第3話:わけ有り六人の死なない理由



『まずは言い出した僕から説明させて頂きますね』


 穏やかな口調で銀丈が話す。いかにも出来た男といった彼の風貌と合わさって、さながらエリート社員の営業トークと言った印象だ。

 だがそんな風貌の銀丈はあっさりと、それでいて口を動かす事は無く、


『僕は神の使いなんです』


 そう言い切った。

 出来た営業エリートサラリーマンが一転して怪しい詐欺師になった気がする。見目の良さと仕立ての良いスーツが途端に怪しさに拍車をかけるのだから不思議なものだ。


 もっとも、春樹はこの話を疑う気は無かった。

 彼の話は確かに突拍子もないものだ。普通であればあり得ないと言い切るだろう。こんな状況で馬鹿な話をと怒鳴りつける者がいてもおかしくない。

 だがそれはあくまで普通ならばの話。

 春樹も普通ではないという自覚はあった。神の御使いではないが。


『神の……、つまり、天使って事ですか?』


 春樹が問う。

 次の瞬間に自分で言っておきながら「あ、」と小さく声を漏らしたのは、先程の問いかけは声ではなく頭の中で発したからだ。

 自分にも出来た。さすがに達成感や嬉しさは無いが「出来た」と心の中で呟く。


『なるほど天使ですか、確かに近いかもしれませんね。そんな感じのものと捉えて頂ければいいと思います。信仰はひとそれぞれ、神や僕達をどう捉えるかも人それぞれですから』

『はぁ……』

『僕のことはご自由に考えてください。それに今大事なのは僕が死なないということ。神の領域には生も死もありません。仮に首にある爆弾とやらが発動しても、造り物のこの肉体が破損するだけの事ですから』


 あっさりと銀丈が説明し『では次は』と話し手を誰かに託そうとする。

 ひとまず自分の素性と死なない理由の説明さえすれば良いと考えているのだろう。残り時間があるのだから手短に済ませるべきなのは確かである。

 彼と同じ考えなのか、もしくは銀丈の素性と説明を受け入れ納得したのか、紅子が『それなら次は私』と名乗り出た。

 もちろん口を開くことはせず。彼女はいまだ部屋の一角に座り込んだままで、ともすれば突然のこの状況に恐怖し立っていられないという風にも見える。

 少なくとも、このゲームをどこかから見ているゲームマスターにはそう見えているだろう。そして絶望と恐怖し立ち上がれずにいる紅子を見てほくそ笑んでいるに違いない。


『私は妖。お父さんが化け狸で、お母さんが九尾の狐なの。これでも妖の中では由緒正しきお嬢様だからね』


 紅子の声は得意げで、そのうえ『お父さんもお母さんも凄いんだよ』と両親を誇る。両親を素直に凄いと誇る女子高校生と考えればなんだか微笑ましい。

 そんな紅子の話に興味を持ったのは流星だ。感心したような声色で『妖か』と呟くと紅子をじっと見つめた。


『伝承は知ってるが実在したなんてな……』

『昔は姿を見せたり人間と共存もしてたけど、今は妖の世界に戻ったりこっちに居ても人間の姿で生活してる妖ばかりだからね』

『なるほどな。それで妖は死なないのか』

『そう。体は傷ついたりするけど死んだりはしない。だって生きたり死んだりっていうのは人間とか生き物の話でしょ』

『生き死には人間と生物の話か。人間以外の意見って言うのは面白な』


 妖もまた生き死にとは無関係。そう語る紅子を流星が興味深そうな表情で見つめる。

 柄の悪い男が年若い女子高校生をじっと見つめる、と考えれば不穏な空気を感じてしまいそうだ。とりわけこんな状況なら尚更、力の強い粗暴な男が自棄になって弱い少女を……なんて物騒な展開になりかねない。

 実際はまったく違い、ただ話をしているだけなのだが。

 そんな会話の流れから、流星が『次は俺が』と話を続けた。


『俺は二人みたいにこれっていうのは無いが……。強いて言うなら、不老不死の錬金術師か』

『錬金術師?』


 春樹が疑問を抱いて流星を見る。

 彼は壁に背を預けて立ったままだ。それだけを見れば話し掛け難いオーラを漂わせているように見える。何か声を掛ければ不機嫌に凄んできそうな雰囲気だ。

 だが声を出さない脳内の会話ではそんな雰囲気も無く、春樹の問いに『そうだ』と肯定してきた。


『現代じゃ研究職みたいなもんだな。まぁ俺は普段はバイトしてるから『不老不死のアルバイター』でもあるんだけど、一応、本業は錬金術師だし、そっちの方が箔が付くだろ』

『それで……、不老不死って』

『文字通り、老いる事も無ければ死にもしない。今の俺のままで七百年以上は生き続けてる』


 曰く、普通の人間が迎える寿命はいつまで経っても訪れずそして体も老いることがない。そして死ぬような目に遭っても元に戻るのだという。

 首を吊っても、体を切り刻んでも、銃で心臓や頭を撃とうとも、高所から落ちようとも……。破損し肉片となった体が次第に形を取り戻して元通りになるらしい。

 これもまた不思議な話ではないか。

 神の使いと妖に負けぬインパクトである。

 そんな風変りな三人に対して『私は地味だわ』となぜか引け目を感じているのは真尋である。

 彼女はメグの隣に腰を下ろすと白いワンピースのスカートをそっと直した。黒く長い髪と合わさって上品な姿だ。


『私は地縛霊なの。といっても、どこにでも行けるし、そもそもどこの地縛霊なのかも忘れちゃったんだけど』

『幽霊? 幽霊は見た事あるけど、こんなにはっきり見えて触れる幽霊なんて初めて』


 紅子がそっと手を伸ばして真尋の肩に触れた。

 その姿は残酷なデスゲームに参加させられた者同士で慰め合っているように見えるだろう。よく見ると割と無遠慮にぺたぺた触っているが。

 そのうえ隣に座るメグまでもが真尋の手をぎゅっと握った。これはこれで、デスゲームに怯える少女が優しい大人の女性に癒しを求めているように傍目には映るかもしれない。

 実際は妖と地縛霊と、そしてそれに匹敵するであろう何かの異種交流なのだが。


『でも地縛霊って自分が死んだ場所や恨みのある場所に留まるものじゃないの? ここがどこか分からないけど、来て平気?』

『大丈夫よ。私程の地縛霊になるともはや死んだ場所や恨みとかじゃないの。そうね、あえて言うなら……』


 ふと真尋が言葉を止めて虚空を見つめた。

 どこか遠くに想いを馳せるような表情。ゆっくりと目を細める横顔は美しさと儚さを併せ持っている。

 薄い唇がゆっくりと開かれる。だが声は発せず、その代わりのように春樹達の脳内に彼女の音にはならない声が発せられた。


『さしずめ私が捕らわれてるのは地球テラってことかしらね……』


 達観したような真尋の言葉に、誰からともなく『地球テラ』と呟いた。

 規模が大きすぎる話ではないか。もはやそれは捕らわれているのかどうかも定かではない。

 だが真尋はこの説明で満足したようで、自分の話はこれでお終いと言いたげに『次はメグちゃんで良いかしら』と隣に座るメグを呼んだ。

 今まで沈黙を貫いていたメグがコクリと頷く。金色の髪がふわと揺れた。


『……死神』

『死神? メグちゃんが?』


 真尋に確認するように問われ、メグがコクリと頷いた。



『みんな、死期がおかしい。だからメグ分かった。みんな普通の人間じゃない』


 メグの説明は端的だが、言わんとしている事は理解出来る。

 彼女は死神。その素性がどういうものなのか詳しくは春樹には分からないが、ひとの生き死にーーそれもきっと死の方に偏ってーー関与するのだろう。

 ゆえに彼女にはひとの死期が見える。だがこの場にいる五人の死期はおかしく、真っ当に死ぬ人間ではないと判断したのだという。

 どうやら銀丈も似たような理屈で先に気付いていたらしく『ですよねぇ』とメグに同意を示した。エリートリーマン然とした風貌だが、その返答や声色は随分と軽い。


『真尋と流星の死期はもうずっと昔』

『そうねぇ、私ずっと昔に死んでるもの。いつだったかは忘れちゃったけど』

『へぇ、俺にも一応死期はあったのか。不老不死は訂正して死に損ないって名乗った方が正しいのかもな』

『紅子と銀丈は死期そのものが無い』

『妖は死なないから、そもそも死期なんてものが無いのね』

『僕も同じですね』


 メグの話に各々が反応する。事情はそれぞれだが等しく死とは無縁な身でだからこそ、己の死期というものに興味を持ってしまうのだ。

 次いでメグが視線を向けてくるのは春樹。だが話し出す前にメグはこてんと首を傾げた。金色の髪がふわりと揺れる。その正体が死期を見る死神とは思えない、まるで西洋人形のような愛らしい少女のあどけない仕草だ。


『春樹は……、死期がたくさん』

『たくさん?』

『そう。春樹には死期がたくさん見える。終わった死期と、これからの死期が……』


 話しながらもメグが見つめてくる。

 長い睫毛に縁どられた大きな瞳。愛らしい幼児ではあるものの、彼女の視線が与えてくる圧は重い。


『死期がたくさん。どうして』

『どうしてって……。まぁ、まだ時間もあるし、僕が説明しても大丈夫そうですね』


 ちらと春樹はモニターを一度確認した。

 残り時間は十分を切っているが、全員が死ぬ事は無いと判明した今、あのタイムリミットに焦らされる理由もない。

 ならばと考え、春樹はゆっくりと口を開いた。思い返せば、長い時間を生きてきたが身の上を話すのは初めてだ。


『僕は、永遠に十八歳になれないんです』


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