死なない僕らのデスゲーム
さき
第1話:デスゲームと密室の六人
痛みとも言える違和感に、
体を動かせば節々が軋むような不快感を覚える。身を起こすために手を着けばヒヤリとした硬い感覚が手のひらに触れた。
打ちっぱなしのコンクリート。あちこちひび割れておりお世辞にも綺麗とは言い難い。そんな場所に寝転がされていたのだから体が痛むのは当然だが、今はそれに納得している場合ではない。
「ここは……」
掠れた声で呟き、周囲を見回した。
床も壁も天井すらもコンクリート剥きだしの薄寂れた部屋。広さは十五畳程度で扉が一つ。窓が無いため外からの明かりはなく、天井に設けられた裸電球だけが室内を照らしている。調度品は一切無い。
ある物と言えば室内の無機質さに似合った鉄の扉と、天井付近に設置されたモニター。そして五人の男女が居るだけだ。
「あの……、ここは?」
窺うように春樹が問いかければ、座り込んだり何も映っていないモニターを見上げたりと各々過ごしていた五人が一斉にこちらを向いた。
その中の二人、年若い女性と制服を着た少女が春樹の元へと近付いてくる。
「目を覚ましたのね。大丈夫? どこか痛いところはない?」
「は、はい。大丈夫です」
年は二十代半ばだろうか。長くストレートの黒髪と白一色の丈の長いワンピースが清楚な印象を与える女性だ。
自らもしゃがみこみ座っている春樹の顔を覗き込んで様子を窺ってくる。
対して制服を纏った少女は春樹の前に立ったまま首を傾げる動作で顔を見てきた。こちらは制服を着ているあたり十代半ば、春樹と同じく高校生かもしれない。
「良かった、見たところ怪我もないし大丈夫そうね。ところで、起き抜けで悪いんだけどここがどこだか分かる?」
「ここは……、すみません、僕にも分かりません。そもそもなんでこんなところに……。学校から帰る途中だったはずなんですけど……」
どれだけ記憶を引っ繰り返そうとも、最後に残っている記憶は帰路の最中だ。
友人と分かれて家までの道を歩いていた。大通りから外れた雑木林沿いの道、そこを抜ければ住宅街に入るのだが、それまでの一区間だけは妙に人気が無く日中でも鬱蒼としている。小さい頃は一人で通るなと言われていた。
そんな道を足早に歩き……、車が一台背後から現れ、追い抜いたかと思えば不自然な位置で止まった。
「それで、車の中から人が出てきて、道を尋ねられたんです。だけど、それから記憶が……」
「多分その時に何かされてここに連れてこられたのね。私も殆ど同じ」
「同じ?」
「私は散歩の途中だったの。住宅街を抜けて、人気のないところに出た時に道を聞かれたのよ。それで答えようとしたら気を失って、目を覚ましたらここに居たの」
「僕と同じですね。でも、そもそもここはどこなんでしょうか。どうして僕達が」
春樹が部屋にいる者達を見回せば、誰もが分からないと言いたげに肩を竦めたり首を横に振ったりと返してきた。
今目の前にいる二人の女性の他に、男性が二人、それと十歳にも満たないであろう小さな女の子が一人。彼等の顔や姿に見覚えは無く、そして彼等もまた互いに知り合いではないという。
室内にいる者達を順に見回し、次いで春樹は部屋の一角にある扉に視線を向けた。鉄の重苦しい扉だ。あれで外にと一瞬考えるも、察したのだろう、扉に立っていた男二人が揃えたように首を横に振った。
曰く、春樹が目を覚ます直前まで扉が開くかを試していたのだという。男二人が全力で取り掛かってもビクともしなかった……と。
「つまり、僕達は攫われたうえに閉じ込められた……、ってことですよね。でも、なんで、どうして」
『誘拐』という単語こそ頭に浮かぶもののあまりに突然のことすぎて、更には自分以外にも複数人が捕らわれているという状況もあってか実感も危機感も湧かない。
誘拐された身でありながら落ち着いたものだ。
その落ち着きには理由がある。春樹には多少の事態への覚悟があり、そろそろだろうと日々過ごしていたのだ。
だけどさすがにこの展開までは予想出来なかった。
そんな絶妙な胸中と混乱を抱いていると、室内にブツと音が響いた。
天井付近にあるモニターだ。先程までは何も映っていなかった画面に、今は仮面をつけた人物が写り込んでいる。
「なにあれ……」
怪訝な声で呟いたのは春樹の前に立つ女子学生。
だが彼女の問いに誰も答えを返してやれることはなく、全員が黙ってモニターを見つめていた。
写っているのは人間だ。だがベネチアンマスクのような派手な仮面で顔を覆っているため素性は分からない。暗い画面に黒いスーツでは体格も碌に見えないが、身体つきから辛うじて男だとは予想できる。
暗い背景と黒い服、対してマスクだけが妙に派手で、まるでマスクだけが浮き上がっているような錯覚を与える。
見るからに不気味な映像に加え『ようこそ、ゲーム会場へ』というボイスチェンジャーで歪まされた声が聞こえてきた。
「ゲーム会場……?」
「私はゲームマスター、このゲームの進行を勤めます。貴方達は栄えあるゲームに選ばれました。最後の一人になるまで頑張ってください」
ゲームマスターを名乗った人物が淡々と説明する。
春樹の疑問の声にも、それどころか部屋に居た一人の「どういう事だよ、説明しろ!」という怒声にも返事をしないあたり、録音された映像か、こちらの声は届いていないのか、それとも届いたうえで返事をする必要はないと聞き捨てているのか。
そのままゲームマスターは春樹達を気にかける素振り一つ見せず、このゲームの説明をしだした。
といっても、説明は簡素なものだ。
これから行われるのは死を伴うゲーム。
協力するも良し、裏切るも良し、自ら死を望むもゲーム以外で他者を手にかけるも良し。終了条件はただ一つ『一人だけが生き残る』これだけだ。
ひとの生死に関わる話題とは思えないほど単調な説明、更には各ゲームについては都度説明するという適当さ。最後に『では次の連絡をお待ちください』と残して映像がぶつりと切れた。
室内に妙な沈黙が流れる。
重苦しい空気。誰もがこの状況に対して危機感と混乱と、そして現実なのかという疑いを交えているのだ。あまりに突然のこと過ぎてどれに浸ればいいのか分からない。
「なにそれ、冗談でしょ……」
ポツリと呟いたのは春樹の前に立つ女子学生だ。
春樹が見上げれば、視線を感じたのか彼女もまた春樹の方をくるりと向いた。
肩口で綺麗に整えられた艶のある黒髪、前髪も眉の下で切りそろえられている。古く言えばおかっぱと表現できる髪型だが、整った顔付きゆえに洗練されたお洒落に見える。
着ているセーラー服に見覚えがあり高校名を口にすれば、彼女はその高校に通う二年生だと教えてくれた。
名前は
古風な名前だが、彼女の雰囲気によく似合っている。
「僕は日下部春樹です。学校は違うけど、高校二年」
紅子に続くように春樹も名乗った。
とりあえず名前と身分。さすがにこんな状況で趣味だの住所だのと自己紹介する気にはなれない。
それに名乗ったところでどうせあと数日で……、という気持ちがある。いや、こんな状況下にあるのだからあと数日どころではないのかもしれないが。
「私は
困ったような表情で名乗ったのは最初に春樹に声を掛けてくれた女性だ。
穏やかな表情と落ち着いた態度は、春樹や紅子を気遣ってくれているからだろうか。
紅子、春樹、真尋、と三人が名乗ったところで自然と流れを感じたのか、やりとりを見守っていた残りの三人も名乗り出した。
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