第7話:最初のゲーム


 再び元の部屋に入れば首の小型爆弾が作動しかねない。そう考え、真尋の遺体は最初の部屋に放置する事となった。

 せめて無惨な断面を見せる首を隠してやりたいが、それをしようと入室して彼女の二の舞になっては元も子もない。

 なにより、真尋の遺体こそ今も無惨に転がっているものの彼女の意識はまだ健在なのだ。見えこそしないが元気に話しかけてくる。

 試しに春樹が『遺体をそのままにしてすみません』と謝罪すれば『気にしないで』と気軽に返してきた。これは気遣いや優しさではなく、本当にどうでも良さそうな『気にしないで』である。曰く、時折気紛れに受肉しており器でしかない肉体にさほど未練も執着も無いのだという。


『それより次よ、次! 何が来るのかしら。誰が死ぬ?』


 隣の部屋に自分の遺体があるとは思えないほど楽し気に真尋が急かしてくる。

 死への悲しみやデスゲームに対しての絶望は何もないが、とうの昔に死んだ地縛霊からしたらそういうものなのだろう。

 次の瞬間、春樹の体がひやりした寒気を感じとった。例えるならば夏場に冷蔵庫の扉を開けたような、冷気が通り抜ける際に肌を掠める感覚。きっと真尋が横をすり抜けて行ったのだろう。


『ねぇ、見てこれ!』


 彼女の弾んだ声が脳内に響く。

 その代役を務めるように、ふらと力ない足取りで部屋の中央に寄っていった紅子が「ねぇ、見てこれ……」とか細い声で告げてきた。死を目の当たりにした絶望の声、悲壮感が漂っている。

 言葉こそ同じでも声色や口調を変えるだけでこれほど違うのかと感心さえしかねない。


「これが次のゲームなの?」


 怯えを孕んだ紅子の声。

 彼女の目の前には大掛かりな装置を模した鉄の椅子が七脚。六脚は各自が外を向くように配置されて六角形を描き、中央はまるでステージのように段差があり一脚の椅子が置かれている。

 外周を囲む六脚は空席だが、中央の一脚にはマネキン人形が置かれていた。鉄の椅子に何も飾られていない素体のマネキン、マネキンの胸部には鉄の装置が嵌められており、その光景は異質としか言いようがない。


「なにこれ、私達も同じように座れっていうの……? そんなの嫌だよ……」/『なんかお尻痛くなりそうで嫌だわ。座布団が欲しい』


 表立っては怯えながら、脳内という裏では座り心地に文句を言いながら、紅子が拒絶の意思を示す。

 これには春樹も同意だ。あの鉄製の椅子と装置がただの設備なわけがない。碌な目に遭わないのは火を見るよりも明らか。

 かといって嫌だ無理だで押し通せるとも思えないのだが……。

 そう考えていると、室内にブツと覚えのある音が響いた。今回の部屋にもモニターが設けられており、そこに映るのは仮面の男ゲームマスターだ。


「これより最初のゲームについて説明させて頂きます。最初は準備運動のように軽いゲームをご用意したのでご安心ください」

「こんな状況で安心だのふざけたこと言うんじゃぇよ!! まっ……、あの峰って女、本当に死んじまったじゃねぇか!」


 流星がモニターに向けて怒鳴りつける。

 一瞬真尋のことを名前で呼びかけたが、それは怒声と勢いで誤魔化したようだ。


 そうか、呼び方。

 春樹は心の中で呟いた。脳内ではなく心の中で。この使い分けもいつの間にか出来るようになっている。


 メグにつられてか気付けば下の名前で呼び合うようになっていたが、声に出す時は苗字で呼ばないといけない。モニター越しの観客達からしたら、自分達はまだ出会って数十分の何の共通点も無い、なおかつ、名乗るだけで殆ど黙っていた『仲』とも言えない関係なのだ。

 そう春樹が心の中で己に言い聞かせ、尚且つ頭の中で『気をつけましょう』と皆に声を掛けた。各々が返事をし、更に流星はモニターに対して怒鳴りながらも『さっきちょっとやばかった』と己の失態をあっけらかんと話してきた。


 もちろんこの会話はゲームマスターには聞こえていない。

 それどころか実際に声に発している流星の罵声にすら耳を貸さず、淡々と「ルールを説明します」と喋り出した。


「皆様にはそれぞれ椅子に座って頂き、首と腕を固定して頂きます。それが終わると上部にある装置が皆様の胸まで降りてきますので、そこでゲーム開始です。その後は終了条件達成まで手元のボタンを操作してください」

「ボタン……?」


 疑問を抱き、春樹は恐る恐る椅子に近付いていった。紅子が上着の裾を掴むのは不用意に動くことを案じているからだろう。

 細部まで拘りの演技を見せる……。と春樹が感心しつつ、ならばと彼女に返すように引きつった笑みを浮かべた。これは案じてくれる紅子を宥めるための、それでいて恐怖を隠し切れない笑みだ。


「大丈夫だよ。装置を嵌め終えたらゲーム開始って言ってたから、近くで見る分には危険はないはず」

「そうかな……。それなら私も行く」


 何かあったら庇い合えるよう、身を寄せながら椅子に近付いていく。

 無機質な鉄の椅子。これが人を殺すための道具だと考えれば途端に狂気じみた禍々しさを感じさせる。

 肘置きには同じく鉄製の輪が設けられており、座ったらこれに腕を通せという事なのだろう。大方、腕を通せば固定してくるに違いない。見れば首も固定させるための皮のベルトが垂れ下がっている。

 そしてゲームマスターの説明にあった通り、右側の肘起きの先、ちょうど手が置かれる位置に二つボタンがあった。鉄の椅子に黒いボタン、赤い文字で【進・止】と書かれており、説明せずとも作用は分かる。。


「皆様には同時にどちらかのボタンを押して頂きます。【進】のボタンを押すと胸部を押さえる装置が締まり、【止】のボタンは作動音はしますが実際には稼働せず停止したままです」


 ゲームマスターの説明に、春樹は頭上の装置と手元のボタンを交互に見た。

 鉄の装置は下ろせば鎖骨から鳩尾あたりまでを覆うはずだ。体を鉄の装置で覆われ腕を固定されては碌に動けず、それだけで圧迫感を感じるに違いない。

 その装置が次第に胸を締め付けていけばどうなるか。


「全員のボタンが押された時点で装置が動き、【進】のボタンを押した方の胸部を圧迫します」


 淡々と説明し終え、ゲームマスターが一度言葉を止めた。

 いったい何が、とモニターを見ていると、次の瞬間にガチャン!と機械音が部屋に響いた。不意打ちの音に心臓どころか体が跳ね、音のした方へと向く。

 音がしたのは椅子の一つ。中央に置かれたものだ。段差を設けて高くしてあるのはこちらに見せつけるためだったのか。


 再びガチャン!と大きな音がし、椅子に座るマネキンの足が揺れた。腕も頭も固定され胸部を装置で覆われているため動かせるのは足だけで、ゆえに足が不自然に跳ねる。

 遠目には装置の細かな動作は分からないが、きっとマネキンの上半身を圧迫しているのだろう。


「【進】のボタンを押すと装置は一段階進みます。戻すことは出来ません」


 ゲームマスターの説明に合わせ、ガチャン!ガチャン!と音を立てて装置が動く。そのたびにマネキンの足が跳ね上がり、ギチッと不快な音がそれに混ざり始めた。

 装置の隙間から見えるマネキンの体にヒビが入り不自然に歪む。無機質なプラスチック製だと分かっていても痛々しさを感じるのは人型だからか、それともこの装置があまりに残酷過ぎるからか。


 無惨な末路のモデルであるマネキンは機械音が響くたびに悲鳴じみた音を響かせ、肉片代わりに破片を巻き散らす。

 そうして一層高く大きな音をあげると、跳ねていた足が途端に支えを失いガランと転がり落ちた。腹部が割れてひしゃげ、真っ二つに分断されたのだ。幾度と跳ね上がったせいで足も不自然に歪みあちこちが欠けている。圧迫されていない下半身でさえ無惨だ。

 残された上半身に至っては増していく装置の圧迫で最早原型を留めていないのだろう、見れば両肩が割れて外れており、肩と首も分離しかけている。

 これでは時期に……、と春樹が考えるのとほぼ同時に、また一度ガチャン!と音をたてて装置が動き、ついには一際大きな音をあげて首が砕け胴体と分離された。


 盛大な破壊音を最後に、室内が水を打ったように静まり返った。


 それを破ったのは、マネキンの事など気にもかけずに喋り出したゲームマスター。


「各椅子の装置は最大で十段階まで進みます。目安としては五段階目で肋骨が折れ、七段階目で折れた骨が内蔵に刺さるリスクが高まります。ゲーム終了条件は合計で装置が二十段階まで進む事です。条件に到達すると装置が外れ、次の部屋へ続く扉が開かれます」


 ゲーム内容の説明は相変わらず淡々としている。

 だが春樹達はその説明を聞きつつも、視線は目の前で悲惨な姿を見せるマネキンに釘付けになっていた。


 マネキンの体が、首と、装置に覆われ潰された胸部と、破損した肩からひび割れながら伸びる両腕と、そして床に無造作に転がる下半身に分断されている。周辺には数え切れぬほどの破片。

 当然だが人間の体はこうはならない。……これより陰惨な光景になるだけだ。

 人間の体はマネキンのようには割れたりはせず、ひしゃげ、潰れ、引きちぎれた肉が粘ついた糸を引く。想像するだけで吐き気を催す光景が広がるだろう。

 だが画面の向こうに居るゲームマスターや観客達はその光景こそ望んでいるのだ。それもまた想像すれば腹立たしく不快になる話ではないか。


「まさか、僕達にマネキンと同じ事をしろというんですか……」


 信じられないと言いたげに、銀丈がモニターと椅子を交互に見やった。

 撤回の言葉を求めている声。だがもちろん彼の望むような言葉は無く、ゲームマスターは銀丈の問いかけにも答えず「各自席についてください」と指示を出してきた。


「なお、全員が着席し、装置を装着し終えた段階でゲーム開始とします。開始までは十分、開始後は十五分以内にゲーム終了させてください」

「……話し合う時間も碌に与えずに命懸けのゲームとは、本当に趣味が悪い」

「時間内に開始準備が整わなかった場合、ゲーム放棄と見なして首の小型爆弾が作動し全員脱落となります。開始後、時間内に終了条件を達成しなかった場合は、装置が自動で十段階まで進み全員脱落となります」


 銀丈の悪態にも反応せず、ゲームマスターは淡々と説明する。

 まわりくどい言い回しをしているが、要は準備段階にしろゲーム中にしろ時間内に終了条件を満たさなければ全員殺すという事だ。


「では準備に取り掛かってください」


 その言葉を最後に、画面がぶつと途切れて10:00という数字に切り替わった。

 一秒また一秒と減っていくこの数字は、ゲーム開始までの残り時間。まるで早く準備をするように命じられているようではないか。

 こちらの事情も胸中もお構いなしと一方的に減っていく数字を見ていると、迷い恐怖する時間すら管理されているのかと思えてくる。


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