第9話:SideGM 第一のゲーム



 モニターには六人から五人に減った男女が鉄の椅子に座り拘束される様が写されている。

 両サイドには個人の顔がよく見えるように個別の映像。テレビ番組のメイン画面とコメンテーターを映すワイプのような構図だ。


「あんな弱々しく話すだけじゃ足りないわ。もっと醜く顔を歪ませてくれないと」


 とは、早々に脱落した峰真尋に賭けていた蘇芳。

 脱落は死と同義であるデスゲーム参加者達と違い、こちら側の脱落は勝利の可能性を失うだけなのだから気楽なものだ。

 もちろんゲームの続きを観戦することは出来るため、蘇芳は先程と変わらず、ボディラインをやたらと強調したワンピースでソファに腰掛けて優雅にワインを飲んでいる。

 彼女の興味はすっかりと常盤紅子に移ったようだが、先程の常盤紅子と日下部春樹のやりとりはお気に召さなかったようだ。

 不条理なゲームに参加させられた年若い男女。怯える少女を少年が励まし、更に自分が庇うと男を見せる。絵になるやりとりだが、絵になるからこそ蘇芳の癪に障るのだ。


 だがいちいちご機嫌取りをしていては時間の無駄。

 そう判断し、ゲームマスターはモニターの前に背筋を正して立ち一同を見回した。発言の気配を感じてか、欲望まみれのぎらついた視線がゲームマスターに向けられている。


「今回のゲームは余興として参加者達がどのボタンを押したかは皆様にも開示致しません。ゲームがスムーズに進行するか、誰かが裏切るのか、そして誰が裏切るのか……、皆様もお楽しみ頂けるようになっております」


 観戦と賭け、そこに推理の要素も加える。まるで親切心のようにゲームマスターが告げれば観客達の瞳がよりぎらついた輝きを強めた。

 口々に「それは楽しみだ」だの「私達も騙されるかもしれないのね」と話し、一挙手一投足見逃すまいと画面に視線をやった。



 ◆



 画面では今まさに一回目のボタンが押されようとしている。

 先陣を切るのは八幡流星だ。一回目はまず彼だけが【進】のボタンを押し、他は【止】のボタン。

 八幡流星はいかついと言う程ではないが中々に鍛えているようで、緩く着ているスカジャンからでも恵まれた体躯と分かる。いかに装置が無情に作動しようとも一段回目ならば息苦しい程度だろう。


 全員のボタンが押し終えたのか、装置が機械音をあげだした。

 五台分の装置の稼働音。本来ならば六台稼働するはずだが峰真尋の早期脱落により一脚は空席となっている。

 だが五台でも十分な音量になる。そもそも参加者達にプレッシャーを与えるため、機械の稼働音は煩く感じられるほどに設計されているのだ。

 唸りをあげて装置が稼働し終えると、画面に映る八幡流星の顔が一瞬険しくなった。


「……っ」

「八幡さん、大丈夫ですか?」


 気遣いの声を一番に賭けたのは日下部春樹だ。

 他の者達も八幡流星の様子を口々に窺っている。


「一段回目ならたいしたことねぇ。満員電車よりマシだ」

「そうですか……」

「いちいち確認してるほど時間の余裕は無いからな、さっさと二回目を押すぞ」


 余裕のあるうちに進めておきたいのか、八幡流星が皆を急かす。

 それを聞き誰もが二度目のボタンを押した。


 このゲームの終了条件は【合計で二十段階まで装置が進む】これだけだ。

 各装置は最大で十段階まで進行するので、極端な話だが二人が十段階を担えば他の者は無傷で済む。といっても胸骨が折れる苦痛に耐えながら自らボタンを押し、更に苦痛を悪化させられる者はそう居ないだろう。

 過去、自棄になり自ら死のうとボタンを押し続けた者もいたが、六段階目あたりで苦痛に負けて泣き言を口にしボタンを押さなくなった。

 どれだけ覚悟があろうとも生還を諦めようとも、そこに苦痛が伴うのなら心は折れやすくなる。それが自ら操作しなくてはならないのなら尚更だ。死に至るまで進められる者など居るまい。


 果たして八幡流星は自ら宣言したように六段階目までを担う事が出来るのか。

 彼だけではない、五段階まで押すと決まった二人の男、日下部春樹と久我銀丈が途中で放棄する可能性もある。


 二回目に【進】のボタンを押すのは八幡流星・日下部春樹・久我銀丈の三人だ。

 再び機械の稼働音が鳴り響き、三人が小さな呻き声をあげた。


「苦しいけど……、まだ一段回目なら平気ですね」

「そうですね。ですが長く味わっていたいものでもありません。身体的な負担を考えても早く終わらせた方がいい。皆さん、ボタンを押しましょう」


 日下部春樹と久我銀丈の短い会話だけで二回目は終わり、早々に三回目、四回目と進んでいく。

 稼働音は五台等しく鳴り響くが、実際に進行しているのは男三人の装置だけだ。

 四回目ともなればさすがに圧迫感に耐えきれなくなったのか、八幡流星が大きく咳込んだ。


「八幡さん、大丈夫ですか!?」

「これぐらい、どうってことねぇ……。それより次だ。さっさと終わらせるぞ」


 どうという事はないと言いつつも、八幡流星の声は誰が聞いても苦しげである。

 息も荒くなっており、モニターの右下に映し出された彼の顔は明らかに苦痛を感じた表情だ。


 だがその表情はこのゲームを観戦する醍醐味の一つでしかない。

 参加者が苦しめば苦しむほど観客は興奮する。とりわけ、他の面々もだが八幡流星も整った顔をしている。ぱっと見では柄の悪い不良といった風貌だが端正な顔をしており、言動の端々に育ちの良さを感じさせるのだ。

 そんな男が理不尽な苦痛に呻く。その光景は安全圏で楽しむ絶対的な強者達に悦を与える。


 そして同時に、彼の取り繕いきれぬ苦痛の声は他の参加者達に恐怖も与える。

 とりわけ日下部春樹と久我銀丈は自分達も彼と同じ苦痛を味わわなければならないのだ。その圧に耐えきれるのか。


「次はみんな動かすんだよね……」


 震える声で常盤紅子が確認をしてくる。

 それに対する返事は稲見メグの啜り泣きのような弱々しい声と、日下部春樹の掠れた声だった。


「日下部君、大丈夫? も、もう無理なら私が……」

「大丈夫、だよ……。ちょっと苦しいだけだから……」


 この時点で日下部春樹は既に三段階まで装置を進めている。

 圧迫感はかなりのものだろう。下手したら肋骨にヒビが入っているかもしれず、とうてい「苦しいだけ」などという生温いものではない。それでも余裕を見せようとするのは自らが常盤紅子を庇うと決めた責任感からか。

 日下部春樹の気概に背を押されたのか、常盤紅子が「……押すね」とか細い声ながらに覚悟を決めて告げた。


 五回目の稼働音。

 それに続くのはそれぞれの呻き声。まだ弱い圧迫しかないはずの常盤紅子も恐怖心からか呻き、幼い稲見メグはついには我慢が出来なくなったのだろう声をあげて泣き始めた。

 四段階目まで進行した日下部春樹と久我銀丈は呻き声と共に呼吸を荒くさせ、モニターの端に必死に息を吸う彼等の苦悶の顔が写る。

 そして五段階目まで進んだ八幡流星に至っては顔色を青ざめさせ、苦痛に耐えるために歯を食いしばっているが歯の根が合わずに震えている。額に玉のような汗が浮かび、呼吸どころか唾液を飲み込むことも出来ないのか口の端からは唾液が伝い落ちていった。


 だがこれで装置は合計十五段階を刻んでいる。

 つまりあと一周、全員が【進】のボタンを押して耐えきれば終わりだ。


「次で終わりです……。次、で、」


 苦痛の声ながらに解放の期待を抱き、日下部春樹が声をあげる。

 その声が終わるや否や、最後になるはずの稼働音が響いた。


 それぞれの苦悶の声があがる。

 恐怖に駆られた常盤紅子の悲鳴じみた声、それに煽られて稲見メグがより激しく泣く。日下部春樹と久我銀丈も耐えきれないと声をあげ、誰より苦悶の声をあげたのは八幡流星だ。

 五段階目で既に彼の肋骨は折れていたはずだ。そこを更に圧迫されたのだから、仮に彼が日頃から鍛えていたりその風貌に似合った喧嘩三昧な日々を送っていても悲鳴をあげるのは仕方ない。


 だがこれでゲームの終了条件は満たされた。


 ……はずだった。



 ◆



「これは面白い事になりました」


 とは、手元にある二つのタブレット端末の内の一つ、背後の大型モニターと同じ映像を映す端末を眺めながらのゲームマスターの言葉。

 今まで通りの淡々とした口調の中に、それでも微かに愉悦の色が混ざっている。

 なにせモニターの中ではまだ各々が呻き声や泣き声をあげており、装置が彼等を解放させる素振りを一つとして見せないのだ。


 故障。

 ……ではない。


 参加者や観客にこそ個々が押した回数は提示されてはいない。だがゲームマスターの手元、モニターと同じ映像を映す端末とは別のもう一つのタブレット端末には、しっかりと回数が表示されている。

 何段階目まで装置が進行しているのか、誰がどのボタンを押したのか。八幡流星だけが装置を動かした一回目から本来ならば開放されるはずの六回目まで、全てがタブレットに表になって映し出されている。

 仮面越しにそれを一度見やり、再び顔を上げた。

 ゲームマスターのその仕草でこれが故障ではないと判断した客達が笑みを浮かべる。故障ではないという事はつまり、誰かが裏切ったという事だ。


「良いじゃないか、やはりゲームはこういうイレギュラーが起こらないと」

「そうよ。ただゲームを見てるだけじゃつまらないわ。それより誰が裏切ったのかしら。こっちで見ていても分からなかったわね」

「少なくともあの中の一人が裏切っているんだよな。そうとは思えない痛がり方だが、いったい誰なのか……。毎度いい人材を見つけてくれる」


 この展開がお気に召したのだろう観客達が期待を高めていく。

 他人が苦痛に声をあげ恐怖し死ぬところを好むような者達なのだ、当然、人が裏切り疑心暗鬼に陥る様だって好む。

 そんな観客達の期待に応えるように、モニターから悲鳴じみた声が上がった。

 常盤紅子だ。


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