第8話:裏切りを生む鉄の椅子
「くそっ、よくこんな胸糞悪いゲーム思いつけるな」
苛立ちを露わに流星がモニターを睨みつけた。
だがいくら暴言を吐こうと睨みつけようとゲームが中断されるわけもない。残り時間は刻一刻と減っているのだ。
「ここで文句を言っていても時間の無駄です。どう回数を振り分けるかを考えましょう」
感情を出す流星とは逆に、銀丈は落ち着いている。
もっとも、それは表での事だ。二人が【感情的な男】と【冷静な男】という真逆な性格を演じているに過ぎない。
なにせ脳内では……、
『二十か。ここで死ぬとしたら一人に偏らせる必要があるが、どう持っていくかが考えどころだな。さっき真尋が自棄になって死んだから同じ手を使うのもつまらねぇ。かといって他人のボタンは推せないから一人に押し付ける流れにするのも難しいな』
『早く座ってみましょうよ! あ、見てください、子供用の椅子が用意されてますよ。メグさん用ですね。これに僕が座ろうとしたらどうなりますかね、ゲーム放棄で首が吹っ飛ぶかもしれませんね!』
と、脳内ではこれまた逆転しているのだ。
表立っては感情的に怒鳴ったり怒りを露わにする流星だが、脳内の会話では真面目にゲーム攻略を考えている。その攻略が【いかにして被害を少なくするか】ではなく【いかにして自然に死ぬか】なのだが、それは死なない身で死のうとしているのだから普通の事である。当然だが誰も指摘しない。
対して銀丈は表では落ち着き払った態度をしているが、内面では子供のように興奮している。砕け散り原型を留めないまでにひしゃげたマネキンを前にしてもなお『面白そうな機械』という感想である。
二人の態度は表でも裏でも逆転しておりどちらも温度差があるが、温度差に関しては自分達も同じようなものか。
そう春樹は考え、ひとまず表では怯えと躊躇う高校生を演じようと、弱々し気な声を取り繕って「どうしましょうか」と銀丈に問いかけた。不安を抱く少年が落ち着いた大人の男に相談する、こんな風に。
「全員で二十回……。僕達は五人だから一人四段階で扉が開くんですよね」
「峰さんがいないことが早々に影響してきましたね。しかし、一人で四回……。先程ゲームマスターは目安として五段階目で肋骨が折れると言っていました。威力を考えるに、四段階目か、早いと三段階目で骨にヒビが入るかもしれません」
「え……」
無意識に春樹は己の胸元に手を添えた。
今まで幾度となく【十七歳までの人生】を繰り返してた中で、骨にヒビや骨折という負傷は何度もあった。自然とその記憶が蘇る。
幼少時、家の階段から転げ落ちた。保育園では遊具から落ちた。進学してからも遊んでいる最中や体育の授業中に負傷し、骨にヒビが入ることや折れた事がある。一昔前は今ほど大人から子供への体罰も問題視されておらず、それで骨を痛めた事もある。
といっても、それらは同じ人間としてではなく別の人生でだ。幸い今の人生では骨にまで影響する怪我は経験していないが、思い返せば前回は酷く暴力的な親の元に生まれ、酒に酔った父親に殴られて骨を折った。医師には家の中で転んだと嘘を吐くように脅されたことも思い出す。
「骨にヒビが……」
「軽いゲームとは言っていましたが、だからといって無傷で済ませる気はないようですね」
銀丈の声は落ち着いているが、静かな怒りを漂わせている。
そうして彼は目の前にある一脚の椅子を眺め、座面や背板を確認すると「これにします」と告げてきた。
ならばと春樹も自分の椅子を決めようとし、頭の中で紅子が『怖がるから誰か宥めてよ』と提案するのを聞いて足を止めた。
見れば彼女は身を縮こませるように腕を掴み、怯えを宿した表情を浮かべている。春樹と視線が合うとずりと後退りをし、拒否を示すように首を横に振った。
「装置が動いたらあのマネキンみたいになるかもしれないんでしょ? そんなの嫌だよ……、私、座りたくない……」/『ほら、可憐な美少女が怖がってるよ! 誰か慰めて!』
「常盤さん、怖いのは分かるけど座らないと時間切れになっちゃうよ」/『慰めるって、こんな感じで良いの?』
「でも……、肋骨が折れるなんて、そんな……」/『お、いいねぇ。春樹君、優しい声で諭す。ポイント高いよ!』
脳内での紅子の声はさておき、表向きの彼女は怯えた少女そのものだ。
春樹は彼女の元へと歩み寄ると、腕を掴む手にそっと触れた。脳内では既に脱落している真尋が『キスよ!ここでキスしときなさい!』と煽ってくるし、黙って様子を見ている他の者達もそれとなく期待の視線を送ってくるが、さすがにキスまではしない。
「常盤さん、落ち着いて。このゲームは簡単だよ。皆に割り振れば死んだりなんかしない」
「で、でも、骨が折れるかもしれないんでしょ……。自分でボタンを押してそんなの……、私、出来ないよ」
震える声で紅子が訴えた。顔を上げているのも辛いのか俯き、呼吸が乱れている。
頽れて泣き出してもおかしくないほどに彼女の精神状態はすり減っている。目の前で人が無惨に死に、そして趣味の悪いゲームに参加しろと迫られているのだから、普通の少女ならば耐えられるわけがない。……実はまったくもって普通ではないのだが、それはさておき。
そんな紅子を前に、春樹はどうすべきかと考えを巡らせた。
どうすればそれっぽく紅子を納得させる流れにもっていけるか。
どこかで見ている観客はどんな展開を望んでいるのか……。
「常盤さん、怖いなら常盤さんは押さなくて良い」
紅子の腕を掴む手に力を入れ、春樹は断言した。
「僕がきみの分もボタンを押す」
この言葉に紅子がパッと顔を上げた。「え?」と掠れた声が彼女の喉から漏れる。
「そんな、日下部君、でも……」
「僕、こう見えて結構頑丈なんだ。だから大丈夫」
紅子を落ち着かせるため、春樹はあえて笑ってみせた。うまく笑えず頬が引きつってしまうのだが。
といっても、このぎこちない嘘の笑顔も含めて演技である。なにせ脳内では『良いねぇ春樹君、男らしいよ』と紅子が普通に話しかけてくるのだ。それでいて表では儚げな表情のままで、春樹の言葉に対して小さく頷いて返してきた。
そんな相変わらずな温度差の中、考え込んでいた流星が「そうだな」と呟いた。
「確かに全員で四段階だと女子供には不利かもしれないな。特にガキは骨にヒビが入ったら泣き喚いてゲームどころじゃなくなるかもしれない。次に控えてるゲームが何なのか分からない以上、全員骨にヒビが入って動けませんって状態は避けた方が良いだろう」
仮にこれが普通の人間達のデスゲームだったなら、という前提があるものの、流星の話は尤もである。
それにゲームマスターは五段階目から骨が折れるかもと話していたが、それはあくまで目安でしかない。人体の頑丈さなど人によって変わるし、そもそもゲームマスターの話を全て鵜呑みにするのも危険が伴う。
だがそうなると誰がどう押すかが問題だ。
どう振り分けるか。
どう振り分けたうえで自然な流れで死ぬか。
『自棄になったふりでボタンを連打して……、っていうのも考えたが、取り乱して死ぬってのはさっきの焼き直しみたいだしなぁ』
『やだ流星ってば、私の時と違って今は舞台がちゃんと整ってるのよ? 二番煎じなんて面白くないことしないでよ』
『本人もこう言ってるわけだし、錯乱して自爆のコースは無しだな。あと真尋のあの演技力には勝てる気がしねぇ』
そんな流星と真尋の会話の末、ひとまず今回はゲームを切り抜ける事になった。
ゲームマスターが「準備運動のような軽いゲーム」と言っていた通り、今回のゲームはよっぽどの事が無い限り死者は出ない。痛み苦しみはするだろうが。
「女と子供はボタンを押すのは最後の二回で良い。お前達は五回だ」
流星の視線が春樹と銀丈に向けられる。反論を許さぬ鋭い眼光だ。
春樹は元より紅子の分を庇うつもりだったのだから異論はない。覚悟を匂わせる声で「はい」と返した。
銀丈も相変わらず表面では済ました様子を取り繕い「……分かりました」と、僅かな間の後に返事をした。ちなみに脳内では『はーい!』という明るい声を出している。
「常盤さんとメグちゃんが二回で、僕達が五回。でも、あと一回は?」
「言い出したんだ、俺が押す」
「え、でもそうしたら八幡さんが……」
「自慢にもならねぇが骨を折る程度なら何度も経験してる」
詳しくは語らず端的に説明し、流星が「座るぞ」と皆に声を掛けた。
手近にある一脚に彼が腰を掛ける。一瞬緊張した表情を浮かべたものの、すぐさま「さっさとしろよ」とこちらを急かしてきた。
「座ろう、常盤さん。そろそろ時間が無くなる」
「……うん」
そっと手を引き、紅子を一脚に座るように促す。
見れば銀丈もメグが座るのを手伝っており、次いで先程自ら確認した椅子に腰かけた。春樹も彼等に続き紅子の隣の椅子に座る。
ひやりとした鉄の冷たさ。触れる箇所すべてが硬く、椅子であっても休息とは縁遠い。長時間座っていれば体を痛めるだろう。
背を向けるように配置されているため、椅子に座ってしまうと誰の姿も見えなくなる。何もない誰もいないコンクリートの殺風景な部屋が眼前に広がると、死への恐怖心のない春樹でさえ言いようのない不安に駆られた。
まずは首にベルトを巻く。頭が背板に固定されて正面しか見えなくなり、次いで肘置きの装置に腕を通すと手首が硬く固定された。上半身が殆ど動けなくなる。
自分自身を拘束し終えると、まるで最後の仕上げと言わんばかりに頭上の装置が動き、ゆっくりと不気味な機械音をあげて迫ってきた。
「……っ!」
機械が眼前に迫り、顔の前を通って胸元に当たる。
思わず春樹が言葉を詰まらせた。
『これは……、なかなか迫力がありますね』
『えー、なにそれ楽しそう。私もやりたかったわ。幽体だから座ってもボタン押しても反応してくれないし』
『真尋さん、座ってるんですか?』
『座ってるし、ボタン押しまくってるわよ』
幽体の真尋も参加する気満々だが、残念ながら圧迫されて潰れる肉体を持たない彼女はゲームには参加できない。
装置はそんな彼女を除いた全員の胸元に降りて来たようで、胸に触れるとそのまま固定された。まるでジェットコースターの安全装置だ。
不自由さに拍車が掛かる。息苦しいのは胸を押さえられているからか、それとも上半身を拘束された事から無意識に呼吸が荒れているのか。
誰もが機械に圧倒される中、ブツと音が聞こえてきた。モニターの画面が切り替わったのだろう、だが春樹はモニターに背を預けているため何が映っているのかは分からない。
「皆様準備が出来たようですね。ではこれよりゲームスタートです。……あぁ、そういえばお伝えし忘れていたことがありました」
さも今思い出したかのようにゲームマスターが話を続ける。
伝え忘れたと前置きした割には声に慌てる色が無いあたり、元々このタイミングで話そうとしていたのだろう。白々しい。
「【止】のボタンを押しても全員のボタンが押された時点で装置の稼働音はします。そして、誰が何回ボタンを押したかは参加者の皆様には分かりません」
「それって……」
「では皆様、改めてゲームスタートです。ご検討をお祈りしております」
ブツンと再び音が聞こえてくる。画面が見える位置に座った銀丈が「残り時間のカウントダウンが始まりました」と教えてくれた。
いよいよゲームが開始される。
準備運動のような軽いゲームと言われていたが、やる方からしたら苦痛を強いられるゲームだ。全員に割り振れれば死にはしないが、それでも装置が最大で十段階まで進むあたり【決して死ぬ可能性は無い】とは言い切れない。
『……騙し合いのゲーム』
と、頭の中で話しかけてきたのはメグだ。
元より無口なのか彼女は表でも頭の中でもあまり話をしてこない。会話が盛り上がるとポツリポツリと加わる程度だ。
そんな彼女の呟きに、誰もが疑問を抱いて問い返した。
『騙し合いって、どういうこと?』
『さっき、追加で言ってきたこと。装置はどっちのボタンを押しても音がする。誰が何回押したかは分からない』
『それが……、あぁ、そっか』
全員が背を向けて座っているため、誰がどのボタンを押したかは分からない。
……つまり、【進】のボタンを押すと言って【止】のボタンを押しても誰にも分からないという事だ。結局は合計で二十段階まで進まないとゲームは終了とならないのだが、嘯いて苦しむふりを続ければ痺れを切らした誰かが苦痛を被ってくれるかもしれない。
土壇場で説明をしたのも話し合いや結束を避けるためだろう。まだ深く知り合えていない今ならば、裏切り者が出て【軽いゲーム】が疑心暗鬼を生むかもしれない。それをゲームマスターは期待しているのだろう。
今更その趣味の悪さを言及する気は無い。
だが彼等の期待に応えてデスゲームらしく死ぬと決めたのなら、何かしらの裏切り行為をするべきなのだろうか。
そんな春樹の考えを肯定するように、頭の中で一人が話し出した。
『それなら……』
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