第12話:大型粉砕機


 移動した次の部屋は先程までの部屋と比べてだいぶ広く、もはや部屋と言うよりは倉庫やホールと言った規模だ。

 壁や天井は変わらずコンクリート剥き出しだが、今回の部屋には天井に届きそうな高さの棚があり、まるで間仕切りのように点在している。棚には何も置かれていないが、かつては倉庫として品物が置かれていたのだろうか。

 次いで目に着くのが部屋の中央。床の一部分が鉄製になっており、鉄の部分は八畳程度、部屋全体の広さは三十畳以上あるだろうか。明らかにその部分に何かがあるのが分かる。

 そのうえ鉄の床の周辺にはナイフや手斧が無造作に転がっており、裸電球の明かりにそれらが照らされた光景は異質とさえ言える。過去なにかしらの陰惨な事件があり、それを機に閉鎖された廃工場。そんな話をされても信じてしまいそうだ。


「……なんでしょう、これ」


 中へと入り、足元に転がっているナイフを見た。

 刃がボロボロだ。他にも鎌、鉈、包丁、それどころか日常生活では目にしないような形の大振りのナイフ、刃物以外にもアイスピックだの金槌だのと転がっている。どれも刃が欠けたり錆が目立ち、軽い裂傷でも破傷風になりかねない。

 これでいったい何をさせるのか。

 さすがに手に取る気にはならず眺めていると、一角に設けられたモニターが接続の音をあげた。映し出されるのは仮面の男ゲームマスターだ。


「先程のゲームはお疲れさまでした。皆様が無事にゲームをクリアできたようで何よりです」


 これほど白々しく嘘だと分かる言葉は今まで聞いたことがない。

 そう呆れと嫌悪を抱いて春樹がモニターを睨みつける。もちろん、春樹が睨んだところでゲームマスターが臆することはなく、早々に「では次のゲームを説明します」と話題を変えてしまった。


「皆様、部屋の中央をご覧ください」


 ゲームマスターの言葉を合図に、ガゴンッ!と大きな音が響いた。

 機械音と微かな振動が足元から伝わってくる。いったいなにが、と周囲を窺っていると、銀丈が「あれは……」と声を漏らした。

 彼の視線を追うように部屋の中央へと視線を向ける。コンクリートむき出しの地面、そこに一角だけ設けられた鉄の床。機械音と振動はそこから発生しているようだ。

 その鉄の床が次第に押し開かれていく。目の前で巨大な機械が動く様に圧倒されていると、鉄の床は完全に開かれ、広い空間に不自然な大きな穴が開いた。


 機械が完全に止まったことを確認し、元々鉄の床があった場所へと恐る恐る近付く。


「これは……、何かの装置?」


 春樹の傍ら、寄り添って体を支えていた紅子が不思議そうに呟く。

 脳内ではあっさりと『これなにー?』と軽い声を出しているあたり、知らないのは演技ではないのだろう。

 春樹も眼下の光景に覚えはなく、無意識に首を傾げてしまった。


 鉄の床が開き、下までの高さは五メートル以上はあるだろうか。

 春樹達がいる場所から三メートルほどは垂直の壁があり、そこから下は緩やかな坂になっている。間違えて足を踏み込もうものなら直滑降に落ち、その勢いのまま坂を滑り落ちて最下層へと辿り着くだろう。

 途中に手を掛ける箇所も凹凸もないあたり、自力で這い上がるのは不可能だ。

 最下層には鉄の装置が待ち構えている。大型の歯車のような装置。円柱の鉄の塊には凹凸が交互に着いており、それを噛み合わせて回しながら動かすのだろうか。


 これでいったい何をさせるのか。

 そう考えを巡らせていると、穴の底にある機械がゆっくりと動きだした。

 想像通り凹凸が噛み合うようにして回っている。微かな振動が足元から伝わり、危ないからと紅子と共に数歩下がった。

 その隣に流星が立つ。先程のゲームの影響を見せるために片腕で胸元を掴んでおり、尚且つ足元も覚束ない演技をしている。それでもと中を覗き込んだ。


「粉砕機だな」

「粉砕機? 八幡さん、知ってるんですか?」

「さすがにこんだけでかいものは……っ、見た事ないが、似たようなもんは、昔バイト先で見た事がある。……くっ」


 流星は苦し気に喋るようにと監督こと真尋から指示されている。

 そのため彼は話の最中に幾度か言葉を詰まらせており、更に一瞬顔を顰めたのちに胸元を押さえてゆっくりと息を吐いた。胸に響いた激痛をやり過ごす演技に、触発されて春樹が「大丈夫ですか?」と尋ねた。流星が頷いて返し再び口を開く。


「粉砕機ってのは、人じゃ壊せねぇでかいもんや硬いもんを中に突っ込んで、潰しながら砕くんだ」

「シュレッダーみたいな感じですか?」

「仕組み自体はそれに近い。威力は桁違いだけどな」


 流星の言葉に、春樹は改めて穴の底にある粉砕機を覗き見た。

 鉄の凹凸が噛み合って回っている。あの中に物を入れれば吸い込まれるように潰れていくだろう。構造上、一端でも巻き込まれれば引き抜くのは不可能に近い。

 粉砕機を眺めていると、全員が理解したと判断したのかゲームマスターが「ではゲームの内容をお伝えします」と説明を再開させた。


「ルールは至って簡単。粉砕機の下には計量器が置かれており、計量器が十五キロを計測すると次の部屋への扉が開かれます。つまり制限時間内に十五キロを粉砕機に投下すればゲーム終了となります」

「粉砕機の下って、そんな……」

「ではゲーム開始です」


 今回もまた一方的に説明をし、ゲームマスターの姿がモニターから消えた。代わりに映るのは20:00の文字。

 春樹は告げられたゲーム内容を頭の中で繰り返しながら、粉砕機と足元に転がっている刃物や鈍器を見回した。

 他の者達も同様、粉砕機や刃物、モニターを見上げている。それぞれが怪訝な顔をし、そして他の者達がどういう行動をとるかを窺いながら……。


 といっても頭の中では、


『飛び込みたい』


 これで満場一致である。


『凄い! 僕こんな装置見た事ありません! 飛び込んでみたい!!』

『滑り台のあとにグシャァって事でしょ? 超楽しそう!私やりたい! あ、でも下に計測器があるってことは体重がバレちゃう!? 華の女子高生としてはちょっと躊躇う!』

『大型粉砕機か、滅多にお目にかかるもんじゃないな。他所の粉砕機で死ねば大問題で迷惑をかけるけど、ここで死ぬなら合法なわけだ。……合法?』

『滑り台、楽しそう……。この体、十五キロはあるから、平気』


 各々が頭の中で興奮気味に声をあげる。自分が死ぬと争いだしかねない勢いだ。

 既にゲーム開始前に脱落して死んでいる真尋でさえ『こんな面白そうな装置が控えていたなんて……!』と自分の早期脱落を惜しんでいる。

 そんな面々を、春樹はひとまず落ち着くように促した。本音を言えば自分も飛び込みたいのだが、今はゲームを進めなければ。飛び込むにしてもノリノリで飛び込んではいけない。

 一応、自分達は表向きは死にたくないのだから。


「十五キロって……、ここらへんにあるナイフとか集めて入れたら、どうにかなりませんかね?」


 春樹が問えば、銀丈が周囲を見回した。

 次いでふると一度首を横に振る。


「見たところ、搔き集めても十五キロには届かないでしょう。それにここまでの趣味の悪い仕掛けを用意する者が、そんな抜け道を作るとは思えません」


 整った顔付きを渋くさせ、このゲームへの嫌悪を露わにしている。

 到底、機械に飛び込みたいと訴える者の顔ではないが、それはこの場にいる全員が同じだ。

 春樹も同様、内心で湧き上がる機械飛び込みへの好奇心をなんとか押さえて顔では落胆の色を浮かべた。足元のナイフを見つめて小さく溜息も吐いてみせ、先程のゲームでの負傷をアピールするのも忘れない。

 流暢に喋りすぎると真尋から『少し呻きなさい』『もっと顔を顰めて』と指示が入るのだ。さすが監督。。


「そう、ですよね……。そんなに簡単にはいきませんよね。あの棚も、溶接されてるみたいで動かせそうにないし……」/『いっそ誰か一人飛び込んでくださいってルールの方が分かりやすいんですけどね』

「転がっている刃物と鈍器は、投げ入れるのではなく別の目的のために用意された……、と考えた方が良いでしょうね」/『これだけ魅力的な装置なんですから、こっちとしても勢いよく飛び込みたくなりますよね。うっかりツルっと足を滑らせて、スルーっていってグシャァっていうのはどうでしょう』

「……別の目的。僕達が体の一部を切り落として……、ってことですか」/『それはある意味面白くはありますが、多分ゲームマスター達の望む面白さじゃないと思います。僕的にはとても面白いんですが』


 どれだけ面白くとも、さすがに足を滑らせて落ちるのは無しだ。ゲームマスターが提示した通りにゲームを進めたうえで死ななくては。

 つまり今回のゲームの場合、足元に転がっている刃物で手足を切り落として十五キロに到達させるか、もしくは一人を犠牲にするか……。

 前者の方法を取れば苦痛に呻き四肢を切り落とす陰惨な姿を、後者の方法を粉砕機に巻き込まれて死ぬ様を晒す。そしてどちらせよ誰が犠牲になるのかという押し付け合いの醜い様も披露することになる。


「自分でなんて、そんなのできるわけないよ……」


 春樹と銀丈の話を聞いていた紅子が悲痛な声をあげた。

 足元の斧を見る表情は恐怖に染まっている。

 だが恐怖し拒否の声を漏らすのは当然だ。自らの手足を切り落とすなど真っ当な人間ならば出来るわけがない。……自分達が真っ当な人間ではないのはさておき。


「常盤さん、落ち着いて。怖がるよりも考えよう」

「そ、そうだね……。ここで怖がってたら向こうを楽しませるだけだもんね」


 錯乱しかけた紅子が春樹の慰めによって落ち着きを取り戻す。震える声と今すぐに泣きだしそうな顔だが、それでも春樹を見上げてはっきりと頷いて返してきた。

 それに対して春樹は安堵の表情を浮かべ、次いで足元に転がるナイフを見た。

 刃零れと錆が目立つ。ナイフとして機能するのか微妙な代物だ。ゲーム内容を知る前は扱いが杜撰なだけかと思っていたが、今となってはあえてこんな刃物や鈍器を選んだのだと分かる。


 粉砕機に十五キロのナニカを投下しないといけない。

 そのナニカは何か。どうやって投下するのか。


 答えは足元に転がっている刃物にある。

 これで人体の一部を切り取り、粉砕機に投げ入れろという事だ。

 どの刃物も刃零れし錆着いているのは、切り落とす際に時間が掛かりより苦痛を耐えるためだろう。そして不自然に点在する仕切りのような棚は、きっと争い逃げ惑う時の盛り上がりを演出するための舞台装置。だだっ広い中で争わせるよりも映えると考えたに違いない。


『ゲームマスターの希望としては、これで僕達に切り合いをしろって事だよね。どうしようか。とりあえず誰か手首を切り落とされる流れで様子を見ても良いけど』

『突き落とされるっていうのも有りじゃない? 争って切られた人が投げ入れる瞬間に誰かが突き落とすとか。春樹が自分で飛び込んだように見せかけて、実は私が突き落としてた……、っていうのも良いかもね』

『それ良いね。もしくは前回のゲームで嘘を吐いていた銀丈さんが本性を見せてメグちゃんを投げ込むとか』

『あ、それも面白い! こんな大掛かりな装置なんだもん、こっちもちょっとぐらい面白さを提供しないとだよね!』


 実際のテンションとは真逆、脳内での紅子は興奮気味である。楽しそうで実際ならば飛び跳ねんばかりだ。飛び跳ねた勢いで粉砕機に飛び込みかねない。

 当てられて春樹も自然とやる気になってくる。もっともこの場合、やる気になるというのは惨たらしく死ぬという事なのだが。


 そんな会話に、流星の『ちょっと待ってくれ』という言葉が割って入ってきた。

 彼は前回のゲームでの負傷があるため、あまり活発に動かないように監督もとい真尋から言われている。それに忠実に従い、粉砕機について話をした後は覚束ない足取りで離れ、終始壁に背を預けて座っている。

 スカジャンの胸元を強く掴んでいるのは傷みアピールだ。


『俺はこのゲーム、積極的には参加出来ない』

『参加できない? 流星さん、どうしてですか?』

『前にも言った通り俺は不老不死、どれだけ死のうとも肉体が再生されるんだ。今も折れた肋骨がメキメキ鳴りながら治ってる』


 曰く、どれだけ肉体が破損しようと元の形に完全再生されるらしい。掛かる時間は損傷の度合いによるが、肉片レベルの破損でも長くて一週間程度。骨折ならば数時間、片腕や片足だと一日から数日。

 今ある肉体が死ぬと【生まれ変わり】という形で別の肉体を得る春樹とは違う。否、違うのは春樹と流星だけではなく、妖の紅子は『この体を直す事も出来るし、この体を捨てて家に帰って新しい体に入る事も出来る』とのこと。地縛霊の真尋は『気合いで受肉して飽きたら使い捨て』であり、天の使いの銀丈と死神のメグは口を揃えて『上からの支給品』だという。

 共に同じ人間の肉体ではあるものの、実際は三者三様である。


『それで、どうしてこのゲームは駄目なんですか?』

『腕や足を切る程度だと、ゲームやってる最中に再生しかねないんだ。どれだけゲームに付き合わされるのか分からねぇが、時間が経つにつれて切り落としたはずの腕が伸びてたら向こうも気付くはずだ』

『なるほど、確かに……』

『それに粉砕機に落ちたとしても十五キロで止まるわけだろ? 俺の体だと多分腰まではいかないだろうな。つまり中途半端なところで止まっちまうわけで、その後ずっと死んだふりしないといけない。しかも再生しながら。それは嫌だ。脱落するとしても細切れになって誰かに持って行ってもらいたい』


 最後のゲームまで見届けたい、と個人的な意見を訴えて流星が話を締めた。


『肉体の損傷にも違いがあるんですね。そうなると死ぬ順番も考えないと。せっかくだし最後まで皆で頑張りたいですもんね』


【最後の一人になるまで皆で頑張って良い具合に死にたい】

 きっとまともな人間が聞けば首を傾げる話だ。頭がおかしくなったのかと疑われても仕方ない。

 だがこの面子ならば話は別だ。現に、既に首の小型爆弾を作動させられて死んだはずの真尋もこの場に居り、姿こそ見えないが頭の中での会話に平然と加わっているのだから。


 春樹の話に、全員が同意を返してくれた。

 不思議な縁で出会ったが、既に心は通じ合っている。これはきっと生涯の、むしろ生涯がない自分達には永遠と言える友情になるだろう。

 そんな期待が春樹の胸に浮かんでいた。


 友情を元に話し合う内容は、どう裏切ってどう殺し合うかの算段なのだけれど。


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