と宥めている。
……恨みについては宥めてはおらず後回しにしながらも煽っているのだが。
「タイルにトラップ……、ただ移動するだけじゃ駄目なんだ……」
どんなトラップが仕掛けられているか分からない。中には死を招くものや移動を不能にさせるトラップもあるかもしれない。
かといってその場に留まるわけにはいかない。そして仮にトラップをうまく避けられても誰か一人が落下しないとゲームは終了しない。
考えている今も電子音が鳴り響いて移動を急かしてくるのだ。都度の移動にトラップがあるかもしれないという恐怖も加わる。
普通ならば恐怖が思考を占め、【死にたくない】という強い思いが先走りして碌に考えれなくなるだろう。
だが春樹の場合は【死にたくない】ではない。
【どうやって死ぬか】である。むしろ【うまく死にたい】である。
そして皮肉なことに、満場一致で不平不満を買ったルールの後出しによって名案が生まれた。
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