第4話 これは……贅沢だ。

 売店ばいてんから自転車で、海岸かいがんに戻ってきた。 


 あたしたちがいる砂浜の真後まうろには〝伊豆の穴場〟なんて看板かんばんがあって、実は知る人ぞ知る場所。 


 昔からやりたかったことが、ついに今叶った。


「「海だーー!」」


 日々のストレスの発散はっさんを兼ねて叫ぶ。


 青春せいしゅんはまだ終わっていなかったんだ。


 この残暑ざんしょなんかあたしたちでひっくり返してやる。


 このいきおいに任せて、靴と靴下を脱いで大地だいち素足すあしで降り立った。


 もう、なにをしても平気へいきだ、って思った。


 砂の感触がたまらない。なんというか、こう……天然の足つぼみたいな。きめ細かい砂はペダルを漕いで疲れた足の裏によく効く。


 太平洋に繋がっていて、群青色ぐんじょういろな海の先端、押しては引いてを繰り返している波に全力ぜんりょく疾走しっそうで駆け抜けた。


「うわっ冷たっ」


 鮮やかな青と透明な空色。グラデーションがとてもきれい。


 バシャバシャと波を踏む。


「えいっ」


 みふゆちゃんに海水を掛ける。


「ちょっ、ちょっと、服が汚れちゃうでしょ!」


 本気で嫌がってる様子ではなくて、ホッとした。


 みふゆちゃんは少し屈んで、「仕返し!」と言いながら海水をかけられた。


 腕で顔にかかるのを避けたけれど、避けきれず顔にかかった。


「しょっぱ! 口に入った!」


 海水の味は塩味えんみがとても強い。自転車で走って出た汗よりも。


 こんな水遊びで、周りを忘れるほど遊んだのはいつぶりだろう?


 考える暇もなくて、今みふゆちゃんと遊ぶのに精一杯で。


 目が合うたび、にやけてしまう。


「そういえば、海の家! やってるかな?」


 急いで思いだしたようにみふゆちゃんがあたしに言う。


「あっそうだったね! あっちに建物はあるっぽい。確認しに行こっ」


 砂浜すなはま北側きたがわ建物たてものがあるので、二人で海の家の前まで歩く。


「ここだね」


 海の家の木々は灰色にまで色が落ち、テラスは年季を感じられる。


 テラス席右側の角には、〝本日最終日〟という垂れ幕がかかっていた。


 おまけに、〝本日最終日の為、シーフードBBQ全品半額〟という嬉しい文字も。


「BBQ! BBQ! 半額だって! これは行くしかないっ」


「ちょっ、ちょっと美玲みれい! 待って」


 全力で海の家に走っていった。


   ☆★☆


 目の前には、ホタテ、エビ、イカ、タコ、アジの干物、牡蠣かき


「これは……贅沢ぜいたくだ」


 持てるお金をほぼ使って、頼んだもの。半額はんがくは学生にやさしい。ありがとう、大好き。


「こんなに、食べきれるの?」


 みふゆちゃんは心配した様子であたしに問いかけた。無理もないと思う。


 あたしも勢い任せだったし。


 まあ、でも。


「二人で食べきるのっ。半額はんがくなんてこれとないチャンスなんだし……。そうそう、みふゆちゃんはどれから食べたいとかある?」


 結構悩んでいたようで数秒後「これにする」と言いながら指さした。


 おお、いいね。ちょうど二つで一緒に食べれる。


「私は、ホタテから食べたい」


「じゃあ、あたしもホタテたーべよ。ホタテってホント美味しいよね」


 炭火の網の上へ乗せる。


 しばらくすると、ホタテの貝に乗っていた栄養がグッと詰まった出汁だしが、ぐつぐつ言いだした。


 出汁が炭へとこぼれ落ち、白煙はくえんを上げながら食欲しょくよくのそそるしおの香りを放つ。


 グツグツ煮えたぎっているホタテに一周醤油をかける。香ばしい匂いが私たちの鼻孔びこうをくすぐった。たまらん。


 食べごろになったようなので、貝殻かいがらごとお皿に移動した。


 おはしでつついて大きな貝柱かいばしらをかじる。にじみ出るしおの味と醤油しょうゆの味のそれは一体となってお口に広がる。


「んまぁ~! これが半額なのは運がホントよかった!」


 ほほこぼれ落ちそうで必死ひっしに持ち上げる。


「おいしっ。この貝柱かいばしら、大きくて食べ応えあるね。肉厚にくあつでずっと味がするっ!」


 みふゆちゃんのほほ貝柱かいばしらのようにピンク色になっていた。


 目も下がっていて本当においしそうだった。


 秒で食べてしまい、次に何を焼こうか吟味ぎんみしはじめる。


 もう無限ループで、止まらない。


 やっぱり定番のイカかな……。いや、牡蠣かきもいいけど、また貝は……。うーん。選べないなあ。


美玲みれい、次は何にする?」


 かなり迷った末、決めた。


「イカ! イカにするっ」


 見るからに肉厚で色も白い。これはおいしくないわけがない!


 すみの割れ目から赤オレンジ色の力強いほのおがまだ続いている。まるでホタテを食べた私たちのいきおいをあらわすような燃え方。

 

「本気焼きじゃ~!」


 お皿に乗っていたイカをトングで掴み、網の上へ並べる。


 イカからこぼれ落ちる出汁は格子状こうしじょうの網の下をくぐり、落下する。


 しばらくして焼けたそれを、そのまま頬張ほおばる。


 かむむほどにあふれ出る、イカの味はあたしたちをとりこにした。


「天国すぎる! 二人で食べるとこんなにおいしいんだね!」


「今日、ホントに連絡着いてよかったよ。今までで最高の一日」


「そんな大げさな~。私も今までで一番楽しいって思ってる」


 二人で笑いあって、そのあとは一心不乱に目の前にある食材にしがみついた。


   ☆★☆


「ふう~食べた食べた!」


「私もお腹いっぱい。もう食べれない」


 寝そべるように上半身を机に伸ばす。お腹が限界だった。


 喉が渇いたのでコップ一杯の水を飲み、お口のリセットをはかる。


 時刻は夕方。若干日が落ちていて刺さるような暑さは和らぎ、火照った体を潮風が冷ます。


 オレンジ色の西日が目に刺さるように入って眩しい。


 どうやら日は一度傾くと、それ以降スピードを上げて暗くなるようだ。


「次はどうする?」


「花火やろうよ。家で」


 プランはもうすでに組んでいる。


 売店寄ったときに、手持ち花火を一応二セット買っておいた。


「もう夕方だけど、これから美玲のお家行っても大丈夫なの? 親とかいるんじゃないの?」


 斜めに顔を傾けて私を見た。その拍子に艶々の黒髪が顔の横になぞるようにスルッと垂れる。


 その瞬間ああ、なんて可愛いんだろうって思った。


「私は問題ないよ。今日親仕事で夜中までいないし。むしろみふゆちゃんは? 大丈夫?」


「こっちも特に問題ないよ」


「よしっ、じゃあ決まりだね」


 そのあと、みふゆちゃんは一度着替えたいと言っていたため、あたしたちは、一度自宅に戻ることにした。

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