第6話:SideGM 序章


「あぁやだ、もう死んだの? もっと楽しませてくれると思ったのに」


 不機嫌な女の声が部屋に聞こえた。

 厚い化粧と石の大きなイヤリング、染められた茶色の髪、纏うのは派手目なブランド服。それらを合わせると遠目には若い女性かと思わせるが、目元や首に隠し切れない老いを感じさせる。

 顔も、数え切れぬほど繰り返した手術のおかげで顔の染みやたるみこそ無いが、手を加えすぎたがゆえの不自然な張りを見せている。

 女は上質な二人掛けソファを独占し、サイドテーブルに置かれたワイングラスを手に取るとゆっくりと口を着けた。鮮血に負けぬほど鮮やかな口紅で覆われた唇がグラスからゆっくりと離れ、舌が艶めかしく唇を舐めた。


「峰真尋、脱落です。残念でしたね蘇芳様」


 部屋の前方、大型モニターの前に立ち、仮面の男――ゲームマスターが女を宥めた。

 これに対して蘇芳と呼ばれた女がふんと鼻息で返す。不満を露わにした表情だ。


 自分の賭けたコマが一番に、それもゲームが開始する前に脱落したのだ、不機嫌にもなる。

 もっともそのコマは生きた人間で、恐怖と混乱の中で首に仕組まれた小型爆弾を爆ぜさせられて死ぬという、非道過ぎる脱落の仕方だったのだが、蘇芳には憐れむ色は一切無い。ゲームマスターも、この場に居る他の者達も同様。


「別に勝たなくて良いのよ。でももう少し楽しませてくれないと。わけのわからない内に死ぬなんて面白味が無いじゃない。次からは手足にも爆発を仕込んで、徐々に体が抉れいくってどうかしら」

「参考にさせて頂きます」

「ねぇ、今から別のを用意することって出来ないの? お金なら払うから新しい女を連れてきてよ」

「申し訳ありません。既にゲームは始まっておりますので」


 蘇芳の我が儘に対して、ゲームマスターは謝罪こそすれどもルールを変える姿勢は見せない。

 蘇芳も本気で無理強いする気は無いようで、拒否をされると再びワインを一口飲んで「そう」とあっさりと返した。


「出来ないなら仕方ないわ。後はただの観客としてゲームを楽しませて貰うわね。……まだ若い女も居るし」


 真っ赤な唇で弧を描いて蘇芳が笑う。

 若作りの外見と手術を繰り返した顔、派手な色味の髪、あちこちに飾られた大きな宝石の着いたアクセサリー。無理やりに若作りをしているものの若者では手の届かない高価な装飾をあちこちに施し、それらが一人の女の表面で溶け合えずに分離している。

 笑うとより目尻と口元の皺を深くさせて歪みを見せた。

 太いアイラインと濃いアイシャドウ、それに不自然に膨らんだ涙袋で縁どられた目元が細められ、瞳がモニターに向けられる。


 ちょうどそこには一人の少女が写っていた。常盤紅子だ。

 肩口で綺麗に切り揃えられた艶のある黒髪、モニター越しでもきめ細かさが分かる肌。紺色のスカートから伸びた足もすらりとしなやかで、なにより、纏うセーラー服が身分と若さを示している。

 全身から若々しさが漂う、十代の未来と若さと瑞々しさに溢れた少女。手を加え取り繕う必要のない美しさ。


 だがそんな少女の顔には怯えの色が濃くあった。

 目の前でひとが死に、自分も同じ目に遭いかねないのだから不安を抱いて当然だろう。しがみつく稲見メグを庇うように小さな肩に手を添えてやっているが、彼女とて本当は恐怖を訴え誰かに支えられたいはずだ。

 それでも他人ばかりなこの状況で感情を露わに出すまいとしているのか、恐怖と不安を押し留めて冷静になろうとしている。その健気さは見る者の胸を打つだろう。


 ……見ているのが一般的な常識を備えた者だったなら。


「もっとこの子を追い詰めてよ。絶望で顔を歪ませて、醜い肉塊になって死んでいく様が見たいわ。首の爆弾で一瞬なんてつまらないじゃない。顔も体もぐちゃぐちゃになって死んでくれないと」


 赤い唇を歪ませ頬を不自然に吊り上がらせて蘇芳が要求しだした。本来ならば相応に落ち着くべき年齢のはずだが、瞳は欲深くぎらつかせ頬を紅潮させ、年甲斐もなく興奮している。

 だがその要求に対し、ゲームマスターは努めて冷静に「ゲームに期待をして頂けて何よりです」とだけ返した。

 要求には触れず明確な了承の言葉も返さないのは、一度ゲームが始まるとこちら側の操作には限度があるのと、彼女だけを優遇するわけにはいかないからだ。


 そして内心では蘇芳の要求に対してうんざりだという気持ちもあった。

 この女はゲーム観戦の常連客だが、毎度若く美しい女を希望する。線が細くどことなく薄幸な儚さを持ち合わせた女性だ。そんな女性が理不尽なデスゲームに参加させられ、恐怖し、最後にはその若さも美しさも失って醜い肉片になることを強く望んでいる。

 はたしてそれは性癖なのか、もしくは若く美しい女に恨みがあるのかは定かではない。そこまで深入りするのは禁止されており、リスクを背負ってまで暴こうとする者はこの場には居ない。


 誰もが皆一時的な余興を求めているだけなのだ。

 そしてその余興はまだ始まったばかり。


「峰真尋の早期脱落は残念ですが、このゲームが本物だと参加者達も理解したはずです。これからゲームが本格的にスタートします。皆様どうぞお楽しみください」


 モニターの向こうがやにわにざわつき始めたのを感じて、ゲームマスターが観客達の意識をモニターに向かわせた。



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