第一話 その四

 少し待っていると、アーロンさんが神父っぽい人を連れて戻って来た。

 知らない人に、私は頭を下げる。


「アヤカ、彼は司祭を務めるシャルル・シモンズ神父だ」

「初めまして、マミヤ・アヤカさん」


 にこやかなシモンズ神父さん。

 どうして神父さんが来たのか分からず、私はアーロンさんを見る。


「オレは本部に連絡する。その間、貴様は神父と、ここで待っていろ」

「……? 分かりました」

「教会から出るなよ」


 そう釘を刺してからアーロンさんは、また教会の奥へ行ってしまう。

 せっかくなので、私は神父さんと話をすることに。

 幸い、神父さんはアーロンさんよりも話しやすい人だった。


「森で迷子になっていたと聞きました。大事にならなくて良かったですね」

「そんなに怖い森なんですか? あそこは」

「あの森は昔から魔物が頻繁に出現するので、ここの村人たちも滅多に入ることは無いんですよ」


 そんなことを言われるが、あまりピンとこない。

 アーロンさんと一緒に歩いている時、魔物らしき生き物が出て来たところを、見たことがなかった。

 人の気配も感じられないほど、静かな森だったと思う。


「たまたまアーロンさんが巡回していて、良かったですね」

「……いつも巡回している訳じゃないんですか?」

「彼は本来騎士団の人間ですから、こんな辺鄙な村に来るのも、月に数回程度なんですよ。今日は偶然、そういった日だったのです」


 不思議な偶然があるものだ。

 そう他人事のように思ったが、彼がいなければ森の中で遭難していただろう。

 偶然に助けられたことで、どこか救われた気持ちになる。


 けれど神父さんの話を聞いて、同時に疑問も浮かんだ。

 私の質問に、アーロンさんは「仕事だから」と言っていた。

 でも神父さんの話では、まるで巡回は騎士の仕事ではないような言い方に聞こえる。

 だったらアーロンさんは、いったい何の仕事で巡回しているのだろう?


「それに、あそこの森は魔物以外でも、恐ろしい話があるのですよ」

「恐ろしい話、ですか?」

「ええ。あの森では人が突然、消えることがあるのです」


 人が突然、消える?

 私は首を傾げた。


「行方不明ってことですか?」

「そうです。しかし魔物のせいではないのですよ」

「どういうことです?」


 話が見えてこず、私は神父さんに続きを促す。


「あの森に、魔物を討伐しに行った人たちがいました。特定の魔物の素材が必要になり、頻繁に出没する森の中へ足を踏み入れたのです。その人たちは魔物の扱いに長けていたので、目当てのものが手に入ったら、すぐに撤退するはずでした」

「その人たちのうち、一人がいなくなったの?」

「端的に言えば、そういう内容です。けれど奇妙なのは、もっと根本的なことでした」

「根本的?」

「その人たちは、森の中で迷子にならぬよう手を繋いで行動していたのです。そうすれば行動は制限され、迷う確率もぐんと減るはずでした。けれど」

「けれど?」

「突然ふっと、手の感触が無くなったそうです。話をしている最中に、突然」


 そこまで聞いて、なんだか無性に怖くなってくる。

 けれど神父さんは、私が促さずとも話を続けた。


「もしここが森の中であれば、ワタシが話しているうちに、どちらかが消えていたかもしれませんね」

「そんなに頻繁に人が消えるの?」

「そういうわけではありませんよ。なんたって人の出入り自体、少ないですから」


 それは出入りが激しければ、もっと人が消えている可能性もあるってことだろうか。

 一度戻ろうかと思っていた森だが、途端にその気が失せていく。


「最後に人が消えたのは、もう二十年も前の話になりますね」

「二十年……?」

「けれど最後の事件は、今までよりも大事になりました。なんたって、その時に消えたのが国の王女様でしたから」


 王女様が消えた。

 それがとんでもない事件であることは、さすがに分かる。

 人が消えるだけでも怖いのに、それが王女様なのは一大事だ。

 早く森を、立ち入り禁止にしてしまえば良いのに。

 話を聞くうち、そんなことを考える。


「けれど二十年前の事件は、少し異色だったのです」

「いしょくって?」

「今までとは違う、という意味ですよ。それまでの事件は、殆ど何も分からず仕舞いでしたが、その時は犯人があぶり出されたのです」

「犯人って、どういうこと? なにか仕掛けがあったとか?」


 私の問いかけに、神父さんが首を振った。


「特に何か仕掛けがあったとか、そういった話ではありません。依然、人が消える理由は分からず仕舞いです」

「なら、そもそも犯人って、どういうこと?」

「犯人というのは、女王様を森へ連れ出した張本人です。その者は森で人が消えることを分かっていながら、女王様を森の中へと誘いだした……つまり、わざと女王様を危険にさらしたのです」


 そんなことがあるのか、と紛れもない悪意を聞かされ、私は息を呑む。

 少なくとも私の周りでは、そんな話を聞いたことがなかった。


「どうして、わざと危険にさらしたの?」

「女王様は優秀な方でした。もし消えていなければ、今頃はあの人が国を治めていた筈です。けれど、そんな女王様を疎ましく思う方もいました」

「それで消えるように? その人って、いったい誰なの?」


 私の質問に、神父様はすぐ答えてくれた。


「飼い猫と言ったら、アヤカ様は信じられますか?」

「…………どういうこと?」

「女王様は素晴らしい腕の魔術師でもありました。そんな彼女は一匹の黒猫を使役していたのです。使い魔と呼ばれる、相棒を」


 相棒。飼い猫。

 短い単語に、私の頭は乱される。

 予想外の存在が現れたことにより、何やら集中の糸が途切れてしまった。


「その使い魔は、女王様が幼い頃より大切にされていた、家族のような存在でした。そんな存在に女王様は裏切られ、消されてしまったと、当時の王子によって大々的に報じられたのです」

「そんなこと……ありえるの?」

「そう思われるのも当然です。誰もが驚きました。しかし当時の王は、何らかの証拠を得られていたようで、その使い魔が犯人として名が上がると、すぐさま刑を下してしまわれました」


 怒涛の展開に、私は黙って、神父さんの言葉の続きを持つ。


「使い魔は、女王様の魔力を宿した存在。その為やすやすと、殺すことは出来ません。そこで王様は、このような審判を下しました」


 神父さんは口を開いた。


「命が尽きる、その時まで孤独のまま、飢えて死ぬことで、使い魔の罪を裁いたのです」

「…………魔塔ですか」


 私の言葉に、神父さんが頷く。


「以降、使い魔の猫が、どうなったのかは分かりません。この事件以来、この国では黒猫は禁忌となっており、恐ろしい悪魔として語り継がれています」

「けれど女王様は、どうして気づかなかったのでしょう? 長年一緒にいる家族のような存在なら、少しくらい分かっても良さそうなのに」

「そうですね。しかしアヤカ様、世の中には、このような言葉もあります」


 ――犯人は身近にいる。


 神父さんが口を閉じると、後ろから足音が聞こえて来た。

 振り返るとアーロンさんが、何やら難しい顔で歩いてきている。


 私はじっと、ただその様子を見ていた。

 アーロンさんが顔を上げる。


「マミヤ・アヤカ」

「……なんでしょう?」

「貴様を本部へ連行することになった。大人しく付いてこい」


 一緒に歩いていた時よりも、怖い顔でアーロンさんが告げる。

 なんだか嫌な予感がした。

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