第4話:生まれ変わり


 永遠に十八歳になれない。


 脳内の会話ではあるが春樹が言葉を選びながら告げれば、誰もが声を発しこそしないが春樹へと視線を向けてきた。

 その表情は僅かに驚きの色を浮かべ、それでいて真意を探るような色もある。

 信じて貰えないだろうか。そんな不安が春樹の中で湧いた。


『あの、これは本当で……』

『そうか、大丈夫だ春樹。俺達も否定はしないし、話に乗ってやる甲斐性はある。そういうのは十代の内に済ませておいた方が良いもんな。後々になってその手のに患うと長引くって言うし』

『別に中二病というわけじゃありません』

『永遠の十七歳。そういう事ね、春樹君。良いじゃない。いつだって心は若々しくないと』

『別にサバ呼んで若作りってわけでもないんです。それに永遠の十七歳じゃなくて、十八歳になれないんです』


 流星と真尋がフォローを入れてくるが、春樹はそれをきっぱりと否定した。

 中二病でもなければ年齢を鯖呼んでいるわけでもないのだ。

 自分は正真正銘、十七歳。十七年間生きてきた。


 ……それを、何度も。


『僕は十八歳の誕生日前に必ず死ぬんです。そしてまた別の人間として生まれ変わって十七年生きる。それを繰り返してきました』

『死んで、また生き返るってこと? だから死期がたくさん?』

『生き返るというよりは生まれ変わりかな』


 自分として生まれ、生きて、だが十八年を迎えられずに死ぬ。死因は様々だ。

 そうして再び別の人間として、それも赤ん坊として目を覚ます。そしてまた十七年生きて十八歳を目前に死ぬ。


『今日で今の僕が死んでも、また次の瞬間には別の人間として生まれるんです』

『なるほど、それでメグさんには死期がたくさん見えたんですね。自我を持って幾度も生まれ変わるとは面白い。ご友人に同じような方は?』

『いるわけないでしょう』


 銀丈の場違いな問いかけにあっさりと返せば、彼は『そうですかぁ』とのんびりとした声で返してきた。

 見目は相変わらず凛とした知的な好青年といった風貌だが、似たり寄ったりな者ばかりと分かったからか口調は次第に緩んでいる。

 だがそれは銀丈に限らず他の者達も同じで、傍目には変わらず沈黙を続けて重苦しい空気を漂わせているが、一転して脳内では正体を明かしたことによる晴れやかさと、そして同類だという親近感すら抱き始めていた。


 だがそれと同時に湧き上がるのが現状に対しての悩み。

 誰もが同じことを考えていたのだろう、口火を切ったのは銀丈である。もっとも、これもまた脳内への問いかけなので口火を切ったという表現が正しいのかは定かではないが。


『ところで、これデスゲームどうしましょうか』


 勝者のみが生還出来る、生き残りを賭けたデスゲーム。

 集められた男女六人はこれから目前の死に怯えながら命がけのゲームに挑み、そして残り五人を死に追いやらねばならない。


 ……という事は分かる。

 分かるが死なない自分達はこの場合どうすれば良いのだろうか。

 試しに銀丈が『誰かデスゲームに参加したことある方いますか?』と尋ねたところ、残念ながら経験者は居なかった。

 当然と言えば当然な気もするが、死なない自分達はまた同じような状況に陥るかもしれない。その時は経験者として名乗り出るのだろう。

 おかしな話だとは思うが、そもそも現状が死とは無縁な男女が六人も集まりよりにもよってデスゲームに参加させられるというおかしさの際たる状況なのだ。


「このデスゲームってのは多分観客がいるんだろうな」


 ポツリと呟くように話し出したのは流星。

 今回はゲームマスターに聞かれても良いと考えたのか実際に声を発しての呟きだ。

 モニターにカメラが仕込まれていると考えたのか、睨みつけるような眼光でモニターを見上げている。

 元より威圧的な顔付きの彼が眉間に皺を寄せて凝視するとなかなかに迫力があるが、きっとカメラ越しの観客とやらは今の流星に睨まれたところで無力なゲームの駒の無駄な抵抗と笑っているのだろう。


「観客って、どうしてですか?」


 春樹も流星の隣に立ち同じようにカメラを見上げた。

 モニターに移されている残り時間はあと五分。それも一秒一秒減っていく。


「ゲームマスターとやらが二度目に出て来た時に『お待たせするのも申し訳ありませんから』って言ってただろ。俺達に気を遣うとは思えないし、ということは、別の誰かがゲームが始まるのを待ってるってことだ」

「なるほど、確かにそうですね……」

「趣味のわりぃやつがいるもんだ」


 いくら死なないとはいえ、人の生き死にを余興にする趣味が好ましく思えるわけではない。危機感はないが嫌悪感はある。

 そんな中『観客ですか……』と脳内に呟く声が聞こえてきた。銀丈だ。彼は依然として壁に背を預けて出来た好青年然とした雰囲気を纏っており、難しい顔で考えを巡らせる様は絵になっている。

 もっとも悩んだ末に彼が提案したのは、


『観客がいらっしゃるのなら、僕達も真面目にゲームに参加して死ぬべきかもしれませんね』


 という、デスゲームへの意欲的な姿勢なのだが。

 思わず春樹が視線をやる。この提案は予想外だったのだろう流星も驚きを隠せぬ表情で銀丈の方を見ている。

 だが提案した当人はいまだ知的で真面目な好青年を保っており、それどころか一人落ち着きを見せて視線を他所に向けている。突拍子もない提案をしてきたとは思えない憂いである。


『……銀丈さん、真面目に参加して死ぬって言っても、僕達は死なないんですよ?』

『えぇ、それは事実です。ですがこうやって場を用意して首に爆弾まで仕掛けてゲームを開催したんですから、それにお応えして死んで見せるのがマナーではないかと思いまして』

『デスゲームにマナーなんてありませんよ……』


 いったい何を考えているのか。

 呆れ交じりに春樹が返すも、同じように驚きを露わにしていたはずの流星が『それも有りだな』と続いた。


『えっ、流星さん有りなんですか!?』

『考えてもみろ、ここに俺達を連れてくるのも大変だったろうし、デスゲームなんてたいそうな名前を掲げるんだからそれなりに設備にも金を掛けてるんだろう。それを無下にするのも忍びない』

『いや、盛大に無下にして良いと思いますけど』

『それに……』


 ふと、流星が言葉を止めた。

 彼の表情が次第に影を濃くしていく。切れ長の目元がより細められ、瞳に狂気の色が宿る。

 柔らかく弧を描く口元は微笑んでいるように見えるが、その笑みが純粋な好意や喜びからではないのは一目瞭然。


『向こうは俺達と違い、死んだら終わりの一回きりの人生なんだ。最後に楽しませてやっても良いだろう』


 そう告げてくる流星の声は低く淀みがある。七百年以上も生きた、人間の領域から外れた人間だけが纏える狂気の淀みだ。

 常人ならばこの淀みを前にすれば臆していただろう。

 もっとも、この場においては誰もが平然と受け入れていた。違いはあれどもこの場にいる全員が人間ではないか、あるいは人間の領域から外れているのだから。


『そうね、せっかくお呼びいただいたんだもの、招待にはきちんと敬意を返さないと』


 やんわりと柔らかな声で真尋が続く。

『ねぇ』とメグに同意を求めれば、西洋人形のような愛らしい少女は彼女を見上げて抑揚のない声で『……ん』と同意を示した。


『良いね、それ面白そう! 妖はいっぱい居るけど、人間のデスゲームに参加した妖なんてきっとあたしが初めてだよ。それって皆に自慢できるじゃん!』


 楽し気な口調で乗り気になっているのは紅子だ。

 まるでこれからゲームセンターや流行りのカフェに行く女子高校生のようなテンション。

 もっともそれはあくまで脳内での会話での事で、相変わらず彼女は壁に背を預けて座ったままでいる。怯えているような表情と脳内の口調との温度差は激しいが、紅子に限った事ではない。


『春樹君もゲームに参加するという事でよろしいでしょうか? それともあまり乗り気でないなら辞退して頂いても構いませんよ。あと数分ここに居れば首が吹っ飛んで辞退できるでしょうし』

『いえ、僕も付き合います。何にせよあと数日で死ぬわけですし、せっかくだし派手に死ぬのも良いですよね』


 はたしてこれは前向きなのかは定かではないが、この場の空気に当てられて不思議と春樹もやる気になってしまう。

 どうせ死んでまた生まれ変わるのだ。そう今まで数え切れないほど抱いていた思いが、今回だけは妙に潔く胸に湧く。どうせ死んでまた生まれ変わるのなら、デスゲームに参加して観客に最後の余興を与えてやっても良い。


『そうとなれば、皆さん頑張ってそれっぽく死んでみましょうか』


 やる気にあわせて若干の楽しささえ湧いてきて春樹が脳内で仲間達に告げれば、それぞれが脳内で賛同を返し、そして実際には口を開かずに視線だけを送ってくる。


 かくして、死なない六人による、うまく死んで見せるデスゲームが開始となった。



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