第2話:密室の(わけ有り)六人


 まずはと話し出したのは先程モニター越しのゲームマスターに声を荒らげた青年。

 金に近い色に染められた髪、前髪は上げており、ワックスを使っているのか短い毛が逆立つように整えられている。髪色や髪型もだが、色味の濃いスカジャンとダメージジーンズという井出達も合わさって不良めいた印象を与える男だ。顔付きは整っているが服装と髪型からか些か威圧的に感じられる。


八幡流星やはたりゅうせいだ。バイトの帰りに拉致られてる。二人の通う学校の場所は知ってるが俺のバイト先も帰り道もまったく別の場所だ」

「別の場所に居たなら、たまたま居合わせてそこを……、ってわけでも無さそうですね」

「そうだな。だがここに至るまでは同じだ。俺も裏路地に入ったところを声を掛けられて、気付いたらここだ。スマホどころか腕時計も取られてる」


 流星の言葉に春樹は「あっ」と声をあげてポケットを漁った。だがポケットには何も残されていない。携帯電話を入れていたはずだが、ここに運びこまれる際に取られたのだろう。

 春樹の態度で携帯電話が無い事を察したのか流星が「やっぱりな」と小さく呟いた。彼どころかここにいる全員、携帯電話も腕時計すらも盗まれているという。

 それを話す流星の態度は突然の不当な扱いに不満こそ抱いているが、かといって荒々しさはない。不良めいた外見をしているが根はそう悪くはないのだろうか。モニターに写り込んだゲームマスターにこそ反論していたが、春樹達に対しては威圧的に接することなさそうだ。

 流星が話し終えると、今度はもう一人の青年が話し出した。


久我銀丈くがぎんじょうと申します。僕はカフェでお茶をしていた帰りなんですが、場所は違えども皆さんと同じですね」


 不良めいた風貌の流星とは真逆、青年は身綺麗なスーツと銀縁眼鏡の似合ういかにも出来た男と言った風貌をしている。

 カフェ帰りと言っていたが、たとえば洒落たカフェで珈琲片手に本を読んでいたり、シティホテルのラウンジで過ごしたり、そんな優雅な姿を想像させる。

 口調も穏やかで、それどころか「以後お見知りおきを」と場違いな丁寧さまで見せてきた。本気なのか冗談なのか分からず、これには春樹も「はぁ……」と間の抜けた返事と空笑いしか出なかった。


「ところで気付いたんですが、皆さん……」

「なにかありましたか?」

「いえ、なんでもありません。とりあえず最後の一人まで自己紹介しておきましょう」


 最後の一人とは、部屋の隅に座る幼い少女だ。

 金色の髪は年齢を考えるに染めたのではなく地毛だろう。幼いながらに目鼻立ちがはっきりとしており、瞳も茶色と、異国の血を感じさせる風貌だ。

 彼女は自分に視線が集まっていることに気付くと、小さな声で「稲見いなみメグ」と呟くように告げてきた。

 こちらを窺うような表情と声色。幼い子供が怯えていると案じたのだろう、真尋が立ち上がってメグの元へと向かった。


「メグちゃんも一人で居たの? お母さんやお父さんとは一緒じゃなかったの?」

「一人で家に帰ろうとしたら、そこで……。あとは皆と同じ」


 怯えているのかそれとも年上の男女に囲まれて緊張しているのか、メグは短く己のことを話すと口を噤んでしまった。

 じっと真尋を見つめている。次いで紅子、流星、銀丈、と順繰りに見つめ、最後に春樹に視線を向けてきた。

 長い睫毛に縁取られた茶色の瞳。人を見つめるというよりは人の中にある人格を見定めるような、真っすぐ過ぎる視線。


「えっと……、どうしたの? 何かあったかな」


 メグに見つめられ続けるのは居心地悪く春樹が問えば、メグはそれでもじっと見つめた後にコテンと首を傾げた。

 愛らしい少女のあどけない仕草。だが瞳はいまだ春樹を見つめており、どちらかと言えば愛らしさより薄気味悪さを感じてしまう。

 そんなメグが何かを言おうと小さな唇を動かした。


 だがそれに被さるように、再びブツと電子音が響きモニターが灯った。

 写っているのは先程と同じ仮面の人物。ゲームマスターだ。ボイスチェンジャー独特の歪な声で「自己紹介は終わったようですね」と話しかけてくるあたり、どこかでこのやりとりを見聞きしていたのだろう。


「皆さんお互いを知り合えたかと思います。本当はもっと親しくなって頂いた方が臨場感が出るんですが、お待たせするのも申し訳ありませんから。そろそろゲームに移りましょう」

「おい、勝手に話を進めるんじゃねぇ。俺達はゲームなんて馬鹿げた事に付き合ってる時間はねぇんだ、さっさとここから出せよ」

「最初のゲームは次の部屋に用意しています。今鍵を開けますので進んでください」


 流星の不満を聞き流しゲームマスターが指示を出してくる。

 その瞬間にガチャンッ!と大きな音が響き渡った。突然のことに春樹の体がビクリと跳ねる。心臓が鷲掴みにされるような感覚、開錠の音だと理解するより先に汗がぶわと噴き出た。

 だが開錠の音より更に春樹の心臓を震え上がらせたのは、ゲームマスターが続け様に告げて来た説明だ。


「なお、行動せずその場に留まることは許されません。行動に出ない方はゲーム放棄と見なし、首に埋め込んだ小型爆弾を作動させ強制退場となります」


 ゲームマスターの説明に、全員がぎょっとして己の首筋に手を当てた。

 春樹も咄嗟に首を手で探る。瞬間、チリと引っ掻いたような痛みが首筋を走った。

 たとえるならば爪で引っ掻いたような痛みだ。これが春先の屋外であれば虫に刺されたかと思うだろうか。その程度の痛みだが確かに傷がある。


「小型爆弾……。なんでそんな、いつの間に」


 春樹の問いに答える者はいない。

 ゲームマスターすらも碌な説明をせず。「では良いゲームを期待しています」と残してまたもブツと一方的に映像を切ってしまった。

 その後のモニターは変わらず黒画面。……ではなく、黒い画面に赤い数字が写り出した。

 15:00という数字から、14:59、14:58……、と数字が減っていく。


 何か、という疑問を抱く間もなく理解できた。

 これはタイムリミットだ。

 おそらく時間内に次の部屋に移動しろという事なのだろう。もしも時間が経っても部屋に居たら……。

 きっと首筋にある小型爆弾とやらが爆発して強制退場となる。つまり死だ。


「さっさと次の部屋に行ってゲームをやれって事か。どこまでもひとを舐めてるな」

「首に爆弾……。言いなりになるのは癪だけど、こんな所に閉じ込める奴等なら本当にやりかねないわね」


 不満気な流星の言葉に真尋が続く。

 結局のところ移動するしかないのだ。ゲームに参加させられるのは真尋の言う通り不服ではあるが、かといってこの場に残っていても事態は好転しそうにない。

 座っていた春樹も立ち上がり移動の意思を示す。それと同時に決意を宿した。


 自分の置かれている状況はいまだ理解しきれていないが、最初のゲームがどうであろうと自分が犠牲になろう。

 それで彼等が少しでも長く生き延びられるなら。その間にもしかしたら救助がくるかもしれないし。

 なにより、自分はどうせ……。


 そう考えて、刻一刻と減っていくモニターの残り時間に急かされるように、次の部屋へと続く扉へ向かおうとする。


 だが銀丈とメグだけは動かずその場で立ち止まっていた。


「久我さん、どうしました?」

「どうと言いますか……」


 銀丈の表情は不思議なものを前にしていると言いたげた。知的な印象を与える顔付きだが、今だけは疑問を顔にありありと映している。

 そんな疑問の表情で彼が見つめるのは春樹達だ。この場やモニターではなく、不思議そうに春樹達をじっと見つめてくる。

 いったい何かあったのか。

 思い返せば、彼は先程なにかに気付いた風に喋りかけていた。もしかしたら自分達の共通点を見出したのかもしれない。そう考えて問いかけようとするも、それより先に声が響いた。


 耳に……ではなく、


 脳内に。


 耳から入るのではなく、頭の中に直接流れ込むように。


『あの、皆さん聞こえますか?』


 例えるならば電話の第一声。電波の悪いところで「もしもし、聞こえる?」と問うような、そんな声。

 それが脳内に響き、春樹はぎょっとして体を震わせた。こんな経験は今までで初めてだ。今の人生でも、その前でも……。


「え、あれ……」


 思わず声が漏れる。

 どうやらこの声は他の者達にも聞こえているようで、流星が分かりやすく怪訝な顔をして額を押さえている。真尋も同様、音源を探すようにきょろきょろと周囲を見回している。

 だが紅子はさして驚いた様子無く、すぐには隣の部屋にはいかないと判断したのかその場に座り込んだ。メグがちょこちょこと近付いて紅子の隣に腰を下ろす。彼女もまた驚いている様子はない。


『突然お声掛けして驚かせてしまいましたね、申し訳ありません。いやぁ、でもこういうのって事前にベルを鳴らすわけにはいきませんし、どうしても突然になるんですけどね』


 まるで他愛もない雑談のような明るい声が脳内に流れ込んでくる。

 質の良いカナル型イヤホンで聞く時よりも更に耳の奥に、脳に、音の発生源がある。違和感としか言えない感覚。

 この声は……、と春樹が銀丈へと視線をやれば、彼は銀縁眼鏡の奥の目を柔らかく細めてにこりと笑った。見目の良い、涼しげな笑みだ。


『春樹君達はこうやって話すのは初めてみたいですね。でもまぁ多分やろうと思えばできますよ』


 あっさりと銀丈が言い切る。……口はまったく動かさずに。


「出来るって、どうやって……」


 春樹の口からはきちんと声が出た。

 否、この場合は声に出てしまった、というべきか。


『どこからかは分からないけど、あのゲームマスターって私達のこと監視してるはずだよね。それなら声に出さずに相談出来るのは良いね』

『紅子さんの仰る通り、こうやって話せば普通の人間には聞かれないはずです。いやぁ、皆さんに通じて良かった。ねぇメグさん』

『……ん』


 頭の中に流れ込む声に、紅子とメグの声が加わる。

 だが三人は唇を動かしてはいない。銀丈は壁に背を預けて立ち、紅子とメグは部屋の一角に座り込んでいる。とうてい会話の最中とは思えない。

 本当に脳内で会話をしているのだ。


 普通の人間には聞こえない方法。

 ……普通の人間?


「え……?」


 またも春樹は小さな声を漏らした。

 普通の人間には沈黙しかないこの部屋の中で、春樹の躊躇いの声だけが静かに聞こえる。

 そんな春樹の躊躇いへの反応はやはり脳内だけだった。


『ねぇ、普通の人間にはって、どういうこと? あら、喋れた』

『おい、さっきから何言って………。あ、俺も喋れてるな』


 紅子と流星が問いかける。これもまた脳内で。

 普通の人間にはきっと春樹の躊躇いに誰も返さず重苦しい沈黙が続いているように見えるのだろう。

 そんな中、これもまた脳内で銀丈が結論を告げてきた。


『つまり皆さん普通の人間ではないと言うことです。素性は詳しくはわかりませんが、少なくとも、皆さん死にませんよね』


 相変わらずあっけらかんとした口調の銀丈の言葉に、誰もが顔を見合わせた。

 その顔は対峙する者達が人間ではないという事実への驚きと、そして、


 自分だけじゃないのか……。


 という驚きが混ざっていた。




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