第2話 その癖ってそっちの方だったの?
誰も教えてくれるわけがない。
あの壁ドンをした日から、一日経った放課後。
また、告白されている。
体育館裏で
……私が言えたことでもないけど。
体育館の角で様子を伺って、女子生徒が去るのを待っている。
すると、タッタッタとローファーで地面を蹴る音が近づいてきて。
やばいって思って、物陰に隠れて通り過ぎるのを待った。
しばらくして女子生徒がいなくなるのを確かめてから、美紅先輩の元に近づく。
先輩はしゃがみ俯き、顔を手で覆っていて、泣いてるように見えた。
「美紅先輩も大変ですね」
私を見て、また顔を隠した。
「あなたに何がわかるの」
「大変だって事なら分かります。毎日のように告白され、振って。メンタル持たないでしょう?」
先輩の隣に近づいて、座った。
今日は甘いピーチの香りがした。制汗剤でも付けたのかな? まあ、そんなことは置いといて。
「それ、あなたも告白してる側なのによく言えるわ。自覚無いの?」
若干言葉にトゲがあった。まるで小さいバラのような。
「自覚はありますよ。だから早く終わらせ――」
瞬間、ドンっと肩に衝撃が加わる。
何があった? あれ? 視界が――。
背中は鉄板のようなものに熱せられ、熱い。このゴツゴツした感触は地面……?
――もしかしなくても、押し倒された……?
いやいやまさか。あの先輩がそんなこと。
今の体勢を確認する時間もなく、無造作に触られる。
すると、先輩は前屈みに倒れてきて、何かされるのかと思った私は目を瞑った。
――その瞬間。
「あなたのせいよ」
全身にザワザワと電気が走ったような感覚に襲われて、何故か気持ちよく感じた。
休む間もなく、お腹の下あたりにさわさわと触られ、意志とは関係ない声が出てしまう。
「ちょっ、ちょっと」
「ふふっ、かわいい」
お腹に美紅先輩の手で、くるくると撫でられる。
「私も、あなたが好きよ」
再び囁かれた。そして、耳に直接柔らかい唇が、温かい吐息もあたっている。
急に……何を言って、何をしているの。
意志では発していない、声が漏れる。息が熱い。
思考が定まらなくなる。
それから追い打ちをかけるように
口元に人差し指でなぞってきていて、くすぐったいだけど気持ちがいい……そんな感覚に陥る。
この手の動き、どこかで……。
「結愛ちゃん、前、見て」
恐る恐る目を開けるとそこには。
熱く、荒い吐息。内側から照らされているかのような、輝いた赤い瞳。長いまつげは輝いて。長い髪は私の横に落ちて。
それを見た私は、とても火照ってしまい熱かった。
……きれいだ、と思った。
楽譜の休符を現すように少し間が開く。
美紅先輩は口角を少し上げ、微笑んだその瞬間――。
「ん」
息ができない。苦しい。
キスってこんなに甘くて、苦いんだ。
なにもかもチョコレートのように溶けて、私という原型がなくなってしまうんではないかと思った。
胸が脈打ち、ドクドクと心臓が高鳴っている。
様々な感情が入り乱れたキスは、複雑な味をしていて思考をかき回した。
……気持ちいい。このまま沈んでしまいそう。このまま快楽の海に落ちてしまいそう。
でも、何か違う。こんな歪んだ感情のキスなんて私好みじゃない。
正気に戻った私は、力ずくで先輩を起こす。
「なにやってるんですか⁉ こんな場所で」
でも、身体は正直だった。
呼吸は乱れていた。胸も苦しい。体は酸素を欲していて速い速度で取り込みはじめる。
美紅先輩の顔を見ると、なぜか悲しそうな顔をしていた。
頬は桃のようにほんのり赤く、呼吸も乱れ、汗も少し出ていて
「今回は……抑えられなかったわ。毎回結愛ちゃんが可愛すぎて。いつも自制してるんだけどね」
この手の癖ってまさか、そっちの方だったの……?
キスされた唇に手を当てて、私は立ち上がれずにいた。
グミよりも柔らかかった唇、熱い身体。そして甘いピーチの香り。
どれも刻まれたように、感覚が残ったまま。
「結愛ちゃん、とてもおいしかったわ。ありがと」
踵を返すように、スカートをなびかせローファーを楽器のように鳴らして帰っていた。
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