Extra. 桜の木の下、私たちはキャンパスへ向かう。
美玲は本当にやってのけた。その話を聞いた時、私は驚いて声が出なくって、固まったのを覚えてる。
夢じゃないよね? と現実を疑った。その時の美玲の笑顔が凄く印象的で、今も脳裏に焼き付いてる。
まさか同じ大学に合格するなんて。いや、勘違いしないでほしいのだけど、合格しないとは思ってなかった。
宣言されたときには私はとても嬉しかった。
合格してほしくて一緒に教えあったりした。
そこそこの倍率があって今年は難しい入試だったはず。私も少し難しかった記憶が、いまだ鮮明に残ってる。
美玲もこれには誇りも持っていいと思う。私が保証するよ。
麗らかな青い空に、カラッとした風。
私たちが歩いてる歩道の右側に、大きな桜の木がずっと遠くまで続く。それが満開に咲いてひらひらと淡いピンク色の花びらが舞っている。まるでカーテンみたいに。
私は春の季節が好き。新しいことが始まるワクワク感とこの桜、どれ取っても良い。ついでに夏も好きになった。美玲がはしゃいでるのを見れるから。
こうして今、美玲と一緒に手をつないでキャンパスに向かっている。
手の指を交互につないでいるのだけれど……これは一般的に、恋人繋ぎっていうらしい。
ちなみに美玲から教えてもらった。
学生寮を出るときに「やっぱこういう繋ぎ方が恋人っぽい」って言われるがままやったのだけど、やってみると結構恥ずかしい。
最初、なんだかわからなかったけど、ストレートに言われたのを思い出して、夏みたいに気温が高く暑いわけではないのに頬が熱くなる。
でも周りからは、ぱっと見わからないのだけど、それがよかったり……って何考えてるの。私は忘れようとふるふると頭を振った。
……なんだか耳が熱い……こんな事やらせた美玲のせいだよ。責任とってほしい。
そう思いながらふと、車道側を歩いてる美玲を見てみると、いつにも増して楽しそう。
約半年ぶりの都会だけど、隣に私を知り尽くしている友人……いや、恋人がいると同じ風景でも、見ている景色は変わるもんなんだね。
あの時、お父さんからは「河津町に別に戻らなくてもいいけど」なんて言われてたけれどやっぱり美玲に会いたかったし、戻ることにした。別に進路なんかどの学校に転校しても決められるし、それほど大きな問題は無いと感じたから。
美玲のお家が火事にあったことだけは本当にびっくりしたけど、それはまた今度少しづつ聞いていけばいい。大変だっただろうし。
ゆっくり歩いていると、甘い香りが漂ってきた。少し先にピンク色で派手に塗られたクレープ屋さんが目に入る。河津町に引っ越しする前、よく行ってたのを思い出した。
「美玲、そこのクレープ屋さん寄っていかない? まだ時間あるし寄り道でもしてのんびり行こうよ」
「クレープ屋! 行きたいっ」
クレープ屋さんの前に着くと、ガラスケースがありその中に並べられた見本のクレープたちが目に入る。お野菜が入ったものからイチゴ、みかん、ホイップなど多彩な盛り付けがされたクレープがあった。
真剣に美玲は悩んでいた。
……無理はない。私も最初は目移りして五分くらい悩んで決められなかった。
「美玲は何にするの?」
「ん~、決められないよぅ。みふゆは何にするの?」
「私はこれ、イチゴとみかんとバナナが乗ったスペシャルクレープ」
ショーケース上段にあるクレープを指さした。
「おおぅ……お値段結構張るね……」
値札を見ると千百八十円の文字。……確かに少し高い。
けど、おいしいのは確かだ。
確実にはずれではない。
よく買ってたからね。
「美玲もこれにする? 私がお祝いに買ってあげる」
「いいの!? 嬉しい。ありがと~」
目がキラキラしてて少し眩しい。こんなところが美玲のかわいいところでもあるのだけれどね。
店員さんからクレープを受け取り食べながら歩く。美玲と同じ、クレープ。なんだかこんな普通な事でも特別に感じる自分がいてちょっとびっくりしてる。
新しい自分を発見したかもしれない。
受験期間はバタバタしてたし、引っ越しとかあってかなり忙しかった。
それが今、ようやく落ち着いて私たちはゆっくり歩幅を合わせるように歩いてる。
「これは美味しいっ。特にこのイチゴ。最高~」
笑顔になって頬張っていた。ちょっと面白い。
「みふゆは食べないの? 私が食べちゃうよ?」
「ダメ。これは私が食べるの」
クレープを美玲の顔から遠ざける。
あげるもんか。
負けじと私も一口頬張った。
やっぱりこのクレープだよね。
私の好きな果物が全部乗ったクレープ。
何度食べてもおいしい。
このクレープ屋さんに二人で来れるとは思ってなかった。また楽しい思い出が出来ちゃったな。
美玲、これからもよろしくね。
甘いクレープの香りと、少し酸っぱい桜の香りが春風に乗せられる。頬張ったクレープは、一人で食べたクレープより甘酸っぱかった。
【短編】夏の空の下、私たちは自転車で風を切る。 量子エンザ @akkey_44non
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます